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小山の麓についたときには全員の息が上がっていた。全身汗みずくで、拭わないと目に汗が入り込みそうなほどだ。
だけど僕は、小山の頂点にある小さな建物に目が釘付けとなっていた。
小屋と言うにはこぎれいな造りだけれど、神殿と言うにはあまりにも小さい。
とてつもなく長い年月を経ているのだろう、その建物の表面にはツタが覆っており、入口の半分が塞がっていた。
だけれど、ツタの隙間から暗闇が見え——そこからは時折、ぱぁっと明るい光が放たれていた。
あの光は見たことがある。
「表の世界」のクルヴァーン聖王国の「一天祭壇」で、天賦珠玉が発生するときに発せられる光なのだ。
小屋にはきっと、こちらの世界の「一天祭壇」があるに違いない。
「お、おい、ありゃァ……天賦珠玉か?」
百人長の声が震えている。
草に覆われた小山ではあったけれど、そのあちこちに、きらきらと光る天賦珠玉が落ちていたのだ。秋の山に分け入って栗拾いをするにしたってこれほど落ちているということはないだろう。
(ここに……「表の世界」へと続く道が?)
僕は【離界盟約】で確認した通路を探そうとしたけれど、あの天賦を外している今では地道に探すしかなかった。【森羅万象】から付け替えるにはあまりに危険だ。
「まずは上の小屋に行きましょう」
僕が茂みに入っていくと、両手いっぱいに星1つや2つの天賦珠玉を抱えた百人長が走ってくる。するとノックさんが、
「そんなものは置いていけ」
「だけどよォ」
「どのみち大勢を連れてまたここを通ることになる」
「そっか……」
納得したのかばらばらと天賦珠玉を地面に放って後からついてきた。
(【握力強化★】、【皮革加工★★】、【瞬発力強化★】、【即興演奏★】……)
目に飛び込んでくる天賦珠玉は星1つか2つばかりだった。たまに光の強いものが離れたところに見つかるのだけれど、それは星3つなのかもしれない。
見えるところだけでなく地面にまで埋まっているのだからこの山にはどれほどの天賦珠玉が眠っているのだろうか。
どうしようもないので天賦珠玉を踏んだり蹴ったりしながら登っていくのだけれど、貴重品である天賦珠玉を足蹴にするというのは心苦しいものがある。僕だってこう見えて、過去には鉱山で天賦珠玉を発掘して生活していたのだ。
「……なにかいる?」
小屋からは、カチャン、カタン、という小さな音が聞こえた。はっ、とすると星1つの天賦珠玉が半分開いた小屋の入口から飛び出してきて、僕の横5メートルくらいのところに落ちた。【声量強化★】という、あまりに見かけない天賦珠玉ではあった。
『ヂュ?』
『ヂィー、ヂィー!』
『チチチッ』
見ると小屋には天賦珠玉があふれており、それをオモチャにして遊んでいるネズミ——目が4つあるし体長は30センチを超えているのでネズミらしき動物——が数匹いた。
それらは僕らの接近に気づくと、一目散に小屋の奥へと逃げ込み、物音から察するに抜け穴から向こうへと出て小山を駈け下りていった。
「ふぅ——なんだよ、ネズミか」
曲刀を抜いていた百人長が小さく息を吐いた。
「とりあえず、天賦珠玉を全部どかしてみましょう」
その曲刀を使ってツタを切り裂いてもらうとツタが支えていたらしい天賦珠玉が雪崩を打って外へと出てきた。星4つの天賦珠玉が見えたけれど、次々に流れ出す星1と2に呑まれて消えていく。
探している余裕はない。
ボールプールのようになっている小屋の中、古びた祭壇がひとつ、あった。
長方形の祭壇で、つるりとした表面は灰色だった。
横面には精巧に雲や木々、動物や虫、それに花に人が彫り込まれているけれど、天賦珠玉に隠れていて見えない。僕らは天賦珠玉をまとめて外へと投げ出していく。
「ああ、クソッ、なんでこんなにあふれてンだよ!? こんな場所があるってわかってたらもっと早くに来るんだったぜ……!」
「奇遇ダな、私も同じ考えダ」
「んで俺らがばったり出くわして戦争かァ? そうなったらつまらねェけどよ」
「天賦珠玉は争いのタネなのかもしれないな」
「あァ……」
百人長とノックさんの話が聞こえてきて、僕もそうではないかと思うところがあった。
(ラルクが見つけた星6つの天賦珠玉。竜が破壊しに来た天賦珠玉。クルヴシュラト様が生け贄にさせられるときにも星8つの天賦珠玉が使われた。「表の世界」の「一天祭壇」から産出する天賦珠玉を横流しする貴族は、スィリーズ伯爵が突き止めて処分された)
天賦珠玉は争いのタネなのだ。
(だけど天賦珠玉があるからこそ、この厳しい世界を生きていける。だけど天賦珠玉の性能が高いから争いのタネになる……)
鶏が先か、卵が先か。
そんなことを思いながら天賦珠玉を払いのけていくと地面が見え始めた。ホコリをかぶった天賦珠玉の隙間から見えた地面は灰色で、どうやらそこも石畳のようではあった。
だけれど、把手がついている。
力を込めて引っ張ると——もうもうとしたホコリが舞い上がり、暗い闇が口を開いた。
「……階段!」
小山の内部に降りていく階段がある。螺旋を描くそれは、やたら思わせぶりだった。
かび臭い、湿気っぽい空気が立ち上ってくる。
ここか? ここが、世界をつなぐ通路の入口なのか?
「ッ! レイジ殿! 調停者ダ!!」
「!!」
小屋に入っていたせいで気づかなかった。
すさまじい速度でこちらに迫ってくる気配、そして足音。
(迷ってるヒマはない)
僕は叫んだ。
「ここに入ってください! 急いで!!」
未練がましく星3つの天賦珠玉を2つ、手に持って見比べていた百人長がそれを放り出してあわてて飛び込みながら、
「ここ、なんなんだよ!?」
「わかりません!」
「はァッ!?」
「いいから行け」
そこへノックさんが飛び込んで百人長を踏んだ。ぎゃぁぁ、という声とともに階段を転がっていく音が聞こえる。
最後は僕だ。
『待て!!』
調停者の声——僕はそれを無視して穴に飛び込む。
直後、小屋の外壁が吹っ飛んだ。
バラバラとツタの葉と石の欠片が舞う向こうに調停者がいた。
——バイバイ。
僕は口だけ動かして、石のフタを閉じた。
あの調停者の反応を見れば間違いないだろう——これは世界をつなぐ通路だ。




