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なんて身勝手な——アーシャが声を出すとエルフの嫌う【火魔法】になるからと封印し、外交の道具として使ったくせに、彼女がそれを乗り越えれば「戻ってこい」だって?
(……でも、アーシャが戻りたいのなら)
彼女自身が故郷に戻りたいのであれば、それは尊重しなければいけないとも思う。
「……もし、私が王国に戻ることでレイジさんのお姉様を治せるのなら——」
「待ってください、アーシャ。君自身はどうしたいんですか。僕は、僕と姉のことで、他の人を犠牲にしたくないです」
これ以上は、という言葉を呑み込んだ。
僕とラルクが手に入れた自由は、鉱山の崩落や戦いで死んだ人たちの上に成り立っている。それは忘れちゃいけないし、忘れることもできない。
「……私は……」
言い淀むアーシャの目をじっと見つめる。すると——彼女は、意を決したように言った。
「私は、レイジさんといっしょにいたいです……これから先も、ずっと!!」
「殿下!」
ポリーナさんともうひとりのエルフが悲痛な声を上げた。
それが、アーシャの気持ち。心からの気持ち。
僕といっしょにいたいという——聞いた僕の心がほっこりと温かくなる。
「ありがとう、アーシャ……僕と冒険者をしたいってことだね!」
「はい——えっ、え?」
「あれ? 違った?」
「あ、い、え、違わ……ない、です……」
赤くなったアーシャの周囲にボボボッと炎が現れては消える。どうしたんだろうか。
「この、鈍感少年め! しかし今はその鈍感に感謝しましょう!」
「ポリーナさん!? 罵倒と感謝とどっちなの!?」
「ですが殿下、殿下のお身体はおひとりで決められることではありません」
僕をキレイに無視してポリーナさんは続ける。
「レフ魔導帝国にいらっしゃった殿下は、まだまだお勤めをしなければならないでしょう。少なくとも次代の皇帝が現れるまでは……その間に、この少年は大人になり、どこぞの馬の骨を孕ませて田舎で農場でもやってるかもしれませんよ」
いちいちトゲがある言い方! アーシャが真に受けてあわあわしてるじゃないか。
「そ、そうなのですか、レイジさん!?」
「違います」
きっぱり否定すると、
「ほう、孕ませても責任は取らないと?」
「そういうことじゃないですよ!?」
ポリーナさんの毒舌がいちいち手厳しいんだが!
「あのですね、まだ話していないことがひとつあります。僕はレッドゲートを閉じる戦いで帝国皇帝から褒賞をいただきました。僕が望むことを叶えてやると——そこで僕は、皇帝に申し出ました。アナスタシア殿下の身柄の解放を」
これは予想外だったのか、ポリーナさんはぽかんと口を開け、アーシャは腰を浮かせてからもう一度座り直した。
アーシャの瞳が潤んだ。
「そんな……レイジさんの褒賞を、私などのために……」
「いえ、僕もパーティーメンバーからプレゼントしてもらったものがあったので、僕も誰かになにかをプレゼントしたかっただけですから……あと、皇帝陛下は即答できずに『検討する』とおっしゃったので、もしかしたら叶わないかも」
「でも、それでも! 私は……レイジさんが私のためにそんなことをしてくださったことがうれしいのです」
うるうるした瞳で感謝の視線を向けられるとさすがに面映ゆい。
「ポリーナさん、どうですか? これが叶えばアーシャは自分で自分の将来を選ぶことができます」
僕が言うと、ポリーナさんが歯ぎしりしてにらみ返してきた。
その日の夜は、町長が宣言したとおり宴会となった。
海坊主が出現してからまだ日が浅かったので、町の人たちはさほどダメージを受けていなかったけれど、それでも「討伐」の喜びで町のあちこちで酒盛りが行われているようだった。
町長のお屋敷の、広い庭には多くのテーブルが出され、魚をふんだんに使った料理の大皿が置かれた。給仕係がいるので、そこにいけば取り分けてくれるというワンランク上の立食パーティーのような雰囲気だった。
「レイジの坊ちゃん。お嬢はまだ寝てるからよ、俺らは宿に戻ってるぜ」
ラルクの賊仲間であるクックさんが僕に言う。
まだ太陽は西の稜線に掛かったくらいであり、これからが宴の本格スタートという感じだった。
「こんなに早く行ってしまうんですか」
「魔導船を盗んだ俺たちがここにいるのは、どうにも間が悪い。飯は先にたらふく食わせてもらったし、それに」
夕方といえどまだじわりと暑いのに、薄手の上着を羽織っているなーと思っていたら、がばりと開かれたそこには酒瓶が2本ずつ左右に収まっていた。
「にひ」
クックさんだけでなく、鍵屋さん、エンジニアさん、スカウトさんもそれぞれハムやチーズ、魚の干物なんかを上着の裏にぶら下げている。
「俺らは宿で酒盛りと行くから、気にせず楽しんでくれよ」
「はい」
苦笑してうなずくと、彼らは去っていった。
ラルクのことは心配だけど、今僕にできることはほとんどない。【回復魔法】で僕が知っているのは外傷を治すものだけで、生命力そのものを回復させるような代物はそれこそエヴァお嬢様の「鼓舞の魔瞳」みたいな極めて特殊なものしかなかった。
賢者を捜す間、スィリーズ伯爵のところにラルクを送り込もうかとも思っている。お嬢様なら回復の手伝いをしてくれるだろうし……。でも、それにしたところでラルクが目覚めて自分で歩けるかどうかで、移動する手間が全然違う。
ノンさんは「魔法の師匠」なる人物に手紙で問い合わせもしてくれていて、それもなにかヒントになるかもしれない。そのノンさんは、ダンテスさんといっしょに町の騎士たちと話している。日中、ダンテスさんは騎士たちから訓練への参加を頼まれて、そこに顔を出していたらしい。
「——あの盾さばきはどこかの流派なのですか?」
「——この街の騎士になりませんか」
「——騎士が無理であれば、せめて指南役に……」
光天騎士王国の、強い人に対する執着がすごい。さっきから僕もぎらぎらした視線を送ってくる町長と、その横にいる太った町長(見た目は完璧に同じの別人——たぶんお兄さん)に気づいているけれど、あえて気づかないフリをしている。絶対、いろいろ話をしてくれとせがまれる。
「レイジくん、浮かない顔だべな?」
「あ……ミミノさん」
やってきたのはミミノさんだ。お皿の上には四角くカットされた魚と、赤い小さな実のようなものが並んでいる。この実を口いっぱいほおばったミミノさんは、きっとリスみたいなんだろうなあと勝手に想像してニヤニヤしてしまう。
「? 今度はどうして笑うの?」
「す、すみません。なんでもないです。——ところでミミノさん、あの、ポーションのことなんですけど……とりあえず僕の持っているお金を全部お渡ししますので、手に入れにくい材料とか教えていただければ僕も探すようにします」
僕のために、ひとつ作るのに金貨が数枚飛ぶという「魔法複製薬」を何本も何本も使わせてしまった——金額についてはそのぶっ壊れ性能を考えると当然とも思えるのだけれど。あと貴重な毒も。
「あぁ、そんなのいいべな。パーティーメンバーを助けるのにお金なんて」
「でも——」
「それともレイジくんは、わたしがピンチになってもお金を出してくれない?」
「お金で解決できることなら財布を空にしてでも助けます! ——あ」
「ほら」
ミミノさんはにこーっと笑った。
「わかってたけど、でも、やっぱり実際言ってもらえるとうれしいべな〜」
くっ、笑顔がまぶしすぎる。この笑顔をずっと守りたい。
パーティーの運営資金は別で管理しているので、そこから捻出するから大丈夫ということだった。僕らがアッヘンバッハ公爵領領都で倒した竜、それにクルヴァーン聖王国で仕留めたウロボロスの素材の代金とかもあって、余裕はあるという。
「あっ」
するとミミノさんが小さく声を上げる。
「レイジくん、お金のことなんかより、君にはやらなければいけない仕事があるのだよ?」
僕の身体をぐるりと反転させ、ぽんぽんと背中を叩いたミミノさんは、茶目っ気たっぷりにこう言った。
「……女の子のエスコートは、男の子の特権だからな」
と。
そう、視線の先は町長邸——ドレスアップをし、中から出てくるハイエルフの王女殿下がいた。
羅船未草様にレビューをいただきました。ありがとうございます。
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