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「チッ、なんなんだよあの男はよぉ」
ギルドの建物の裏にやってきた。ここは倉庫になっていて、素材の計量や査定を行う場所のようだ。チャコールウルフの毛皮や、僕やミミノさんが採取した希少な薬草の類を卸している。
結局、僕の冒険者登録はできなかったのだ。
「へっ、サブマスに当たっちまったのかい、獣人の兄さん。そりゃあ不運だったな」
毛皮を受け取ったのは左腕をなくした若い男だった。
「あれがここのサブマスターか? 感じが悪いったらねぇよ」
「サブマスはヒト種族以外が大嫌いだからねえ……ほお、こりゃきれいに取れてら」
若い男はチャコールウルフの毛皮を見ながら感心している。
「そりゃそうよ。俺様がキッチリ仕留めてダンテスのおっさんがキレイに下処理したからな」
「ふーむ。納品される素材が毎度こうだといいんだけどな。——1枚あたり銀貨5枚ってところだな。6枚あるから銀貨30枚か」
「おいおい! こんだけちゃんとしてる毛皮で銀貨5枚はねぇだろぉ?」
「チャコールウルフは人気がないんだよ。なんたって森の嫌われ者だからなあ……これでも色つけてるんだぜ? 疑うなら市場にでも行って見てきな」
「うぐっ……」
「——その価格でいいさ。銀貨5枚で頼もう」
横からダンテスさんがやってきて、価格は決まった。
時間をかけて剥ぎ取って、毛皮の下処理、さらにここまで運搬までして銀貨5枚……5千円程度だったら確かに安いよなぁ。
「俺たちにとっては事のついでだ」
「だけどよぉ……」
「金になる獲物を狙えばいいだけだ。たとえばハマダラ鳥とかな」
「ちょっ!?」
ハマダラ鳥か。ライキラさんが「獲ってくる」と言って森に消えて、結局なにも獲れなかったアレか。
「おお〜、ハマダラ鳥なら大銀貨はくだらねぇな! 獣人の兄ちゃん、今度はハマダラ鳥持ってきてくれよ」
「は!? 大銀貨!?」
「……ま、次がんばれ、ライキラ」
ダンテスさんがぽんぽんとライキラさんの肩を叩く。ちなみに大銀貨は1万円ほどの価値がある。
「お待たせしました。薬草はどちらに?」
ちょびひげのオッサンがやってきた。こちらは薬草を査定する人らしい。
「いやはや、結構な量ですねえ。ふむふむ、傷薬に使う棘緑草……こちらは虫下しの三日月草ですな。で、これは……?」
「肝臓の働きを助ける草の根です」
僕が独自に採取したのは【森羅万象】が教えてくれた薬草だ。
葉の縁がぎざぎざしていて、茎に赤い点々がある。微妙に毒々しい草だけれど、根っこは太い。この根っこをよく洗い、刻んでお湯でエキスを抜けば肝臓の薬に早変わり——というのを実演した。しかも「無毒なら飲んでみてください」と言われて飲んでみた。黄色い液体は苦くてマズイです。
「ふーん、これがねぇ……?」
「わたしも知らないけど、レイジくんの故郷では薬として使われていたんだべな」
「ハーフリングの薬師さんでも知らない?」
どうやらミミノさん、というより、ハーフリングは薬師として有名な種族らしい。薬師ギルドの登録証を見せると、ちょびひげのオッサンは露骨に態度を変えた。
だけれど今はそれが逆効果だった。ミミノさんが知らないのならば、僕の知識は眉唾ではないかと思われている。
「買い取れませんな」
「えー……」
予想はしてたけど。ミミノさんにも「買ってくれないかもしれないべな」と言われていたし。
だけど残念。せっかくお湯まで沸かして薬を作ったのに。
「効果の信頼性が乏しいですし、大体肝臓とはなんですか」
そっちかよ。
「えぇと……まあ簡単に言えば、二日酔いに効きます」
「なんだって!?」
いきなり食いついてきた。
「二日酔いに……ほぉ……」
めっちゃ考え込んでいる。
「……おい、裏に行ってあの給料泥棒を連れてこい」
「へーい」
ちょびひげのオッサンに言われた毛皮のお兄さんはしばらくして、足元ふらふらの無精ひげの男を連れてくる。
「……こいつはね、あのサブマスターの甥だからって冒険者ギルド職員になってるんですが、見ての通り役立たずなんですよ」
「うぃ〜」
「酒に弱いくせに毎晩飲むんで……」
絵に描いたようなダメ人間だった。
「この薬湯をコイツに飲ませてみましょう。これが効くようなら、薬師ギルドには卸せませんが私が個人的に買います。給料泥棒を働かせるために」
「は、はあ……」
そんなこんなでいきなり人体実験が始まってしまった。
無理矢理飲まされた役立たずさんは「うげ〜〜マズイ〜〜」と言っていたがみんな無視して飲ませている。役立たずさんの扱いって……。
僕らが売却を済ませると、ちょうどノンさんもギルドの建物から出てくるところだった。
「毛皮はたいした金額がつかなかったが、ミミノの薬草は相変わらずいい金額で売れたぞ」
とダンテスさんがノンさんに報告している。
そう、ミミノさんが採取してきた多くの薬草はすべて買い取りが決まり、品質もよいことから小金貨4枚——20万円ほどで売れたのだ。薬草は少量でも多くの薬を作れること、採取に危険を伴う——たとえば餓えた狼が森にいるとか——ことから、高額で買い取られる。
「薬草類の栽培はできないからねぇ」
とミミノさんが言う。薬草栽培の研究は当然行われていたが、今のところよい結果は出ていないらしい。僕も【森羅万象】で確認してみたけれど、どうも空中と土中の魔力濃度が必要とか……? 魔力濃度ってなんだよって感じなんだけど、ミミノさんが魔法を使うときに身体から出てくる魔力と似ているのでなんか空気や土にも魔力はあるんだろう。うん。
「そっちはどうだった、ノン」
「はい。書いてもらいましたわ」
ノンさんがひとり、ギルドに残っていたのには理由があった。このアッヘンバッハ公爵領は連邦の国境に位置しており、隣国である光天騎士王国へとつながっている。国境を越えるには冒険者ギルドの登録証だけでは不十分で、ギルドから推薦状を書いてもらう必要があった。
「よく書いてくれたな。あのサブマスターの男がこれを?」
「ふっふっふ。おとなしく書いた方がお得ですよということを丁寧にお伝えしましたところ、快く書いてくださいましたわ」
「…………」
ノンさんは笑っているけど目は笑ってない。「丁寧にお伝え」のルビで「きょうはく」とつけたくなるんだけど、僕は余計なことを言わないでおこう。口にチャック。見た目はいちばん優しそうだし修道女なんだけどいちばん怖いのがノンさんなんだよなぁ……。
「それじゃあ俺とノンは買い出しに行ってくるかな。ミミノはレイジと市場に行くんだろう?」「うん」
「えっ、そうなんですか?」
「薬草見に行くべな?」
「あ」
薬師ギルドが卸さないような薬草は市場にあるってことか。
「行きます!」
「そうか——レイジちょっと」
ダンテスさんに呼ばれて、僕は肩を組んで囁かれた。
そして小さな革袋を押しつけられる。
「小遣いだ、持ってけ」
「へ!? で、でも——」
「なにか欲しいものがあるんだろう?」
「あ……」
昨晩の話のことだろう。僕はありがたくいただいておくことにした。
「よし、それじゃミミノはレイジから目を離すなよ」
「わかってるわかってる」
「ライキラはどうする?」
「…………」
「ライキラ?」
「……ん? あ、ああ……俺は宿に戻って昼寝でもしてる」
「まだ朝だぞ」
「細かいことはいいんだよ。それじゃな」
ひらひらと手を振ってライキラさんは戻ってしまった。……なんだか様子がおかしい? ついさっきまではなにもなかったし、ノンさんと合流してからはこの大通りをずっと眺めていただけだったんだけど……。
「レイジくん、行くべな」
「あっ、はい!」
僕はミミノさんに連れられて市場へと向かった。




