30
* *
暗いところにひとりでいた。
あ、そうか、僕は死んだんだっけ……。
それならここは天国? 地獄? ていうか、死後の世界ってあるわけ?
いや、あるか。
なきゃ僕は異世界転生なんてしないもんな。
ということはまさか、ここで出会うのは……定番の神様!?
神様、お願いです。
できることなら次の世界では黒髪黒目が嫌われない世界で……。
——アンタの黒髪と黒目、あたしは好きだなぁ。
できることなら最初からチート的なスキルも欲しくて……。
——あっ、いいのいいの。今度レイジくんになにか天賦珠玉を買ってやるから、な? スキルがなくても気にする必要はないっ!
ああ……なんてこったい。
僕はもう、自分に課せられてたマイナスを克服できていたんじゃないか……。
すばらしい人たちとの出会いで。
「ダンテスさん、ありがとう。ノンさん、ありがとう。ミミノさん、ありがとう。ライキラさん……あんなふうに死んじゃうなんて、バカだよ。でも、ありがとう……」
そして、
「……ラルク。一度くらい、『お姉ちゃん』って呼べばよかったな……」
生きたい。
僕はこの世界で生きていたかった。もっともっと長く「銀の天秤」の人たちと冒険したかった。ラルクを、自慢の姉だと言って紹介したかった。
——弟くん。
契約魔術によってゆがめられていた世界でも、ラルクはラルクだった。
魔術が解けてもラルクに対する想いは変わらなかった。
——まだこんなところで死ぬなよ。
イタズラっぽく笑って僕の額をこづいた彼女の笑顔は、僕の知っているラルクそのものだった——。
* *
「……? ……??」
目を開けた僕が見たのは、薄暗い天井だった。どうやらベッドに寝かされているらしく、ああ、死後の世界にもベッドがあるんだな……なんてぼんやり考えて横を見ると、
「!?」
ベッドに上半身を載せて突っ伏している——居眠りしているミミノさんがそこにはいたのだった。
なんで? なんでミミノさんが? まさかミミノさんも死んで——。
「っつう!?」
身体を起こした僕は服を着ておらず、あちこちが痛むのを感じた。肘や手の甲にも傷薬が塗られていた——けれども全体的には軽傷で、【森羅万象】によると足の骨に入っていたヒビも治っているらしい。
「……ん、レイジ、くん……?」
眠そうに身体を起こしたミミノさんに僕は、
「お、おはようございます……?」
「レイジくん!!」
するとミミノさんが僕にがばりと抱きついてきた。
「わたっ、とっ——いだぁっ!?」
「だ、大丈夫だべな? 痛いか? 痛いよな?」
「あ、いえ、びっくりしただけで痛みはそこまででは……ていうかここ、もしかして宿ですか?」
もしかしなくとも見覚えがある場所だった。3つ並んだベッドは僕しか横たわっていないけれども。
「そうだよ、そうだよ……!」
僕がしっかり受け答えできるとわかったからか、あわてて離れたミミノさんの大きな目にぶわっと涙が浮かんだ。それがぽろぽろとこぼれ出すまでには秒も必要なかった。
「そうだよ……助かったんだよ……!」
「……ミミノ、さん」
僕は再度、抱きしめられたけれど——その速度はゆっくりとしたものだった。
「助かったんだよ、レイジくん。レイジくん。レイジくん! だけど、もう二度とあんな怖いことしないって約束して……お願いだから……!」
温かい。
ミミノさんの身体は温かくて、お風呂に入っていないのか彼女の身体のにおいがした。
あんなこと、とは、ミミノさんを逃がすためにやったことだろう。
ミミノさんからすればライキラさんの死を見た直後に、僕が捨て身の攻撃を仕掛けたのだからそれはもう驚いたことだろう。寿命が縮むほどに。
「ごめんなさい、ミミノさん……ミミノさんが危ないと思ったら身体が勝手に動いて……」
「わたしの、ため?」
そっと身体を離したミミノさんは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔だった。
「ぷっ。ひどい顔」
僕は枕元に転がっていた手ぬぐいを拾い上げるとそれでミミノさんの顔を拭く。
「ちょっ、止めっ。だ、大丈夫だべな! もう! たまにレイジくんはわたしより年上みたいな振る舞いするんだから!」
前世の16歳+今世の10歳と考えればミミノさんより年上かもしれないけどね。とはいえこっちで記憶がよみがえったのはついこの間だから、実質的には16歳か。
ミミノさんは僕から手ぬぐいを奪って僕に背を向けつつ顔をごしごしとこすっていた。
「……ミミノさん、僕はどうして助かったんですか? それに、ノンさんとダンテスさんは?」
その隙に、いちばん聞きたかったことを聞いた。
「ノンは隣の部屋でダンテスの治療をしてる。わたしはよく知らないんだけど、大爆発があって、そのときにダンテスは身を挺して多くの人たちを守ったらしくてな……火傷がひどいべな」
あのときの、クリスタの大規模【火魔法】と竜の衝突のことだろうか。
ダンテスさんはそんなときにも仲間を守ったんだ……ほんとうにすごい人だ。
「火傷の治療に集中したいからって、ノンがつきっきりで【回復魔法】を使ってる。あ、レイジくんにも最初に魔法を使ったよ。だから大きなケガはないと思うけど……」
「はい、ありがとうございます。それで、僕が助かったのはどうしてですか? 僕、竜の真下にいましたよね」
「うん……」
ミミノさんは、顔をしかめてむむむと唸った。
「その、な、わたしにもよくわからないんだ」
「……よく、わからない?」
あのときの竜は僕を殺す気満々だったはずだ。気が変わって逃げたということはないだろう。
僕はミミノさんの次の言葉を待った。
「突然、空中に斬撃みたいなのが現れたんだ……それはとても大きくて、真っ黒だった。斬撃が命中すると、竜の首は見事に断ち切られたんだよ」
ミミノさんは「隣の部屋の様子を見てくるな。日が出てきたらなにか食べるもの買ってくる」と言って部屋を出て行ったけれど僕は呆然としていた。
「空中に、斬撃……?」
しかも、
「黒い、斬撃……?」
僕の脳裏に浮かんだ可能性はたったひとつ。
ラルクだ。
ラルクが、いたんだ。
僕が戦闘現場に背を向けて交差点でおろおろしていたときにも——ラルクはいたんじゃないか? そして僕のことをそばで見守っていてくれたんじゃないか?
どうして声を掛けてくれなかったのか、とは思うけれど、それは僕が「銀の天秤」のメンバーといっしょにいたからかもしれない。
ラルクはまだ、近くにいるんじゃないか?




