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【前回のあらすじ】
ノンの師匠であるリビエラは悪い人ではなかったので、ラルクのことを頼み、ハイエルフの秘薬を預けた。
レイジは港町ザッカーハーフェンの、光天騎士王国所有の軍船を借りて、「薬理の賢者」様がいるという沖合の群島を探索することに。
ダンテス、ミミノ、ゼリィたちの消息が途絶えたのは一体なぜなのか?
港町ザッカーハーフェンを出た軍船は沖合をすいすいと進んでいく。すでに一晩が経っており、見渡す限り海しかなかった。
そう言えば、ゼリィさんは船酔いひどかったよな……だけど「薬理の賢者」様を捜しに行ってくれたんだ。
あの人はちゃらんぽらんで、どうしようもなく自堕落で、救いようがないところがいっぱいあるんだけど——それでも僕のために行動してくれる。
(無事に帰れたら、多少は借金を減らしてあげようかな……)
いや、まぁ、いまだに借金を完済していないゼリィさんもたいがいではあるんだけど。
『総員に告ぐ。群島が見えてきた。戦闘配備をせよ。繰り返す、群島が見えてきた——』
そのとき船内放送が掛かった。
水平線にちょこんと、頭が見えたのは群島のひとつだろう。
ここから先は、光天騎士王国の騎士たちもほとんど情報がない場所だという——潮流は厳しく、人を襲う鳥も飛んでいるのだとか。
「——ほんとうにここでよろしいのですか」
心配そうに聞いてくる船長に、僕はうなずいて返した。
「この先は暗礁が多くて、熟練の船乗りでないと進むのが難しい……そうでしたよね?」
「はい。先日、『銀の天秤』を乗せて運んだ船には、ザッカーハーフェンでも屈指の操船技術を持つ船長が乗船していました。本船は軍船で図体も大きいものですから……」
「いえいえ、ここまで運んでいただいただけでも十分ですよ。大変お手数ですが、また5日後にここまでお願いいたします」
「必ずや参ります」
僕とノンさん、それにアーシャの3人は、3人と荷物で一杯になってしまうような小舟に乗り換えていた。
ここから最寄りの島までは5キロメートルもなく、島影ははっきりと見えている。
船長たちを見上げて手を振ると、彼らは敬礼で僕らを見送ってくれた。
「それじゃあ、ノンさん、アーシャ、しっかりつかまってください」
「はい」
「わ、わかりました」
「行きます——」
僕は船の後方に陣取って、両手を構える。【風魔法】をぶっ放すと、
「わっ」
「うわわわわわ!?」
船が猛スピードで波を割って突き進んでいく。アーシャから発せられた火の玉があっという間に後方に流れていく。
「——おお」
「——これほどとは……」
「——レイジ殿がいれば船の常識が変わりますな」
そんな声が軍船からも聞こえたけれど、それもまたすぐに聞こえなくなるほど遠ざかる。
「!」
魔法を使いながら下を見ると、確かに青々とした海面の向こうに黒々とした岩礁が見える。さらには潮の流れも速いようで、多少の潮なら無視できそうな速度で小舟が突っ走っていても、気づけば蛇行している。
「もうちょっと右です、レイジくん!」
「はい!」
僕は両手で発動させている【風魔法】のうち、右手の魔力を上げると、舳先は右へと向いていく。
「砂浜はすぐそこです!」
「はい!」
魔法を切って振り返ると、僕らはすでに島の湾内に侵入していた。
「失礼——」
跳躍した僕が船の先端に立つと、今度はそちらに向けて【風魔法】を放つ。急ブレーキが掛かった小舟はゆっくりと旋回して、波打ち際に到達した。
「よっ、と。到着」
小舟から飛び降りた僕が手を差し出し、ノンさんを降ろす。
「アーシャも。……アーシャ?」
「……ちょ、ちょっとお待ちください……心臓に悪すぎます……」
どうやらアーシャには刺激が強かったらしい……ジェットスキーみたいなものだったからね……。
しばらくして落ち着いた彼女を降ろし、小舟を波打ち際から離れた場所に避難させ、ロープで近くの木に結びつけておく。これで大丈夫だろう。
「では、行きましょう」
5日分の食料が入った荷物を持って、僕らは島へと分け入っていく——ちなみに、「群島」と言うだけあって大小合わせて30を超える島があるという。
だけど「薬理の賢者」様がいるという島は最も高い山がある島で、この島とその島との間は引き潮で道ができるようにつながっているので、歩いて渡れるのだそうだ。
ダンテスさんたちの船が見当たらないので、彼らは直接船で乗り込んだのかもしれないけれど。
島には野生のモンスターが棲息していた。
毒蛇、毒蛾といった面倒なものもいれば、大型の肉食恐竜みたいなものまで。ただどれも魔法を見たことがないのか、【火魔法】を起こすと驚いたように逃げていった。
植物は光天騎士王国のものとよく似ていたけれど、見たことのないものも多く、特に食べられる果実が多かったのはよかった。
【森羅万象】があればそれが食べても大丈夫かどうかすぐにわかるのはほんとうに便利だった。
島の反対側に出て、遠浅の海の向こうに天を突くような山がそびえているのを確認したときには——日も暮れて、すっかり夜になっていた。
干潮の時刻は過ぎて、今は潮が満ち始めている——ちょうど明日の早朝に干潮となるので僕らは砂浜で野営することにした。
「——僕が見ている順番ですから、ノンさんも早く休んでください」
食事を終えると、アーシャはすぐに眠りに落ちた。「裏の世界」では結構過酷な日々を過ごしたものだけれど、それでも、元々は箱入りのお嬢様だったわけで。まだまだ体力的には厳しいのだろう。
毛布にくるまって横になっているアーシャは、幸せそうな寝顔を見せていた。
最初の焚き火番は僕がやると言ったのだけれど、ノンさんはなぜか眠ろうとはせずに僕の隣に腰を下ろした。
「懐かしいですね……レイジくんと野営をした回数はあまりないのですが、あのころ、レイジくんと初めて出会った森のことを思い出します。ここは海なのに……」
「……あのとき皆さんに拾ってもらえなかったら、僕はきっとまともな生活を送れなかったんじゃないかなって思うんです」
「そうですか? レイジくんならどこでもうまくやれたと思いますけれど」
僕は無言で首を横に振った。
「六天鉱山」を出て、僕は森を彷徨っていた。街に入ろうとしても警戒が厳しくてどうしようもなかったんだよな。
それで、焚き火で焼いた乾燥肉のニオイに釣られてふらふらと近づいたんだ。
僕は【森羅万象】を持っていたから、もし「銀の天秤」に出会わなかったとしても、町に入らずそこそこ戦えるくらいの天賦を学習できたはずだ。でもその先に待っているのは、町への不法侵入、それに食料を盗んだり……そんな後ろ暗い生活だったんじゃないかと思う。
一度、その道に手を染めれば転がり落ちるのは早い。もっとも、裏社会での生き方に覚醒してそっちの世界で名を馳せたりしたかもしれないけれど。
ラルクは、たぶんぎりぎりのところで立ち止まれた。
それは——なんでなのか、ちゃんと聞いたことはないけれど、僕がいたからじゃないかなって思うのだ。
では僕は?
鉱山で、ラルクの手を取らなかった僕はきっと——後悔し続けながらもやがて忘れて、悪の道を進んでしまったのではないかと。
「……少しでも、レイジくんの力になれたのならよかったです」
「少しなんて!」
声を上げそうになって、ハッとした。アーシャは眉をむむむと動かしたけれど寝たままだ。よかった。
「僕はミミノさんに、ダンテスさんに、ノンさんに、それに……ライキラさんにも返しきれない恩があります」
「いいえ、レイジくんはもうとっくに恩返ししてくれました。父の身体を見ればわかるじゃないですか。……でも、そう言ってくださってありがとうございます」
「……ノンさん?」
なんだか様子が変だなと思った。
最初は、ダンテスさんたちの消息がわからなくなって不安なのかなと思っていたけれど、それだけじゃないような——。
「私は、必ずお父さんを見つけて、帰ります」
「もちろんです」
「でも……。戻ったら、『銀の天秤』での旅はおしまいです」
「……え?」
旅がおしまい、という言葉の意味が一瞬理解できなかった。
「私が、お父さんの治療のために一時的に教会を離れているという身だと知っているでしょう?」
「あ……」
そうだった。ノンさんは、石化したダンテスさんを助けるために特別な許可を得ているのだ。
ふつう、教会に入ると一生涯、教会とともに暮らすことになる。それは窮屈なようだけれど、この世界で衣食住が保証されていることはすばらしい好条件でもあって、奥さんを亡くしたダンテスさんはノンさんを教会に預けたはずだ。
「実は師匠がザッカーハーフェンに来たのも、旅から戻らない私に業を煮やして連れ戻しに来たという側面もあるんです」
「ご、ごめんなさい、そんなことも知らずに僕はラルクのことをお願いしたりして……」
「謝らないでください。どのみち戻らなければいけなかったんです。ラルクさんを師匠に診てもらえたのはむしろラッキーでした。アレでも【回復魔法】の使い手としては教会内でもトップクラスですからね」
「ノンさんは……リビエラさんとともに光天騎士王国の教会に行くのですか?」
「……どこに行くかはわかりません。師匠は多忙なので、大陸中を飛び回っていますし——しばらくはそれに付き合うことになるのだとは思いますが」
ほら、師匠はちゃんと誰かが見ていないと危ういでしょう? と言ってノンさんは笑った。
僕もくすりと笑ったけれど——波のように押し寄せる悲しさは消えなかった。
どうしようもないことだとわかっているのだけれど。
いつかは別れが来ると知っていたのに。
「他の人よりも長い休暇をいただいちゃいましたね。でも、それも終わりということです」
膝を抱えて夜空を見上げるノンさんを、焚き火の明かりが照らす。
「教会に戻らない道は?」とか「教会って辞められないんですか?」とか、喉元まで言葉が出かかったけれど、言えなかった。言えるわけがなかった。
これまで教会はノンさんを育て、ダンテスさんの心の安定すらも支えてきたのだ。次はノンさんがその恩に応える番なのだ。
僕が、「銀の天秤」の皆さんに恩があるのと同じで。
「……もう、会えないということでは、な、ないんですよね?」
びっくりするくらい情けない声が出た。
僕を見たノンさんもまた驚いたような顔をしてから——ハンカチを取り出して僕の頬に当てた。
「もちろん、会えますよ……だから泣かないでください」
「ご、ごめんなさい。ノンさんが平気なのに、僕が、泣いたりして……」
ぽろぽろとこぼれる涙が止まらなかった。
悲しいのだけれど、それだけじゃなかった。ずっとダンテスさんといっしょにいたいはずのノンさんが、それでも自分の責任に向き合って、教会に戻ることを決めたっていう——その覚悟がかっこよくて、僕もまた誇らしくて、なんだか感情があふれてきたのだ。
「……平気じゃないですよ。私も、全然平気じゃないんです」
ノンさんが腕を伸ばして僕を引き寄せた。
まだ、ノンさんのほうが僕よりも少し背が高くて——僕は彼女の胸に額を当てるような形になって。
その直前に見た彼女の瞳にはきらりと光るものがあった。
「……レイジくん」
「……はい」
「……町に戻るまでには、誰にも内緒にしててください。まだ誰にも話していないんです……」
「……わかりました……」
打ち寄せる波は小さくて、夜の底に響くような波音がずっとずっと聞こえていた。
◇
翌早朝、僕らは移動を開始した。砂浜には一本の道ができていて、それが隣の島——「薬理の賢者」様がいるはずの島につながっている。
「すごいですね……海があったところに道ができています。こんなの、家の中にいたのではけっして見られない光景です」
アーシャが感動している。
「こういう風景を見られるのが冒険者の特権ですね。山の農村に暮らしていても、一生海を見ない人もいれば、逆に一生雪を見ない人もいますから」
そう言うノンさんは、昨晩の涙を感じさせないほどに明るかった。
僕らは道が消える前に急いで隣の島に渡る——そそり立つような山がそびえる、そこを島だと知らなければ大陸の一部と勘違いしそうなほどに大きな島だ。
砂浜の向こうは人の手の入っていない原生林だ。
ここを進んでいくのは大変そうだな……と思っていると、
「……『銀の天秤』の仲間か?」
森の奥から、声が聞こえた。
身構える僕たちの前にやってきたのは、和服のような、着流しに近い服を着た男だった。年の頃は20代後半にみえる。
髪は焦げ茶色で長く、後ろで複雑に結っている。
瞳は金色で、感情をうかがわせない瞳が僕らを見つめていた。
武器らしいものは持っていないけれど、僕の【森羅万象】は男の筋肉が相当発達していることを見抜いていた。
「あなたは、『薬理の賢者』様のお仲間ですか?」
確か、ここには賢者様とその仲間が移住しているはずだ。
「——ついてくるといい。賢者様がお前たちに会われるだろう」
僕の質問には答えず、男は原生林を——道のないような森の中をすいすい歩いていった。
怪しさ満点ではあったけれど、僕らにはついていかない選択肢はなかった。どのみちこの島を探険する必要があるのだし。それでも周囲の警戒はおろそかにせずに進んでいく。
「大丈夫……なのでしょうか? 待ち伏せされていたふうではありましたけれど」
「アーシャが不安に思うのはわかりますが、逆に言えば彼は僕らを待っていたんじゃないでしょうか?」
「待っていた……?」
「『銀の天秤』という言葉を口にした以上、ダンテスさんたちは先にここに来ているようです。そして後続が来るだろうことを予測し、待っていた……。待つなら優秀な船乗りが直接乗り付けるか、あの干潮時の道しかないので、待機時間もさほど長くはないのだと思います」
「ああ、確かに!」
アーシャは納得しているけれど、僕は僕で腑に落ちないところがあった。
ひとつは、彼らがなにを待っていたのかということだ。追ってきそうなのはノンさんか、僕だろう。ノンさんの回復魔法なのか、あるいは僕の戦闘能力なのか——「薬理の賢者」様という、薬剤のスペシャリストがいる以上、待っていたのは僕のほうなんじゃないかという気がする。
まあ、いずれにせよ厄介ごとが待っていそうなのは間違いない。
それにもうひとつ、
(あの人は……ふつうのヒト種族じゃない)
エルフやドワーフのようにはっきりとした違いは出てきていないけれど、僕の【森羅万象】は、彼が、ヒト種族ではないと見抜いていたのだ。
出迎えに来た男はすいすいと歩いていくが、やがて獣道に接するとそれに沿って進むことになった。
「——町、でしょうか。見えてきましたね」
急ぎ足で先を進むノンさんが言った。
木々が不意に切れて、そこには広々とした農園があった。その向こうには岩を積んだ壁があり、立ち並ぶ家々が見えた。
それは——想像以上の規模だった。
10軒や20軒じゃない、100軒をはるかに超える数の家があったのだ。
土台は石造りだったが、建物自体は木造だろう。漆喰のような、粘土のようなもので塗り固められた壁に、様々な色合いの屋根が載っている。
色は、ここに来るまでに見かけた花の色合いそのものだ。目にも鮮やかな緋色、春を感じさせる黄色、南国のようなピンク、果実のようなオレンジ——暖色ばかりで、寒色がまったく使われていない。
さらに、せり出した屋根の先に彫られた動物も特徴的だった。躍動感のある猿、猪、鳥、ネズミと、様々なものがあるが、どうやら哺乳類と鳥類だけのようだ。
原生林では特に動物の姿は見かけず、鳥の鳴き声だけが聞こえていたけれど、もしかしたら島の奥に行けばこれらの動物がいるのかもしれない。
「——ん、来客か」
「——珍しいな、またか」
「——先日のヤツらの仲間か?」
出迎えの男と同じような格好をした人々が、僕らを見かけてはそんな言葉を交わしている。
カゴにフルーツをいっぱいに載せた者、野良仕事にでも行くのか鍬を片手に持った者——そしてなぜか、書物を抱えた者がやたら多かった。
ドワーフにハーフリング、獣人といった人々もここに来るとちらほらと見かけるけれど、大多数は出迎えの男と同じ、単一の種族だった。
「あちらだ」
真っ直ぐな道はあまりなく、緩やかにうねった道を何度も曲がって進んでいく。ここには馬や牛といった動物がいないことに僕は気づいていた。人々が物を運ぶのも、移動も、すべて徒歩なのだ。
僕らの向かう先は、群島で最も高い山を背にした——3階建ての、この町の中ではいちばん大きなお屋敷だった。
石の壁に囲まれた敷地となっていたけれど門らしい門はなく、ただ「区切りとして壁がある」という感じだ。
お屋敷の前の中庭に、僕らは見知った人影を見つけた——。
「ダンテスさん——」
僕が言うよりも早くノンさんが走り出していた。
そして、ようやく見つけた父に飛びつくと——ダンテスさんは驚きながらもしっかりとノンさんを受け止めた。
感動の再会——と言いたいところだけど、ひとしきり抱きついたあとのノンさんは、鬼のような形相で、
「お父さん!! なんの連絡もなしになにしてるの!!」
とお説教が始まった。それが済むまでの数分間、僕も、アーシャも、どうすることもできなくて眺めているしかなく、出迎えの男も特になんの感情もないような顔で父娘のやりとりを眺めていた。
やりとり、とは言ってもダンテスさんは正座させられて「すまん」「悪かった」「いやほんと反省している」を繰り返していただけなのだけれど。
「で……どういうことなの?」
感情が収まったノンさんがたずねると、ダンテスさんは苦笑しながら立ち上がり、膝をはたいた。
「いや、それが俺にもなんと言っていいのかわからんのだが……ああ、今、ミミノとゼリィは町の人の手伝いに出かけているから安心してくれ。船で送ってくれた人たちもだ」
ふたりがいないので少しそわそわしていた僕に、ダンテスさんはそう言ってくれた。
「……で、事情を話すとだな——賢者様は待っておられたのだ」
「待っていた……ですか? なにを?」
僕はダンテスさんの言葉の先を、聞かずともわかっていたようなものだった。
だけれど自分から言い出せずに質問をした。
「お前……らしい」
ダンテスさんは、僕を見ていた。
「お前が来るから、ここで待っていろと……。遅かれ早かれレイジがここに来るから、待っていろと言われたんだ。俺たちは賢者様の機嫌を損ねたくなかったから、待つことにした」
「…………」
僕を、待っていた。
「来い」
ここで、出迎えの男が僕に言った。
やはりこの人が待っていたのは僕なのだ。
「……わかりました」
「ちょっと待ってくれ。それならミミノたちが戻ってからでも……」
「いえ、ダンテスさん。大丈夫です。ノンさんも、アーシャも、待っていてもらえますか?」
僕はみんなに安心してもらうよう、軽い口調で言った。
「見れば町は平和で、切迫した危険がある感じではありません。ですからなにかの話し合いになるのだと思います」
「だが……」
「なにか難しそうなら相談しに戻ってきますから」
「ううむ。そうか、それなら——」
ダンテスさんは手を伸ばして、僕の頭をなでた。
「自分で全部背負い込むなよ?」
「……はい」
ああ、温かいな——と思った。この人は、この人たちは。
「じゃ、行ってきます」
出迎えの男は先へとずんずん進んでいたので、僕は小走りにそれを追った。
僕が来ることを知っていた賢者様——警戒してしまうのは当然だけれど、僕にはなんとなく、その用件が察せられた。
「……てっきり仲間といっしょに行くのかと思ったが」
出迎えの男が、建物のドアを開けながら言った。
「いえ、賢者様の用があるのは僕だけなんでしょう?」
「……お前は、賢者様がなにをおっしゃるのかわかっているのか」
一歩踏み込んで、気がついた。
そこは玄関ホールと言うよりも——すでに施設の一部なのだ。
3階まで吹き抜けており、階段が左右に伸びている。
壁という壁には「棚」が備え付けられてあり、ぎっしりと書物が並んでいた。
「具体的にはわかりません。でも、あなた方は……記録する種族。盟約の一族じゃないですか」
「知っていたのか」
「確証は、ありませんでしたけれどね。盟約絡みなら僕を待っていらっしゃるのも理解できます」
ツンとする、古い書物のニオイを嗅ぎながら僕は建物の奥へと案内された。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!




