新たな旅路
手を握って、開いて——ラルクはその場でぴょんぴょんとジャンプしてみてから言った。
いくら回復したといってもついさっきまで寝たきりだった彼女なので僕はハラハラし、案の定足がもつれて草原の上にラルクは座り込んでしまった。
「だ、大丈夫!?」
「……うん。完璧に健康ってわけじゃないけど、もうふつうに暮らすことくらいはできるな」
「ほんと? 無理してない?」
「おう。これなら酒場や港で働くこともできそうだぜ」
ラルクはニカッと笑ってみせたけれど、僕の【森羅万象】は違う情報を教えてくれていた。
彼女は、相当無理している。
もちろん視覚すら失われていたときに比べれば元気も元気なんだろうけど、いわゆる「健康体」にはまだまだ遠い。
(……僕に心配させたくないんだな)
水くさいな、って思う。僕とラルクは姉弟なのに。いや、姉弟だからこそ強がりたいのかな。
「お前のおかげだよ、レイジ」
そんなふうに言われたら、僕がもうどうこう言えることはない。
「……ラルク。これからどうしたい?」
問題は、これからのことだ。
僕はふたつの世界をひとつにすること、そしてその後に起きるであろう混乱に備えるべく行動しなきゃいけない。
きっと大変な旅と、交渉になる。
それに付き合うにはラルクの体力はもたないだろう。
「あたし、『六天鉱山』に行こうかと思うんだ」
「え?」
彼女の答えは僕がまったく予想しないものだった。
「……あたしは、いくら逃げるためとは言え、多くの鉱山兵を殺しただろ。その人たちにも家族がいたはずだし……」
「罪を償うってこと?」
「…………」
ラルクはじっと黙ってから、言った。
「……あたしの父親はね、兵士だったんだ。それが戦争で死んでさ、ふつうなら遺族にまとまった金が支払われるはずなんだけど、負け戦だからそんなこともなくて。あたしの母親は父親が死んだことを受け入れられずにどこかへ消えて、残ったあたしを遠い血縁の人たちが鉱山に売ったんだ」
僕はラルクの過去を初めて知った。
「どうってことない、どこにでもある話だよな?」
冗談めかして言う彼女は、僕の隣にすとんと座った。
「……あたしのせいで、あたしみたいな境遇の子が生まれたかもしれない。そう思うとさ、なにかしなきゃいけないんじゃないかって思って……」
「ラルク……」
「ただ、勘違いするなよ? あたしはもう一度同じ状況になったとしても、天賦を手に入れて道を切り開く。あのときとった行動は、後悔してない」
契約魔術というまやかしで、僕らは働かされていた。
あの鉱山で正当な報酬が支払われていたとは思えないし、それが奴隷を使う人間の——領主の権利だなんて認めたくない。
僕やラルクが働いていたときの現状を正確に知った今なら、あのときの鉱山のやり方は間違っていたと思う。
僕だって黒髪黒目だという——「災厄の子」の言い伝えだけで殺されそうになったのだから、同じことがもう一度起きたら、僕はもう一度逃げ出すだろう。
でも、確かに——ラルクの言ったとおり、あの落盤事故とその後の暴動で不幸になった子どもたちがいるのなら、救いたいという気持ちはわかる。
「ラルク、僕はヒンガ老人の最期に立ち会えたんだ」
「……そうか、あのジイさんは死んだのか」
「ヒンガ老人の遺言に従って、お孫さんに会ったりしたんだよ」
僕はそのことがあったから、たぶん六天鉱山での出来事をうまく自分の中で消化できたのだと思う。
だけどラルクはあの暴動で鉱山を飛び出したっきりだ。
彼女の中でまだ鉱山での出来事は居心地が悪い記憶のままなのだろう。
「自己満足にすぎねーってことはわかってるんだけどさ、あたしは六天鉱山に行ってみるよ」
「……そうだね」
「弟くんは、やらなきゃいけないことがあるんだろ?」
「うん」
つまり、僕らはここでまたお別れだということになる。
「ラルク、これを持っていって」
僕は道具袋から、厳重に革の袋と綿でくるんだ、青色の光を放つ石を取り出す。
「……キレイだな」
「燐熒魔石っていうんだって。キレイだけど、ヒンガ老人の歯に仕込んであったんだよ」
「げっ。きたねー」
ラルクの言い方が、まるでヒンガ老人を前に勉強していたときのそれと同じで、僕は思わず噴き出した。
「笑うことねーだろ。あのジイさんの歯かよ、これ」
「まあ、そんなようなもんだね。ラルクが持ってってよ」
「……でも、これはお前が」
「ううん。次に会ったときに返してくれればいいから。流した魔力を3から4倍にして返すらしいけど、これだけ小さいと使い道はないかも」
「…………」
ラルクはちょっと迷ったようだったけれど、受け取った。
これが最後の別れじゃない、という意味を込めたのだから受け取ってくれないと困る。
「あと、これ」
僕は財布にしている革袋を取り出した。その、ジャラリという硬質な音でなにが入っているのかラルクにもわかったらしい。
「バ、バカ、金なんてもらえねーよ」
「気取るなよ。大体、鉱山で死んだ兵士さんの遺族を探したところで、渡せるお金はあるの?」
「……そりゃ、お前、さっきも言ったとおり港とか酒場で働いてだな」
それ、いつまで掛かるんだよ……。
「た、ため息吐くんじゃねーよ! 生意気だぞ、弟のくせに!」
「これは姉も弟も関係ないでしょ。ほら、受け取って。貸しておくから必ず返しにきて」
「…………」
さっきの魔石よりもはるかにイヤそうに、ラルクは受け取った。
感情としてはイヤだけど、受け取らないと確かになにもできないとわかっているのかもしれない。
僕だって大富豪というわけではないけれど、いっぱしの冒険者以上には稼いできたのだ。当面の旅費さえあればなんとかなる。
「……借りただけだからな。こんなもんすぐ返してやる」
「当然でしょ。利子は年率でいい?」
「は!? 利子取るのかよ!?」
「すぐ返す気があるなら、利子がついても大丈夫でしょ」
「くっ……」
ラルクは口をへの字にして僕を見てきたが、これで気兼ねなく受け取ってくれるのなら僕としても結果オーライだ。
「すぐ返してやるからな! よし、そうとなったら今日にもキースグラン連邦に向かうぜ」
「あ……ラルク、もうひとつだけいい?」
「まだなんかあんのかよ!?」
「うん」
「なんだよ。早く言え……って、お前」
ラルクは僕の手を見て目を見開いた。
そこに現れたのは漆黒の刃——自在に伸びる剣だった。
「【影王魔剣術】は天賦がなくても再現できるはずなんだ——今は【森羅万象】の力を利用してるけど、時間を掛けて訓練すれば【森羅万象】がなくても使えるようになると思う。ラルクは、4年も使い込んだんだからきっと再現できる。そのときは天賦に生命力を吸われることもない、力の込め方もわかるだろうから、安全に使える」
「……マジかよ」
「『六天鉱山』に行ったその後、どういう生き方をラルクが選ぶのか次第だけど……このことは知っておいて損はないんじゃないかなって思って」
もう、なにも出ていない僕の手のひらを見つめたままラルクはうなずいた。
「……わかった。サンキュな、弟くん」
宿に戻ると、ラルクが回復したことを知ってクックさんたちは大喜びした。やれ宴会だ、快気祝いだと盛り上がってはいたけれど、
「ダメだ。今日中に町を出る」
とラルクが言うときょとんとした。
「……ま、説明すると長くなるから、旅の途中で道々話す」
「いや、だってお嬢、せっかく弟さんと再会したってのに……」
「それともなにか? あたしについてきたくねーってのか?」
するとクックさんたちは顔を見合わせて、
「お、俺らもついていっていいんですかい? いや、てっきりこれからは弟さんと……それとも弟さんもいっしょに?」
「バカ言ってんじゃねーよ。レイジにゃやることがあるんだ。こいつはデッケー男だからな」
「そりゃまあ……」
「で? どうなんだ? ついてくんのか? 来ねーのか?」
「行きます!!」
声をそろえて言った彼らの表情は明るかった。
このときまで僕は彼らの考えを知らなかった。クックさんたちは、僕という人間が現れたことで自分たちはラルクの人生に「邪魔になる」と考えていたのだろう。
彼らもまた臑に傷のある人たちだから。
「こいつはうれしいぜ! 宴会だァ!」
「バカ。出発するっつってんだろ。早く荷造りしな!」
「へい!」
クックさんたちはこぞって自分の部屋へと走っていき、宿の女将さんから「どたどた走らんでよ!」と怒鳴られていた。
「……それじゃ、あたしは行ってくるよ」
「うん」
「弟くん、気をつけてな。アンタも無理しがちだからな」
「わかって——いや、うん、気をつけるね」
「そうそう。素直がいちばんだぜ?」
ニッ、と笑ったラルクは僕の頭に手を伸ばそうとして、止めた。
「……もう、頭なでなでするような年齢じゃねーよな」
そして拳を突き出したので、僕もそこに拳を軽くぶつけた。
「じゃーな」
「うん」
ラルクは階段を駈け上がっていく。「うるさい!」とまた女将さんが怒鳴っている。
お別れの挨拶にしては軽いなーと思う。
だけど、それでいいのだ。ラルクらしい。
僕らはまた会えるのだから。
「ぃよっし。それじゃ僕も行くか」
来たときよりもずっと身軽になって、僕は宿を出た。
★
「治ったぁ……?」
美女というのは間の抜けた顔をしても顔が崩れないんだなあとそんなことを思った。
教会に向かい、そこにいたノンさんと合流するとリビエラさんも当然いたので、ラルクが回復したことを報告したのだ。
星6つの天賦珠玉を犠牲にしたことは言わなかったけどね。
「ええ、『薬理の賢者』様に教えていただいた治療法で、完全とは言わないまでも飛び跳ねられるほどには」
「……エルフの秘薬を使ってもそこまで効果が出なかったのにぃ……?」
疑っている目つき。だけど、僕がウソを言う理由もないので信じざるを得ない——という感じだろうか。
「……わかったわぁ。それじゃラルクさんの治療はこれで止めていいのねぇ?」
「はい、もう大丈夫です。ほんとうにありがとうございました」
ぺこりと頭を下げた僕に、
「それじゃ治療費だけど——」
「……す、すみません。それはちょっと待っていただいていいですか? なんとか工面するので……」
やっぱりお金掛かるのか。
あらかたのお金をラルクに渡してしまった後に、僕が気がついたのはラルクの治療費をどうするかということだった。
冷や汗をダラダラかきながらぺこぺこする僕に、リビエラさんはうふふふふと妖艶に笑う。
「いいのよぉ……? お金の掛からない方法を教えてあげるからぁ〜」
「え? そんなのあるんですか? もしかして奉仕活動とか?」
「そうそう。ただ、奉仕するのは私に対して身体を使って——」
「違うでしょ、師匠……」
呆れたようにノンさんが額に指先を当てる。
「今回のことは貴重な治療研究に当たるからそもそも治療費は取らないって話だったじゃないですか」
「実費はいただくわよぉ? 貴重なエルフの秘薬が……」
「それってレイジくんが持ってきたヤツじゃないですか……なに自分の手柄みたいに言ってるんですか」
「むう、可愛くない弟子ねぇ。——でも、奉仕活動、の代わりにレイジくんの知識はもらおうと思ってたのよぉ」
「知識……ですか?」
僕がなにか教えられることなんてあるだろうか?「薬理の賢者」様に教わった治療方法云々については無理だけど。必然的にラルクの星6つ天賦珠玉についても話さなきゃいけなくなるし。
あ。
「前にも言ったけどぉ、石化の治し方よ」
それは——言えないと前に説明したことだった。
ヤバイんだよな。天銀使ってるから。
「……レイジくん、あなたが想像している以上に石化で死んでいく人は多いのよぉ。今までは、軽傷以外は治せなかったの。それを、あなたの知っている知識で治せるのなら……」
「…………」
「ヤバイものを使っているのなら、私が私の名前で治療法を見つけたと発表するわぁ。この薬剤については実費請求だけにして、教会も金儲けしないってことにする。それでもダメかしらぁ……?」
「…………」
そこまで言われれば、仕方ない。
この人にはラルクの命をつないでもらった恩があるし……ラルクのためにわざわざこの町まで来てくれたのだ。
「わかりました……。ほんとに、僕のことは秘密にしてくれるんですよね?」
「もちろんよぉ。私、男の子との約束は守るわぁ」
「弟子との約束は?」
「そんなもんゴミよゴミ」
ぴきっ、とノンさんの額に青筋が立ったけれど、その気安いふたりの関係なら——信用できると僕は思った。
少なくともノンさんがこの人を信用しているのだから、僕も信用していいはずだ。
それから僕はどうやってダンテスさんの石化を治したかについて話した。
モミジのような葉っぱの先端が、さらにモミジのように五又に分かれているダブルモミジ(生命樹の葉)。イトミミズみたいなヤツ。そして——天銀。
「……生命樹の葉を、天銀に合わせるなんてねぇ……。その媒介をしているのがキンダワームということかしら」
あのイトミミズ、どうやらキンダワームと言うらしい。
「薬剤の一種としては前々から知られていたものだけれど、キンダワームは乾燥して使ってたのよねぇ。生きたまま使うというのは面白い発想ねぇ。どうやってその薬の知識を得たのか……知りたいところだけどぉ、それは話してくれる内容の外のことよねぇ」
「はい」
僕の【森羅万象】については話すつもりがない。
「…………」
ノンさんは、僕が天銀を使ってダンテスさんを治したことを知って顔を青ざめさせている。
「あらぁ、ノン。そんな顔しなくていいのよぉ。この子が人知れず天銀を手に入れて、あの、国が管理する最重要金属を勝手に使っちゃったとしても、今さら裁ける人はいないんだからぁ……」
「……そ、それはそうですけど。だからなんですね、レイジくん。あなたが私たちの前から姿を消したのは」
「理由のひとつではあります」
「私は……私はどうしたらあなたに恩を返せるんですか……」
今にも泣きそうなノンさんの肩を抱き寄せ、リビエラさんが言った。
「そんな顔しないのよぉ。この子は、あなたたちに喜んで欲しいがためにやったんだからぁ……あなたも石化解毒薬の研究に参加しなさい。そして多くの人たちを救うのよぉ。それこそが、この子に対する恩返しになるでしょ」
僕はうなずいた。
そのとおりだと思った。リビエラさん、いいこと言うなぁ……見た目は頭どうかしてる感じなのに。
「じゃ、この問題はこれで終わりね」
ぱん、とリビエラさんが手を叩くと、ノンさんも目尻の涙を指先で拭い取ってからうなずいた。
「さて——お次の問題は、もっと深刻ねぇ」
そうだ。
石化解毒薬だけでない——ここに僕がいる理由は、もうひとつある。
「世界が崩壊するって話、正直私は信じられないのよぉ。だって石化の治療と違って実例があるわけじゃないからねぇ」
「それは……そうですよね。信じられないですよね」
「でもねぇ」
と、リビエラさんは言った。
「一応長距離通信で報告したらぁ……枢機卿が反応したのよねぇ。わかる? 枢機卿。教会トップの教皇聖下の補佐をしてるの」
「…………」
大物中の大物だ。
思わず背筋が伸びたのは僕だけじゃなく、ノンさんもだった。
「会いに行きましょ? こういうのはやっぱり、文字だけじゃ伝わらないし、当事者が直接話したほうがいいでしょ〜」
ちょっとそこまで散歩に、くらいの気軽さでリビエラさんは言った。




