44
ダンテスさんとノンさんには冒険者ギルドで「海坊主」に関する情報を集めてもらい、僕はミミノさんとともに船を貸し出してもらえないか、その交渉をしに出かけることとなった。ゼリィさん? いつの間にかいなくなってた。
交渉する相手は騎士団だ。
この光天騎士王国はやはり騎士の国なので、騎士に話を通すのが早い。
「——あいわかった。他ならぬレイジ殿の頼み、聞きましょう」
そして、決断も早い。
港町ザッカーハーフェンの騎士を統括している指揮官は、反り返るようなカイゼルひげの中年紳士だった。騎士とは言え、ふだんから帯剣しているわけではないし、実のところこの港町の町長を兼任しているのでそちらの仕事のほうが忙しいようだ。
「軍船に、いくつか魔導船があります。これを出しましょう」
あまりにもあっけなく承諾を得られたので僕のほうがびっくりだ。
「あ、あのう、いいのでしょうか?」
「もちろんです。理由はふたつございます」
爪の先までよく整えられた指が2本、ぴしりと立てられた。
「ひとつ目は、海坊主問題は深刻でしてな。海坊主の気分次第で行ったり来たりされては今後も大きな問題が残り続けることになります。いずれにせよ調査船は出す予定でした。ふたつ目は——」
懐から一通の書状を出した。
「フリードリヒ=ベルガー閣下からの書状です。レイジ殿が訪れた際には便宜を図るようにと……」
あの大きい騎士の人がそこまで気にかけてくれたとは。
「それに私はですな、フリードリヒ様の大ファンでして。こうして直筆の書状をいただけただけでレイジ殿に協力する理由になりましょうな」
町長は茶目っ気たっぷりにウインクした。
ファン? と思ったけれど、その後の話を聞くに、同じ騎士でも前線で戦う人もいれば後方支援もいる、そして、町長のように書類仕事が得意となると文官としての仕事を回されるのだそうだ。
この国は文官も騎士だ。
適材適所という言葉はあるけれど、それでも町長の仕事をしつつも騎士としての花形である「5光騎士」や「11天騎士」には憧れがあるのだそうだ。
そんな役職に僕を推挙しようとしてたのか、あの人は……。
というかそれを断った僕って「不敬者!」って怒られたりしそう。そのことは黙っておこう。
「では早速、参りましょう。お連れの方には騎士団の港湾施設にくるようお伝えしておきます」
伝令が冒険者ギルドと、どこぞとしれぬところへと(ゼリィさんのいる場所だ。ゼリィさんがどこにいるかもちゃんと把握しているらしい……恐るべし光天騎士王国)走っていくのを見送り、僕とミミノさんは町長に連れられて港へと向かう。
「わざわざすみません、町長自らにこんな案内をしていただいて……」
「いいえ、構いませんとも。『11天騎士』に推挙されるかもしれなかった御方を案内できるなんて、騎士の誉れですからな」
「…………」
知ってるんかーい。
一瞬、きらっ、て目が光ったからね! やっぱり「不敬なり!」って怒ってるかもね!
「ふふふ、そう固くならず。我ら光天騎士王国の良さをしれば、レイジ殿もこの国で暮らしたいとお思いになりますよ」
「そ、そうですかね……」
「もちろんです」
町長と僕らだけでなく、後ろには10人ほどの騎士たちが整然とついてくる。
町の人たちは騎士を警戒することもなく、
「——おっ、町長。今夜一局どう?」
「——ほら、騎士の方々よ。ご挨拶して」
「——騎士さんが通るぞー、台車どけてやれや」
なんて感じで、気軽に将棋っぽいゲームに町長を誘ったり、小さい子どもが手を振ったり、通行の邪魔だから道を空けたりしてくれる。
偉くて尊敬されているのでもなく、権威だからと疎んじられるのでもなく、自然と溶け込んでいる。確か、首都のほうは規律が厳しいと聞いていたけれど、外れにある港町はずっと柔らかくなっているのだろう。
(確かに、いいなぁ……ここ。町と騎士が優しく融け合ってる感じがする)
僕がそんなことを思っていると、
「ときにレイジ殿。風のウワサではどうも、レフ魔導帝国の皇帝陛下にとんでもないお願いをしたのだとか?」
「ブッ」
いきなりきわどいツッコミが飛んできて、僕は噴き出した。
「なな、な、なんで町長がそのことを……!?」
「ウワサは風のように伝わりますからなあ。ただ、どうしてもその中身までは伝わってこず……いったいどのようなお願いをしたのかと思いまして。かの帝国皇帝が即答できず、検討会を開いたほどなのでしょう?」
そこまで伝わってるのが怖い。僕ら、かなりの速度でここまで来たのに、ウワサのほうが伝わるの早いってどういうこと?
「今はお急ぎのようですから、是非とも、海から戻られたら食事でも……?」
「わ、わかりました」
僕らは、民間の港の隣にあるもうひとつの港、軍港へとやってきていた。
こちらは商船や漁船と違って、大砲やシールドなどが甲板に並んでおり、物々しい雰囲気がある。
町長は部下とともに軍船の確認へと向かったので、僕とミミノさんはそこに残された。
「いやー……びっくりですね。どうして町長があんなことまで知ってるのか」
「食事の約束しちゃったけど、いいのか、レイジくん?」
「さすがに断れませんよね。こっちの都合で軍船まで出してもらうなんて、ふつうできませんし」
「…………」
「……ミミノさん?」
顔をうつむけたミミノさんは、
「……さっきの話だけどな、わたしたちも気になってたんだ。どうしてレイジくんがあの『お願い』をしたのか。なんとなくはわかるんだけど」
「そう言えば、あまりその話はしませんでしたね。僕もどこからが機密でどこまでが話していいのかわからないところもあったので」
「話したくないのならいいんだけど……」
「いえ、そういうことでは全然ないです」
僕は改めて、皇帝にお願いしたことを思い出す。
「僕が願ったこと……『アナスタシア殿下の身柄の解放』は、僕が勝手に願っただけで、アナスタシア殿下自身がそう考えているかまでは、まだ聞いていないんです」
書籍版発売まであと2日! ここからは毎日更新します!(つまり平常運転)




