分配会議
●あらすじ:
世界会議は膠着状態だった。「教会が発案なんだから金を出せ」という各国に対して、教会は決め手を欠いていた。このまま賛同する国家だけでも「世界結合」に向けた防衛ラインの協議を進めるべきか——そう悩んでいたところへやってきたのが、ハイエルフのアーシャだった。
エルフのシルヴィス王国国王は、ごねる各国に備蓄してきた天賦珠玉を放出し、脅威に備えさせよと決断をしたのだった。
世界会議の様相は、一変した。
翌朝の会議開始早々、シルヴィス王国代表ユーリーからの提案があった。
——「来たるべき脅威」に向けた防衛ライン構築に当たり、協力を希望する国に対して我が王国の天賦珠玉を分け与える。
シルヴィス王国が備蓄してきた天賦珠玉の総数は、267万個。
大半が星1つや2つであるのは確かだが、星5つが4個、星4つは959個、星3つは2万個もあったのだ。
これには各国も目の色を変えたが、次の言葉で静まり返った。
「『三天森林』における天賦珠玉はすでに枯渇しております。ゆえに、『世界結合』を成功させなければこの先の未来はありません。それほどまでに、我が国王は先行きを案じておられます」
267万個もの天賦珠玉、さらには星5つが4個含まれるとなれば、これを買うにはとてつもない金額が必要になる。
いや、星5つがある時点で、金を積んでも手に入れられないだろう——そもそも星5つの天賦珠玉の出現確率は極めて低く、さらには新たな天賦珠玉の出現がなくなった今ならばなおさらだ。
特別席でこの議論を見守っているアーシャはにこにこしており、それが目に入ったユーリーさんは少し恥ずかしそうに頬を赤らめていた。アーシャの隣にいるマトヴェイさんは「これでもゴネる国があったらそこは無視しちゃえよ、もう」という顔で膝に頬杖をついている。
そこから先の議論はトマソン枢機卿が引き取った。
直接、天賦珠玉が産出する土地を有する国は、今回の分配には含まれない。
具体的には「一天祭壇」を有するクルヴァーン聖王国。
「三天森林」、「六天鉱山」を有するキースグラン連邦の首都ヴァルハラ。
「五天石塔」を有するドワーフの王国。
「七天高地」を有する光天騎士王国。
「二天海底」、「四天氷河」、「八天炎河」は天賦珠玉の採掘が過酷な土地であり、また特定の国家が所有しているとは認められない紛争地域も含まれており、今回は対象外とされた。
それ以外にも、分配を辞退する国もあった。
教会に対する忠誠が高く、資金や軍備も充実している国。
あとは天賦珠玉に頼らない国家運営を自負しているウインドル共和国だ。
「星5つの天賦珠玉については、4つしかないために抽選とする。また星5つを手に入れた国は、星4つの天賦珠玉分配は受けられないものとする。さらに、星5つがどのような内容の天賦珠玉であるかについても、分配されるまではわからないものとする」
この発言には各国代表から非難の声が相次いだ。
たとえば戦闘に役に立たない星5つの天賦珠玉もあるのだ——【手先が器用★★★★★】みたいなものがあるかもしれない。
「不満ならば、星5つについては辞退すればよろしい」
しかしトマソン枢機卿はその非難に取り合わなかった。
確かに、【手先が器用】であっても星5つならば「いくら積んでもいいから欲しい」という資産家がいるかもしれない。そういう人物に売れば、相当な金額にはなるだろう。事実、トマソン枢機卿もその後に、
「もし星5つの天賦珠玉が分配されたが、要らないということであれば、教会にはオークションを開催して売却を支援する用意もある」
と言った。
すると今度は星4つの天賦珠玉について質問が続いた。
これは星5つが分配されるであろう4カ国をのぞく、6カ国で分配することになるが、今回の防衛ライン構築に必要そうな天賦珠玉は限られているために教会が959個をリスト化し、6カ国で順に欲しいものを1つずつ選んでいくという方式になった。
こうなると、各国が悩むのは「博打を打って星5つを得るか、堅実に戦力強化となる星4つを160個得るか」ということになる。
(上手い……)
僕は内心、トマソン枢機卿の手腕に感嘆していた。
もう、すべての国が気にしているのは「防衛ライン構築に参加するかどうか」ではなく、「いかにして天賦珠玉を得て帰るか」に移っているのだ。
アーシャが到着したのが昨日だ。
たった一晩で、トマソン枢機卿は分配の方法を詰め、議論を誘導できている。
(【議論が器用】みたいな天賦珠玉でもあるんだろうか?)
寝不足の日々が続いているせいだろう、トマソン枢機卿の顔色は悪い。
一方で、枢機卿の隣にいる教皇聖下はじっとしていた。
初日に僕の身分を保証するという話をされて以来、発言をしていない。
僕と年齢はさほど変わらないというのにどうして教皇なんていう地位に就いているのか、僕はほとんど知らなかった。
「!」
ちらりと、教皇聖下が僕を見た。
ねずみ色のヴェール越しにはその表情はほとんどうかがえないのだが、はめ込まれた宝石のような、紫色の瞳がきらりと輝いたように感じられた。
すぐにその視線は正面に戻されたけれど、僕は、この人が単なる少女ではないのだろうことを感じ取った。【森羅万象】がなにも反応しないのが不思議なほどに。
世界会議の話し合いは進み、各国による条約の締結は3日後に行われることとなった。
それまでに、条約文の詳細が詰められることになり、どの国が星5つの天賦珠玉を手に入れるのかも決まる。
僕からすると星4つを160個と、星5つを1個だったら160個もらったほうがいいに決まっているように感じられるのだけれど、星5つというのはやはり別格らしい。いまだに悩んでいる国は多いようだ。
確かに、クルヴァーン聖王国にいたときも、星5つの有無で貴族家の権勢が変わると聞いたしね……。
だけど世界会議が進む一方で、もうひとつの話し合いも進んでいた。
「——これで全員だな」
と言ったのは、グレンジード公爵だった。
世界会議が行われているのと同じ建物内にある、小会議場。
ここに集まっているのは各種族代表だった。
ライブラリアンの代表は、僕も見覚えがある「薬理の賢者」様の集落にいた人だ。
獣王種族の代表は、巨大ゴリラさん。
ノームの代表は、灰色の長い髪と長いヒゲが特徴の老人だった。背は僕の腰くらいまでしかなく、大きな鼻は垂れていて荒れているのか凸凹があった。横の巨大ゴリラさんと比べると10倍以上体重が違いそうだ……。
ハイエルフの代表はユーリーさんだ。
ドワーフの代表は、国家代表でもあるガチムチの男性。「王太子」と呼ばれていたけれど、見た感じ50歳を超えているんだよね。白髪交じりの長い髪を後ろで束ねていて、豊かなヒゲをごしごししごいている。
聖水人の代表はもちろんグレンジード公爵。
そして大陸人の代表はウインドル共和国のホリデイ人民代表である。
各代表は数人の供を連れてきているので、小会議場内は結構な人口密度だった。僕はグレンジード公爵の後ろに立っている——スィリーズ伯爵の隣である。ちなみにエヴァお嬢様は後ろの予備テーブルに着座していた。
「ここに集まってもらったのは、無論、盟約の破棄に関することだ。先ほどの会議で『世界結合』について話がまとまったが、盟約の破棄は盟約者たちが行わなけりゃならん」
すると、派手な着物を羽織った巨大ゴリラが小さく手を挙げた。
「どうしてあなたが話を進めているのかしら?」
……まさかの女性だった。いや、あの、すみません。勝手に男だと勘違いしていました。
しかも声が丸っこくてかわいい。
「トマソン枢機卿に頼まれただけさ。俺が進めるのに問題があるなら、あなたが進めてくださっても構わない、ミンミンシャン閣下」
「……んもう、閣下なんて他人行儀の呼び方は止めてよ。あたしとあなたの仲でしょう?」
えっ。グレンジード公爵のお知り合い?
ていうかミンミンシャンって名前なの?
僕の理解が追いついていないでいると、横からスィリーズ伯爵がこっそりと、
「……かつて公爵閣下が聖王陛下に即位される前、ミンミンシャン閣下と戦うことになりましてね。公爵閣下が辛くも勝利したのですが、それ以来、ミンミンシャン閣下は公爵閣下に惚れ込みました」
「……なんか突っ込みどころ満載ですね、その話」
「……ようやくあなたにも伝えることができてうれしいですよ」
いたずらっぽくウインクしてみせるスィリーズ伯爵は、イケメンなので無駄に絵になる。
「ふう。あたしはあなたが進行役でも構わないけど、でもねえ、あなたはクルヴァーンの利益を考えなければいけないところもあるんでしょう? そうなると、盟約者代表としては余計な考えが混じってしまうでしょう?」
「つまり、俺がクルヴァーン聖王国が最も被害を受けそうにない形で盟約の破棄をさせようとするということか?」
「そうよ」
ずばり、と切り込んでくる巨大ゴリラさんに、グレンジード公爵は両手を挙げた。
「わかった。それなら他の人が進めてくれて構わない……ただし、今日の話し合いは盟約の破棄を行う前提にして欲しい。今から、盟約の破棄の是々非々を議論する時間はないのでね」
「……ワシらは、ただの道具か。盟約を破棄するための」
憤懣やるかたなし、という顔で言ったのはノーム代表だった。
「教会とは共存共栄の関係であったからこたびの召喚にも従った。だが、各国代表は己の利益ばかりを囀り、本気で盟約と盟約者、天賦珠玉のあり方について考える者はなかったではないか」
「そうねえ。さすがのあたしも、レベルの低い議論に呆れたわ」
グレンジード公爵は腰を浮かせ、手をテーブルについて頭を下げる。
「……すまない。と俺が謝っても仕方のないことだが、盟約者を軽んじていたわけじゃない。あの場で各国の同意を取り付けなければ、とにもかくにも『世界結合』後に動けなくなる」
「賢明なるノームの長老殿。私たち森の民も今回のことは腹に据えかねるところがある。しかしながら我が父王は前に進むことを決断なさった。どうか長老殿も前向きに考えていただきたい……それはノームの安寧にもつながるのだから」
ユーリーさんがフォローに入ると、「ふん」と鼻を鳴らしてノームの長老は引き下がった。
どうしようもないことはわかっている。
盟約を破棄することは既定事項として織り込まれていたからだ。
ただ、この憤りを口にしなければ気が済まないというのも事実だろう。
「……国家として組み込まれていない、ライブラリアン、獣王種族、ノームの3種族には別の形で恩に報いるのはどうかな?」
そこでホリデイ代表が口を挟んだ。
ウインドル共和国は今回の天賦珠玉分配にも関わっていないし、さらには盟約の破棄にも前向き——どころか「超前向き」だ。なんならひとりでも盟約を破棄しようという人だ。
「それは悪くない提案ではあると思うが、なにか必要なものはあるか?」
グレンジード公爵がうなずくと、
「……特にない。我らは賢者様に従って生きるのみ」
とライブラリアン。
「あたしは、グレンジード公爵がウチの集落に引っ越してきてくれればそれでいいわよ」
ばちこーん、とウインクするミンミンシャン閣下。
グレンジード公爵は青ざめて冷や汗をだらだら流し始め、それを後ろから見たスィリーズ伯爵は笑い出したいのをこらえているのだろう——頬が痙攣している。
「……ワシらは、そこの偏屈どもが流通を止めている天銀を、正常に市場に流してくれりゃあいい」
ノームの長老は、ドワーフの王太子殿下をぎょろりとにらんで言った。
え? ドワーフの王国が天銀の流通になにか手を加えてるの?
「おいおい。偏屈だってよ。どこの誰だ偏屈なのは。ノームより偏屈がいるわきゃねえと思うがよ」
うわあ、ドワーフの王太子殿下、めっちゃ口悪い。
それに追従するように付き添いの人たちも「へっへっへ」なんて笑ってる。
「……伯爵。天銀の流通って……」
「……国家間の流通は元々制限されていますが、ノーム種族の集落がある立地的に、どうしてもドワーフに頼らざるを得ないのです。大地信仰のノームとドワーフはそれぞれ天銀に対して強い執着を持っており、力で勝るドワーフがなかなか天銀を渡さないようですね」
ドワーフ最悪じゃないか。
「……一方でノームは、ドワーフの大地信仰の聖地と呼ばれる場所を封鎖して、もう200年になります」
どっちもどっちだった。
争いは同じレベルの者同士でしか……という有名なワードを思い出してしまった。
「特定の種族に関わる要求でないほうがよろしかろうと思いますな。教会に一肌脱いでもらうくらいのことがいい」
グレンジード公爵はノームとドワーフの仲裁に入るふうを見せながら、実際は自分個人に向けられた要求をかわそうと必死のようだ。
「……それより、盟約破棄の実行日はいつになるのか」
ライブラリアン代表が、視線だけでバチバチ火花を散らしているノームとドワーフをキレイに無視して言った。
「条約締結から2か月後。それで足並みをそろえるらしい。できれば盟約者本人にここ、ブランストーク湖上国に集まってもらい、全員そろった段階で実施したい」
「そろわなかったら?」
ホリデイ代表が口を挟んだ。
どこか、余裕の笑みを浮かべて。
「それでもやるさ」
グレンジード公爵はブレなかった——そのときちらりと、背後にいる僕に視線を投げてきた。
——いざとなったら、頼む。
そう言っている気がして。
僕の【離界盟約】を使えば、盟約者全員がそろわなくとも全員が破棄を宣言するのと同じことができるはずだ。そういう実感が、あった。
これだけ多くの人が動いて、「世界結合」に向けた準備を進めている。
盟約者同士の話し合いだってそうだ。
本来あるべき形で破棄ができるようにと、多くの人が集まり、話し合い、すりあわせ、調整している。
でも、もしも——ダメだったら。
グレンジード公爵の「頼む」は、「全力を尽くすが、もしもダメだったら頼む」という意味であると僕は理解した。
(そのときは)
賢者様も、ダンテスさんたちも、僕がすべてを背負う必要はないと言ってくれた。
でも、
(僕がやります)
事ここに至れば、やるしかない。
それくらいの覚悟はできた。
「……なるほどね」
ホリデイ代表は小さく笑った。それが——なにを意味するのか。
「では、ふたつたずねたいが……ひとつは、盟約は8条あるのに盟約者は7人しかいない。これで満足に破棄ができるのかということ」
グレンジード公爵が答える。
「8番目の盟約者は空欄だ。今ここにいる7種族以外にはいないことになっている」
「ではもうひとつ。盟約の破棄とともに天賦珠玉が消失することをどうして先ほどの会議で言わなかったのか?」
その発言は電撃のようなショックとともに小会議室を走った。
「……なんだと?」
「聞こえなかったのかな。盟約は天賦珠玉についても言及されている。盟約が破棄されれば、当然、盟約とともに天賦珠玉が消えることも考えるべきだろう。それを知っていれば、『三天森林』産の天賦珠玉をもらうことで盟約の破棄に賛成していた各国は——どう思うだろうね?」
会議室内に小さなざわめきが満ちていく。
それは——その可能性は、否定できなかった。
でも考えたくなかった。
なぜなら、天賦なしに向こうの世界のモンスターと戦って勝つことは、ほぼ不可能だろうと思うからだ。
ホリデイ代表は余裕の笑みを浮かべている。
それは、ウインドル共和国が天賦珠玉に頼らない国家運営をしているからだ。
(でも——おかしい)
ウインドル共和国は他国の軍隊に安全保障を任せている。
その軍隊は天賦によって成立しているじゃないか。
それが骨抜きになったら、巡り巡ってウインドル共和国が危険になるはずだ。
それがわからないホリデイ代表ではないだろうに。
「——天賦珠玉は消えません。え、正確に言えば、天賦珠玉が消える可能性はありますが、体内に取り込んだ天賦は消えません」
そこへ、聞き覚えのある声が響いた。
小会議室のドアは開かれており——そこに立っていたのは、ウサギだった。
祭司服を着た、ウサギだったのだ。
「盟約者の皆様、お久しぶりでございます。え、初めましての方は初めまして。わたくしめはクルヴァーン聖王国『祭壇管理庁』特級祭司であります、エル=グ=ラルンでございます」
人々の反応ははっきりと分かれた。
エルさんを知っている人たちは驚きながらもどこか納得した顔をして。
知らない人たちは「なぜここにウサギが」「獣王種族……?」という顔だった。
「ようやく、長年掛けてきた研究の成果が、え、見られるようです。——それは気が遠くなるほどに、え、長い年月でございました。今になって思うのは、ふたつに分かたれた世界というものは、ひとつであるべきものであり、分かたれていた期間というものは、え、ひとつに結合するまでの『準備期間』であったのではないかと……そう思うのであります」
エルさんがひょこひょこと歩いてくると、ライブラリアンの代表の横にやってきた。
「……久しいですね、エル=グ=ラルン」
「はい。え、私の役割もそろそろ終わりそうです」
「ええ……賢者様も、あなたのことは気にしていました」
「それはそれは」
エルさんはテーブルについた人々を見回してから、最後に、僕の顔を見て視線を止めた——たぶん、僕だと思う。
「……エル=グ=ラルン。彼は……」
「え、わかっております。『災厄の子』などというバカげた呼称を教皇聖下が止めさせようとしたことは、誠にすばらしいと存じます」
「賢者様は、彼が『希望』だと」
「『希望』……」
スッ、とエルさんの目が細められた。
「いい言葉ですね。私のような、え、『停滞』を象徴するような者よりもずっといい」
「エル」
咎めるようにグレンジード公爵は言った。
それは、「話が脱線している」と言いたいのか、あるいは「卑下するようなことを言うな」と言いたいのか……。
いずれにせよ、エルさんはコホンと咳払いした。
「それでは『世界結合』後に起こりうることについて、現在までに観測されてきたあらゆる盟約に関係する事柄を元に、え、推測したいと思います」




