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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第6章 再臨する女神と希望の子

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女神の幻想


前回あらすじ:

「世界結合」のために盟約の破棄が宣言されると、盟約者と調停者、そしてなぜかレイジもまた辺り一面の白い空間に転移した。

そこに現れた「世界を超越する者」の登場で、レイジは盟約者が不明だった最後の「盟約」が何かについて知る。

世界を超越する者——盟約者たちが呼ぶには「女神」が登場し、「用済み」だと言わんばかりにレイジに光線を放った。それを間一髪で間に入り込んだのはウサギの司祭エルで、エルは破壊され、光は衰えながらもレイジを焼いてはね飛ばした。レイジは白い空間から飛び出し、未開の地「カニオン」に墜落した。

一方で盟約者たちは現世に戻されたが、彼らは一様に女神へと陶酔していたのだった。

「世界結合」はうまくいったようで、アナスタシアは自分の中の「盟約者」としての自覚が急速に薄れていくのを感じていた。一方、出現したモンスターを退治するために「銀の天秤」が動いたのはわかっていたが、そちらに合流したいと思ったものの、ハイエルフはハイエルフで傷ついた神殿騎士を回復したり、空を飛ぶモンスターの撃墜のために魔法や弓を使ったりと忙しく動いている。自分の得意なことを考えれば、飛行モンスターの討伐のほうがいいだろうと判断したアナスタシアもまた動こうとした——ときだ。

 ハイエルフの盟約者代表として盟約破棄を宣言した姉のユーリーが消えたかと思うと、しばらくしてアナスタシアの前に突如として現れた。


「お、お姉様!? 今までどちらに……!?」


 跪くようにうずくまっていたユーリーがすっくと立ち上がると、彼女は視線を窓の外へと向けた。

 そこではモンスターとの戦いが繰り広げられている。


「……許せないわ」

「え?」

「女神様の世界にあのような汚物があってはいけない。私たちこそが女神様に選ばれた種族だというのに」

「————」


 今、言われた言葉を一瞬理解できなかった。

 その間にユーリーは窓から身を乗り出すと、両手を空へと向けた。

 呪文の詠唱とともに手のひらの先にいくつもの魔法陣が現れる。


「極大魔法……!? 皆さん、伏せてください!!」


 アナスタシアが叫んだが、それは少し遅かった。

 ユーリーの魔力が生み出したのは巨大な竜巻だ。風圧が、窓を破り、大聖堂内にも暴風が吹き荒れる。割れたステンドグラスが飛び、戦闘中のモンスターも、神殿騎士も、壁際にまで吹き飛ばされる。

 一方で外で戦っていた人々もまた風に煽られて転がった。空を飛んでいたモンスターは風に巻き込まれて墜落し、即死、あるいは重傷を負う。

 その風が止んだころには——あらゆる戦闘行為が一時停まっていた。


「——落ちたモンスターを殺しなさい。そして埋め、清めなさい」


 外にいる人々に告げるとユーリーは振り返った。

 割れた窓ガラスの破片越しに、南中をわずかに過ぎた陽光が降り注ぐ。

 こんなふうに——周囲への影響も考えず、感情の赴くままに魔法を放つような姉ではなかった。

 一体なにが起きたのか、アナスタシアは混乱する。

 いまだ大聖堂内では多くの人々が伏せて、暴風の難を逃れており——そんな人々に向けてユーリーは笑顔で言った。


「さあ、皆様。女神様の住まうこの世界を、美しく整えましょうね——」



     ★



 世界は変わった。

 それは強力なモンスターの出現や、新たな住人の登場、地形の変化——それだけではなかった。

 ひとつは天賦珠玉が消えたこと。

 体内に天賦は残っているので表向きの生活は問題なかったが、だが、これから育つ子どもたちは天賦珠玉を使うことができないので、自力で技術を習得していかなくてはいけない。

 もうひとつは、新たな宗教の誕生だ。

 もともと【回復魔法】の使い手を集めることで教会は成り立っていたが、これまでの、いるかいないのか、恩恵があるのかないのかわからない「神」への信仰ではなく、はっきりと形のある「女神」への信仰へと切り替わったのだ。

 それがなんの変化なのか——と多くの民衆は思ったし、実際のところ表だった変化はなかった。

 しかし、各国上層部では大きな変化だった。

 教会はこれまで、【回復魔法】などの天賦珠玉を優先的に都合してもらい、一方で傷病者の看護で国に協力した。

 だが天賦珠玉はなくなり、国は教会に対するアドバンテージを失ったのだ。

 そうなると【回復魔法】の力を背景に、教会は各国上層部に影響力を持つようになる。


「——また、出兵の要請か」


 盟約の破棄が行われてから、すでに3か月が経とうとしていた。

 秋が深まり本格的な冬を予感させるように夜は寒く、弾けば鳴るような冷気が満ちている。

 廊下を、しらしらと輝く銀色の杖を突きながら——これが天銀(ミスリル)製であることは明らかだ——老人が歩き、その横に腰をかがめるようにして報告をする男がひとり。

 彼らの背後には付き添いの者たちが鈴なりだった。

 大陸に広大な領土を広げるキースグラン連邦の盟主であるゲッフェルト王は苦々しげな顔をする。


「はっ……いかがいたしましょう」

「リグラ王国を動かせ。あそこには暇を持て余してけしからんことをするならずものが山ほどいるじゃろ」

「報酬を要求してくると思いますが」

「今まで連中のためにどれだけ便宜を図ったと思っておる。『今こそ忠誠心を見せるとき』とでも言うておけ」

「かしこまりました」


 男は慇懃に頭を垂れると、しずしずと進んでいくゲッフェルト王の一行を見送った。


「……父上。教会はなにをそんなに焦っているのですか。教会からの出兵要請はこれでもう3度目。毎月1度のペースになっておりますぞ」


 王太子であるゲッフェルト王の息子がたずねる。

 息子、とは言っても年齢はすでに60を超えており、身体は壮健だったが肉体はすでに下り坂だ。


「女神がどうのと言っている、アレであろう」

「辺境のモンスターなど放っておけばよいのに……。このままいけば大陸中のモンスターが死滅するのではありませんか?」

「女神は潔癖なのじゃろ」


 冗談ととっていいのか、皮肉ととっていいのかわからず、付き添いの者たちは微妙な笑みを浮かべた。

 教会が「女神」の名を盾に各国に「モンスターを滅ぼすべし」と焚きつけているのだ。

 付き添いの者たちが小声で囁き合う。


「——あの盟約の破棄とやらがこんな影響をもたらすとはな。教会は『女神』とかいう架空の存在を生み出したのではないか?」

「——なんでも『女神』のせいにすればいい、か」

「——しかし、教皇聖下に『女神』が乗り移ったとかいうウワサもありましたぞ」

「——ウワサはウワサであろう。教皇聖下に箔を付けるために、いかにも教会の考えそうなことだ」

「——だがトマソン枢機卿猊下も退任され、その座は空席。すべての発令を教皇聖下が直々に決めておられるという事実……」

「——子どもゆえに、潔癖(・・)なのではないか?」

「——違いない」


 小さな笑い声が上がる。

 彼らは貴族であり、大国の中枢にいると信じている者たちだ。つまるところ、自分のそばには危機がないのだと信じている。


「父上。モンスターとは言え、あれらを倒して素材を卸し、生計を立てている者もあります。駆逐されてしまえばそれはそれで……」

「すべてを駆逐など、それこそ死滅などできるわけがない」

「しかし教会の要請は今後も続くのではありませんか」

「リグラ王国に任せたのは、かの国が未開の地『カニオン』に隣接しているからだ。適当に、未開の地に追い出せばよい」

「つまり父上は、『カニオン』にモンスターを閉じ込め、必要なときに踏み込んで間引きすればよいとおっしゃるのですか。まるで金貸しから金を引き出すように」


 王太子が言うと、付き添いの者たちの間から、「さすが陛下」「ご慧眼」などという追従の声が上がる。

 ゲッフェルト王は、ふん、と小さく鼻を鳴らしたきりだった。

 それが合っているとも、間違っているとも言わなかった。

 一行がたどり着いたのは小さな会議室だ。扉が開かれると室内は明かりの魔道具が煌々と光を放っており、溜め込んだ水が流れ出すように暗い廊下を照らし出す。

 同時に、温められた暖気も流れ出た。


「王太子よ、お前に話がある」

「はっ。——皆、勤めご苦労」


 王太子が振り返って貴族たちに言うと、彼らは口々に「なんのこれくらい」「本日も国王陛下のそばにいるという光栄に浴しました」などと言って頭を垂れる。

 いつもの光景になにも感じない、王と子は小さな会議室に入ると扉は閉められた。

 侍従の用意した茶を飲んで身体を温めると、ゲッフェルト王は口を開いた。


「……ワシも後何度、冬を越せるかはわからぬ」

「父上、なにをおっしゃいます。この国は、連邦は、まだまだ父上を必要としておりますぞ」


 それはこれまでに何度となく交わされた会話だった。

 ゲッフェルト王の「後数年」詐欺は父と子の間でも繰り広げられているのだった。

 だが、


「今回ばかりは違う。『女神』とやらの名を聞いたとき、いよいよワシも死ぬときだと知った」

「……父上?」


 いつもと違う雰囲気を漂わせた父の、王の、連邦の盟主に王太子は気がついた。


「ワシがお前に残してやれる知恵はさほどなかろう。しかしそれらは今後10年……いや、数年のこの国を導く指針にはなるはずじゃ。心して聞け」


 王太子は知らず知らず背筋が伸びるのを感じた。

 これは遺言だ——そう気がついたのだ。

 ツバを呑んだ彼に、父は言う。


「『女神』とやらはおそらく天賦珠玉を造り出した張本人であろう」

「っ……!?」

「けして逆らうな。逆らえばこの国など簡単に滅ぶ。それは、盟約者として『世界結合』に立ち会った連中を見ればわかる。連中は『女神』に心酔したという」

「それは、聞いております。我が直轄領のシルヴィス王国のユーリー次期女王は『女神』信仰を強いていると。クルヴァーン聖王国は先代王が現女王と『女神』に対する方針を巡って衝突し、貴族もまたどちらにつくかで真っ二つに割れているとか」

「今思えば、『世界結合』の場にワシも、お前も立ち会わなかったことがよかったようにも感じるが……実際になにが起こったのか、わからぬことがもどかしい」

「そのとおりです」

「つまり、お前がすぐにやるべきはトマソン枢機卿——前枢機卿と連絡を取ることじゃ」

「退任された、猊下をですか」

「煮ても焼いても食えぬあの古狸が、やすやすと退任するわけがあるまい。まして、これほど混乱した教会を放っておくなどあり得ぬ」


 王太子は驚いた。

 滅多に人を褒めないゲッフェルト王が、トマソン枢機卿を——言葉だけ聞くと馬鹿にしているようにも聞こえるが、王太子からすると「べた褒め」に近い評価なのである。


「……退任にはなにか理由がある、と。猊下はなんらかの秘密を握ったか、『女神』と対立したために身を引いた、ということですね。放っておけば猊下の身に危険が迫る可能性もある……私が連絡し、適当な理由をつけて保護するべきだと」

「わかっておるならよい」


 年老いたゲッフェルト王の表情はわかりにくかったが、王太子の答えに満足しているのは明らかだった。

 しかし王太子は王太子で、背筋が凍るような思いだった。


(父は……いったいどこまで先を見通しているのだ)


 ヒントを与えられれば王太子とて考えることができる。行動することも。だがそのヒントにたどり着くのに自分はどれくらい時間が掛かるだろう——父がいなくなったとしたら。


「次に、竜だ」

「竜……?」


 また話が飛び、王太子は首をかしげる。


「盟約者の他に調停者がいることは知っておるか」

「はい、確か——盟約を守るような立ち位置だったかと」


 盟約が破棄された結果、盟約者ではない者も盟約に関する知識を手に入れることができるようになった。

 まるで霧が晴れるようにそれらの情報は明らかになって、国家の上層部には伝えられた。

 しかし破棄された盟約にどれほどの価値があるというのか——各国首脳は盟約の吟味などはせず、目の前の、現れたモンスターとの戦いに勝つことに夢中だった。


「盟約者の話題はよく聞いたが、調停者がどこにいったのか、わからぬ」

「それは……そうですね。しかし、元々竜の存在はあまり認知されていませんでしたが」

「じゃが、ヤツらは強大な力(スーパーパワー)を持っていた。ワシらは知らぬが、幻想鬼人(ヴィジョン・オーガ)とやらもそうであろう。竜が、今『女神』とどういう関係にあるのか調べるのだ」

「竜が……ですか」

「腑に落ちぬという顔じゃな」

「……申し訳ありません。父上の深謀遠慮には、まだ私はほど遠く……」

「いや、これはただの勘じゃ。もしワシが他国の王であったならば竜のことは忘れておったろう」

「と、おっしゃいますと」

「我が国には竜がいる」

「!」


 王太子はハッとした。


「アッヘンバッハ公爵領、『六天鉱山(シックスマイン)』ですか!」


 それは天賦珠玉が枯渇し、そしてダンジョンとしての機能も失った山だ。

 かつて竜がいて、その竜は領都ユーヴェルマインズを襲い、討伐された。

 だが「世界結合」前にあの鉱山に新たな竜が棲み着いたことが秘密裏に報告されていたのだ。


「そうじゃ」


 ゲッフェルト王はうなずいた。


「今やあそこは無人の鉱山ではある。じゃが、竜がいるのならば接触してみるのも手であろう。人を差し向けよ」

「わかりました」


 王太子はうなずいた。


(やはりまだ、父を失うわけにはいかぬ……)


 父子の対話は夜更けまで続いた。



     ★



 アッヘンバッハ公爵領の「六天鉱山(シックスマイン)」と言えば、多くの採掘者で賑わった。

 しかしその場所も今ではひっそりとしており、麓の鉱山町も、竜が暴れたことで破壊され、今では領都ユーヴェルマインズからの連絡員が鉱山を監視するための、小屋がひとつあるきりだった。


「——いやはや、ここがかつては賑わっていただなんて誰も信じられんわな。今残っているのはがれきの山。めぼしいものもすべて持っていかれちまったし……いいところといったらモンスターがいないくらいか」


 問わず語りに、領兵であり連絡員でもある兵士が言う。


「アレだろ? 今やあちこちに正体不明の凶暴凶悪のモンスターがいるっていう。ここは、山が守ってくれてるんだ。だからモンスターも近寄らねえ」

「おいおい、単に食い物がないだけだろ。こんな寒いところにゃ、ここから先はなんの恵みもありゃしねえ」

「そうかもしれねえな」


 もうひとりの兵士——たったふたりしかいない連絡員ではあったが——とのやりとりに、あっはっはと笑っている。


「……そう、なんですね」


 答えたのはひとりの少女だった。

 長い金髪を後ろでひとつにまとめ、大きな紫色の瞳も、長いまつげも、少女が将来的には美しくなるだろうことを予感させていたが、着ている、こなれた感じの旅装束のせいで彼女をどこか中性的に見せていた。


「まあ、ちょっとはあったまって行きな」

「ありがとう」


 少女は——ラルクは、差し出されたマグカップを受け取った。入っているのは白湯だったが、一足先に冬に突入している山の中ではこれがなによりもありがたい。

 舌が火傷しそうなほどに熱い白湯だったが、マグカップを持っているだけでラルクの身体は温まる。


「そんで、お前さんは死んだ親父さんの供養だったか。鉱山暴動のときに遭遇したってんなら、親父さんは災難だったな。確かにあんときゃ多くの冒険者も犠牲になった。それ以上に、領兵も死んじまったが……」

「……ええ」

「行くなら早いほうがいいかもしれねえな。毎日毎日、日が短くなりやがる」

「そうします」


 ラルクは立ち上がると、白湯の礼を言って小屋を出た。


「鉱山の中には入るなよ」

「はい」


 領兵たちはヒマを持て余していたのだろう、小屋の外にまで出てきてラルクに声を掛けた。

 ラルクはひとり、がれきの街を出て行く。

 一直線に鉱山へと伸びる緩やかな坂道は針葉樹林を突っ切っていく——ここにやってくるのは、以前にここを抜け出したとき以来だ。


(……これはけじめだ)


 冒険者の父が鉱山暴動のときにここで死んだ。そんなウソを使って、ラルクは「六天鉱山」を目指して歩いた。

 ともに行動をしてきた空賊仲間——クックたちはさらに離れた街に滞在している。

 彼らはラルクを心配してついていきたがったがラルクが断った。

 ここでなにかをする気はなく、単に、ほんとうに、けじめとして訪れただけだったのだ。


(あたしができることは、もうほとんどない)


 世の中が大きく変わったという話はあちこちの街で聞いた。

 だがラルクがやるべきは、鉱山暴動で命を落とした人たちへの謝罪だった。

 領都ユーヴェルマインズでは犠牲となった領兵の家族を養うための互助会のようなものができあがっており、そこにお金を寄付してきた。

 冒険者は、あくまでも自己責任なので放っておかれているようだったが、せめてもと思い家族がわかる場合はギルドを通じて送金する手続きを取った。

 犠牲者の合同墓地があってそこにも向かったが、そこには遺品が眠っているだけで、肉体のほとんどは鉱山で簡易的に埋葬されただけだという。

 遺族に会って謝罪をしたかったが、クックたちに止められた。


 ——今、お嬢が出て行ってなんになる。お嬢みたいな奴隷がいたって言われてもピンとこねえし、遺族は事件を思い出して悲しい思いをするだけだ。調査が入ってお嬢が捕まったとしてもお嬢は逃亡奴隷で死刑になるだけ。そんなら、これからお嬢がちゃんと稼いで遺族に金を送ったほうがよほどいい。


 クックの言うことに納得ができなかった。

 だが、筋は通っていた。

 ゆえにこうして、最後のなすべきこと——鉱山にある簡易墓地に行くことにしたのだ。

 これから先は互助会や冒険者ギルドに送金していくだけだった。


(こんなに長かったっけ……)


 あの日、鉱山を抜け出した日、ラルクは転げるように道を下っていった。

 今となってはがれきとなったあの街は、先に逃げ出していた逃亡奴隷と門番が戦っていたのでラルクはその隙に街の塀を乗り越えて侵入、手近な家の外に置かれてあった子供服に着替えた。「必要な方、どうぞ」と書かれてあったのでチャリティーのつもりだったのかもしれない。あちこち繕った古着で、ボロのような帽子で髪の毛を隠せば、身なりはもう貧乏ながらも街の子だ。


(寒いな……)


 あの日は晴れていた。

 今日は薄い雲がかかり、暗い。吹きつける風は凍えるように冷たい。


「あ……」


 不意に木立が切れたと思うと、目の前に——山がそびえていた。

 入口は大きく崩れ、巨大な岩石がいくつも転がっている。

 外側からこうして見るのは初めてかもしれない。

 奴隷として連れてこられた日は馬車の荷台で眠りこけていたし、逃げ出す日は振り返りもしなかった——振り返ったときにレイジの姿が見えたら、きっと戻ってしまうと思ったからだ。


「……行こう」


 ラルクは確かな足取りで歩いていく。

「六天鉱山」——かつて、天賦珠玉を採掘できる場所だった鉱山へと。

 オオオオオオ……と風が鳴れば、それはまるで巨大な生き物が息を吐いたかのようだった。

 いや、あるいはほんとうに何者かの吐息だったのかもしれない。




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― 新着の感想 ―
[一言] >「世界結合」はうまくいったようで、アナスタシアは自分の中の「盟約者」としての自覚が急速に薄れていくのを感じていた。 アナスタシアは盟約者でないのでは?それともハイエルフの王族全体に盟約者…
[気になる点] 以前はラルクは自分が奴隷の格好だと気づいて服を店から盗んだと書かれていたので矛盾しています。
[一言] ゲッフェルト王が…………カッコイイだと……!?
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