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鉱山の入口は巨大な空洞があって木造住居がいくつも建てられてあった。平地にあるのは冒険者用の宿泊施設や来客用設備。鉱山夫の寝起きする場所はもっと端に追いやられていて——それどころか壁にへばりつくように垂直に展開していた。
手すりもない、細い木製の階段は岸壁に打ち込まれている。この様子を見ると「ああ、ここはダンジョン範囲外なんだなぁ」とわかる。なぜって、ダンジョンの壁面は光るものだけれどここは光らないし、ダンジョンの壁面は破損すると自動的にじわりじわりと修復するんだけどここは修復しない。刺さった木杭はそのままで何年も経過している。あるいは、何十年も? それを考えると折れるのが怖くて渡れないので僕は気にしないようにしている。
大空洞は中央天井に穴が空いているので昼は明るく夜は暗い。当然、雨も落ちてくる。だけど空に行くに従ってすぼまっているので「壁面住居」はほとんど濡れないのがマシと言えばマシだった。
ずずずず……。
まただ。また地響きが聞こえる。最近はよく聞くような気がするけれど鉱山夫たちは誰も気にしていなかった。「いつものこった。地響きがするからって仕事は待っちゃくれねえ」と。それは、そのとおりではあるんだけど。
「揺れが収まった……」
「おーい、弟くん。なにしてんだよ。早く行こうぜ」
一日の汚れを濡らした布きれで拭いた僕とラルクは食堂へと向かうところだった。
食堂は火を使うせいか、広さが必要なせいか、壁面ではなく地面に建てられてある。細長いスペースにはごちゃごちゃとテーブルに丸太を切っただけのイスが並べられてあって、鍋から立ち上るもうもうとした湯気はうまく外に逃げずに食堂中に充ちていた。
ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、それに肉片が少々。辛めの香辛料でいっしょくたに煮込んだだけの食事だ。それに加えてパンがあるのだけれど、少々くたびれている竈で焼かれるパンはたまに真っ黒焦げだ。今日は無事だった。
根菜ばかりなのは日持ちするからだ。ごく稀に葉物が入るけれど鉱山夫たちには不人気で、僕は喜んでそれを食べている。葉っぱも食べた方が栄養になるから。
「すっげぇな、ラルク! おめでとう!」
「やったわねえ、今日はお祝いで肉を増やしてあげようかねえ」
「ついにお前もここを出るんだなあ! おめでとう!」
ラルクが星6つの天賦珠玉【影王魔剣術★★★★★★】を持ち帰ったという一報は、鉱山に轟いた。
鉱山夫たちからそんな言葉が次々に掛けられると、ラルクは少し微妙そうな顔で「ありがと」と言葉少なに返していた。
「坊主は小せえなあ。もっと食ってでかくなれ」
後ろから手が伸びてきて、強面のおじさんが僕の頭を無造作になでた。ニカッと笑うその顔に「これでも大きくなってるんだけどな」と小声で返答したのだけれど、きっと聞こえなかったろう。なんせ、食堂内は耳を塞がなければいけないほどうるさいのだから。
「あら弟くん。アンタももっと食べなきゃね。お肉オマケしとこう」
と、食堂のおばちゃんから僕が少しばかり肉を多めにもらえるのもいつものことだった。ちなみにおばちゃんの腕にも1本の入れ墨が走っている。ここにいるのはみんな奴隷だ。
鉄のスプーンを刺した木の器を持ってラルクといっしょに食堂を奥へと進む。
僕らがいつも使っているテーブルは、高さが低く、大人には使いにくいものだ。僕らにはちょうどいいんだけどね。
「ラルクの話でみんな持ちきりだね。なんせ星6つの天賦珠玉だ。これでラルクはめでたく奴隷年季も明ける」
僕らは奴隷だけれど、働きに応じて報酬が支払われる。星の数が増えれば増えるだけ報酬もいっしょに増え、その金額が一定額に達すると「年季明け」となって平民になれる。この、危険で暗くて湿った鉱山を出られる。
そりゃまあ、ラルクがいなくなっちゃうのは寂しいけど……ここにいる鉱山夫たちはみんな同じ「奴隷」という立場もあって助け合っている。僕みたいに「売られて」来た奴隷だけでなく「犯罪の償い」のために来ている奴隷もいるんだけど、ほんとうにこの人が罪を犯したの? と思ってしまうくらい穏やかな人ばかりだ。左腕に、バングルのように青い入れ墨が彫られてあるのは奴隷の証拠。これが2本だと犯罪奴隷なんだ。僕とラルクは1本。大体半分くらいが犯罪奴隷。
ラルクがいなくなっても、大丈夫さ。
がやがやと騒がしい食堂内を見回せば、薄い布の服を着た男たち——稀に女の人もいるけれど、その全員ががっしりとした体格だ。
どう見ても、狸穴に潜れそうなのはラルクと僕しかいない。ラルクがいなくなれば僕が狸穴にひとりで潜ることになる……のは少し怖いけれど、いつか鉱山を出られることを思えばがんばれるし、いつか僕よりも年下の子が入ってくるだろう。そのとき、近い年齢の仲間がいなかったらかわいそうだしね。
「僕はラルクがいなくてもなんとかやっていけそうだよ。ほら見て。こんなに筋肉もついてきたんだよ」
僕は腕を曲げて力を入れてみた。そこには力こぶが……うん、まあ、あると言えばあるだろ? あるのだと思って見ればある。間違いなくある。信じたそこに道はある。
「…………」
と、僕がなまっちょろい腕を見せていたのだけれど、ラルクはなにも言わなかった。
「ラルク? どうしたの?」
「ん? あー……。みんな、バカだなって」
「なっ!?」
急になにを言い出すんだ。
するとラルクは密やかに言う。
「考えてもみろよ……星6つの天賦珠玉なんていくらの値段がつくと思う? 国の1つが傾くほどの値段だぞ」
「えっ、そ、そうなの?」
「それを見つけたのはあたしとお前。だというのに手に入るのはあたしの身の自由だけ。おかしくない? せめてお前だっていっしょに自由になったっていいだろ」
「僕は……だってアレを見つけたのはラルクだし」
「あたしとお前はセットで1日10個の天賦珠玉がノルマになってるんだ。だったらお前にも報酬が必要だろ? それをあの野郎……」
ラルクは天賦珠玉の検査官に、報酬は僕のぶんも加えてくれと申し出ていた。
だけどそれはあっけなく断られた。
——こいつまでいなくなったら、誰が狸穴に潜るんだ。
今まで狸穴から出るのは星1つか星2つがせいぜいだと思われていた。だけどラルクが星6つを見つけてしまったせいで風向きが変わったのだ。
せめて僕のように身体の小さい鉱山夫が見つかるまでは僕を解放する気は鉱山側にはないのだろう。
その事情を知りつつもラルクは「がるるるる」と野獣のように牙を剥く。……おかしいな? ラルクにも僕と同じ契約魔術が掛かっているはずなんだけど、明らかに僕よりもずっと欲望が出てるんだよね。
契約魔術も万能じゃないってことかもしれない。「強すぎる欲望を完全に封じ込めることはできない」って聞いたことがあるし。
「僕はいいよ……外に行きたいって気持ちもないし……」
「なにヘタレてんだ」
「痛っ」
デコピンされて僕はのけぞった。
「あーあ。こんなことなら星6つ、隠しときゃよかったな……そんであたしが鉱山を出るときにこっそり使っちまうんだ……」
中空を見つめながらラルクは言う。
「失敗したな……星6つだぞ……どんな力があるんだよ……」
彼女の視線の先には、ほこりをかぶり、蜘蛛の巣の張った天井の梁しかなかったのだけれど。