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シルヴィス陛下のところへと向かうと、先ほどと同じようにユーリーさんと陛下のふたりが座っていた。
「……早かったの」
陛下はそれまで身につけていなかった膝掛けを使っているので、メイドの人がお世話をしていたようだ。
一国の王に、ここまで時間を取らせてしまって申し訳ないという気持ちもあるけれど、必要なことだから仕方がない。
ここから先の話は僕と陛下の話になるからと、アーシャたちには部屋に残ってもらった。
「陛下、魔唱歌について教えてください」
「……アーシャの特異体質を看破したそなたなら、そう言うと思った」
「やはりなにか秘密が」
すると陛下は首を横に振った。
「ユーリー。レイジを、世界樹へと案内しなさい」
「……いいのですか。これは我ら一族以外には知らない秘密の中の秘密……」
「よい」
「…………」
するとユーリーさんは厳しい顔で立ち上がった。
「……陛下のご命令とあれば」
「すまぬな。余が行きたかったが、もう足も悪い」
ユーリーさんが歩き出す後ろへとついていく前に、僕は一度陛下に頭を垂れた。
「レイジ」
すると陛下は優しい声で——今日聞いた中では最も優しい声で言ったのだった。
「君がアーシャに出会ったことは運命だったのだ。大いなる運命が君をハイエルフに導いた」
その言葉の裏に、どんな意味が隠されているのか僕にはわからない。
「……これで、余の罪や咎が薄れるとは思わぬが……」
「陛下?」
そこへ、
「レイジとやら、なにをしている」
「あっ……。では、行って参ります、陛下」
僕はきびすを返すとだいぶ遠くにまで進んでいたユーリーさんを追いかけた。
ユーリーさんの移動方法はシンプルだった。木から木へと飛び移り、【風魔法】で加速するというそれだけだった。
今までの僕なら【火魔法】を併用してついていくところだけれど、ここで火を使うと怒られそうなので【風魔法】と【跳躍術】、その他筋力強化系の天賦で補って追いかけていく。
(……なんだか変だな)
魔法を使ってみてわかったのだけれど、【風魔法】を使っても自分の体内から魔力が減っていく気配がないのだ。こんこんと湧き続ける温泉みたいなものだ。
「……ふん、人間にしてはだいぶ魔法を使えるようね」
エルフたちが住む区画を抜けて、周囲は大森林だ。木々を縫うように跳んでいくユーリーさんが僕を振り返り、言う。
「あの、ユーリーさん……もしかして【魔力量増大】の天賦を持っていますか?」
「……なぜお前にそれを話さなければならないの?」
質問に質問で返されてしまった。
「いや、まあ、なんとなく」
「無駄口を叩かずについてくることよ」
先に話題を振ったのはそっちなのになあ……。
ま、それはともかく。
今の反応だと持っていてもおかしくない。それも星3つ以上のめちゃくちゃレアなものだ。
僕がエルフの森に反応して大気中の魔力を取り入れられる——なんてことはあり得ないし、【森羅万象】も否定しているので、考えられる可能性は新たな天賦の取得だった。
で、魔力を大量に持っているハイエルフたちの中で、魔法を使ったのはユーリーさんとマトヴェイさんのふたりだけ。となればどちらかからなにか天賦を学び、その内容こそが【魔力量増大】なんじゃないかと思ったのだ。
ただ僕は過去に、天銀級冒険者クリスタ=ラ=クリスタが持っていたらしい【魔力量増大★★】を学習しているので、少なくとも星3つ以上の天賦を学習したということになる。
とりあえず棚からぼた餅で魔力が増えたのはラッキーだった。
ユーリーさんほどではないけれど、アーシャの魔力量には近づけたと思う。
(……さっきの陛下の言葉、気になるな)
ユーリーさんが無言になったので、僕は移動中に陛下の言葉について考えていた。
(罪と咎。なんだろう……どこかで聞いたことがあるような……)
【森羅万象】のおかげで僕はあらゆることを記憶できているけれど、あたりをつけて思い出すことはできるものの、関連のあるものをうまく紐付けて考えることは僕が考えなければいけない。
記憶が膨大すぎて、なんだか埋もれてしまっているように感じられるのだった。
うーんうーんと唸っていると、「うるさい」とユーリーさんが言う。それくらいいいじゃないか。
「もう着く」
「あ、はい」
木々がまばらになってくると、正面に現れたのは——巨大な樹木の「壁」だった。
左右に広がったそれが「幹」なのだと、生きている樹木の一部なのだと、わかってはいるもののどう見ても「壁」にしか見えず、なんだか脳がバグったような感じになる。
「すごい……」
周囲は広々として、足元は苔むしている。
その樹木——世界樹を見上げると、根元から上のほうへ、苔が続いている。上部では確かに枝を広げて多くの鳥が集まっていた。
一本の木ではなく、複数の木が寄り添うように育っているのだと【森羅万象】が教えてくれた。
「……生命樹?」
葉の形に見覚えがある。モミジのように葉は5又に分かれていて、その先でさらに5つに分かれる。僕が「ダブルモミジ」と勝手に名付け、アッヘンバッハ公爵領の領都ユーヴェルマインズでその名を「生命樹の葉」だと教わったアレだ。
葉っぱだけで長期間保存しておいてもみずみずしさが失われず、ダンテスさんの石化毒を治すのに使った。
「ヒト種族はそう呼ぶらしいわね。この葉は我らにとってとても貴重な葉だけれど、ヒト種族には扱えないでしょうね」
「確かに、ハイエルフにしか調合できない薬草だと聞きました」
僕は扱えたけど、ユーリーさんの前でそれを口にするほどバカではないです。はい。
「こっちよ」
ユーリーさんが先に立ち、世界樹へと近づいていく。足元はふかふかで、ほとんど誰もここを訪れていないだろうことがわかる。空から鳥の鳴き声が降り注ぎ、木漏れ日が苔の上にまだら模様を作っていた。
よく見なければわからないけれど、寄り添うように立つ木と木の間に隙間があって、中に入れるらしい。太った大人は入れなさそうなその隙間に身体を滑り込ませると——中はほんのりと明るかった。
そこにあったのは空洞だった。小屋がひとつすっぽり入るほどのサイズで、中央には上と下からツタのように枝が伸びてきてひとつのコブを形作っている。
その中央に、赤黒い光があった。
「これは……」
どくん………………どくん………………と、ゆっくりながら、でも確実に刻まれる鼓動。
「……私たちが魔唱歌を歌う理由がこれよ。この世界樹の下に眠る、生命竜クルトゥスヴィータに魔力を与え、その命をつないでいるの」
いよいよエルフの森の話が核心に迫ってきました。
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