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すみません、更新した気になって忘れてました。
「ゼリィさん!」
猫系獣人のゼリィさんがそこにはいた。
「坊ちゃん、3日ぶりっすねえ。皆さんはお久しぶりっす」
「おお。ゼリィに冒険者を集めてこいって頼んでたけど無駄になっちまったなあ」
ゼリィさん、クルヴァーン聖王国の首都クルヴァーニュの冒険者ギルドにいたっけ。
「ああ、でもゼリィさんは冒険者ギルドで飲んだくれ——もごっ!?」
「ナ、ナハハ……ちょっと坊ちゃんに大事な話があるんであーしの歓迎ムードは一度しまってもらって大丈夫ですよ」
僕はゼリィさんに口を塞がれ、腕でぐるりと頭を抱えられて外へと引っ張り出された。
「坊ちゃん、坊ちゃん……! なにしれっとほんとうのこと言おうとしてんすか!? あーしがサボッてたみたいになるでしょ!?」
「サボってたじゃん……」
「いやいや、あーしみたいな一般戦闘力系女子はこんな地獄を体現したかのような戦場で戦うなんて無理っすからね」
一般戦闘力系女子ってなに?
「ダンテスさんは前線で戦ってたけど……」
僕が言うと、はぁー、とゼリィさんはため息を吐いた。
「あのねえ、坊ちゃん。ダンテスの旦那はヤバイっすからね? ヒト種族の限界値を超えてますからね?」
「そんなに?」
「わかりませんか? あの人、人間離れしてるでしょ。あーし、最初あの人が坊ちゃんと出会ったとき『灰銀級冒険者』だったって聞いて耳を疑いやしたよ。すぐに『純金級』に上がったみたいですけども、『純金級』の中でもトップクラス、『白金級』でもなんもおかしいことないですよ」
「……確かに、ダンテスさんはむちゃくちゃやるよね」
それ、盾で防げるの? とか思うことはしょっちゅうだし、アクロバティックな動きは盾役じゃ考えられないレベルだ。40歳になろうとしている人間じゃないのは間違いない。
「なるほどね……」
「なにが『なるほどね』ですか。いちばんヤバイのは坊ちゃんですからね?」
「…………」
非難の矛先がこっちを向いた。
「あのダンテスさんですら『レイジは別格』とかたまに言ってましたから」
「え。なにそれ初耳」
「『教えたことをすぐに吸収する』って」
「…………」
それ全部【森羅万象】先生の力なんだよなあ……。
「なんの天賦使ってるか知らないっすけど、ダンテスの旦那が人間離れなら、坊ちゃんはとっくに人間辞めてますよ」
言い方。
「そんなふたりが活躍してるような超人大決戦の現場に、あーしを巻き込まないで欲しいんですわ。ノンさんやミミノさんは、まあ、後方支援だからいいですけど、あーしが出てったら即死っすよ、即死。あーしに向いてるのは情報収集とか連絡係っすからね。ふたりの基準で見ないで欲しいんですわ」
「……スミマセンデシタ」
「わかればよろしい」
ぽんぽん、と背中を叩かれ、僕はゼリィさんから解放された。
あれぇ……なんで僕が怒られた感じになってんの……?
「話は終わったか?」
天幕の入口にダンテスさんが出てきた。
「あい、あい、終わりやしたよ。——それで坊ちゃんに皆さん、ちょいと立ち聞きさせてもらいやしたけど、どうやら『黒の空賊』をお探しのようで。あーしは隊商のユーアさんとここに来るまでにいろいろ情報を集めながら来たんですけどね、『黒の空賊』らしき数人を見やしたよ」
「!」
「むしろあーしらが隊商だとわかると、向こうから近づいてきて、馬車を売ってくれと言われやした。結構な大金だったもんでユーアさんは1台売りましてね」
「売っちゃったの!?」
「まあ、まさか坊ちゃんが『黒の空賊』を捜してるとは思わなかったですし、しょーがないっすよ、ユーアさんは商売人ですしね。だけどユーアさんが道をたずねられてそれに事細かに答えてたのをあーしも聞いてましたから、どこに行ったかはわかりやす」
ゼリィさんは天幕に入って、地図の一点を指差した。
「光天騎士王国で間違いないっすわ」
この日の夜にはアバさんが僕の身分を保証するという証書を持ってきてくれた。この世界でこの身分証がどこまで効果があるかわからなかったけれど、その効果よりもむしろ『銀の天秤』のみんなが僕のためにしてくれたことがうれしくて、僕はありがたく証書を受け取った。
それは流麗な紋様が刻まれた15センチ四方の鋼板で、魔力を帯びた宝石が埋め込まれてある代物だった。
『レフ魔導帝国はこの者の身分を恒久的に保証し、またこの者が望む場合、帝国内での生活の一切を約束するものである』
冒険者ギルドのギルド証と同じく身分証として使えると聞いたけれど、できれば使うような機会がこないことを祈りたい。
この日は夜遅くまで忙しかった。
僕とダンテスさんは長距離移動のための物資調達をするために天幕を出たけれど、物がないこの帝国最前線でそれはなかなか困難なはずだった。
でも行く先々で、「大盾の! 戦場では世話になったな」とか「『英雄武装』を見つけたってほんとうか?」とか、多くのレフ人に声を掛けられ、彼らだって備蓄は少ないのだろうけれどなけなしの物資を少しずつ分けてくれた。
「レイジよ、感謝されるってのは悪くねえもんだろ?」
日が沈んで、レフ魔導帝国らしからぬかがり火があちこちに灯る中、荷物を抱えた天幕への帰り道でそうダンテスさんは言った。
きっと、アッヘンバッハ公爵領の領都で、僕がなにも言わず出て行ったことを言っているのだろう。ダンテスさんたちは竜を退けたことで一躍英雄扱いになったと聞いている。
「……はい」
つらいことばかりだったけれど、がんばってよかった。
きっと家族や友人を失った人も多いだろうに、それでも、この国の人たちはレッドゲートが塞がれ、故国を取り戻せたことを喜んでいる。
「おお、こんなところにいたのか」
すると横から大柄な人物が現れ、手が伸びてくると僕の荷物をひとつ持ってくれた。
「あ……グレンジード公爵!?」
「!?」
僕が言うとダンテスさんもぎくりと固まった。
そこにいるのは、お供をひとりもつけていなかったけれど確かに聖水色の髪を持つ、元聖王、グレンジード公爵だった。
「よお。あ、堅苦しい礼はしなくていいぞ」
にっ、と笑った公爵は、膝をつこうとした僕を止めた。
「伯爵に聞いてな、お前がすぐにも出発しそうだぞってよ。だからまあ、こうして顔を出しに来た」
「……レイジ、閣下はお前にお話があるようなので俺は先に……」
「ダメです、ここにいてください」
今日の謁見ですっかり貴族アレルギーになりつつあるダンテスさんが早速逃げようとしたけれど、僕は先回りしてそれを止める。
ダンテスさんが叱られた子どもみたいな顔になった。
「お前は大盾の冒険者だな? かなりの腕前じゃないか。どうだ? 聖王国に来て騎士どもを指導しないか?」
「あ、あう!? いや、その、え?」
ああ、ダンテスさんがテンパってる!
「……公爵閣下、戯れはお止めください。ダンテスさんは僕らのリーダーですし、困ります。あと荷物を持たれるのも困ります」
「戯れじゃあないんだが、パーティーが困るっていうならしょうがねえな」
無茶な勧誘はダメ、絶対。そこはわかってくれたようだけれど、荷物は返してくれなかった。
……こんなところ見つかったら、伯爵にすごい目で見られちゃうよな。「元聖王を荷物持ちにするとは、さすがレイジさんですね?」って言われる未来が容易に想像できる。
「……その、な、レイジ。俺はお前に謝りたかった」
グレンジード公爵はぽつりと言った。




