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僕とアーシャはそれから族長、それに2メートル超えのノックさんとともに協議をした。
彼らはアーシャに従う。これは先祖代々に渡って申し送られてきた決定事項であるという。それほどまでに種族の崩壊は彼らにとって重い出来事だったのだろう。
ダークエルフの数は215人で、竜人、地底人と比べるとはるかに少なかった。
繁殖力が低いのだろう。そのぶん、彼らの寿命は長く、族長は御年760歳であるという。見た目は40歳くらいにしか見えないんだけど。
「? どうしましたか、レイジさん」
「あ、いえ……」
思わずマジマジとアーシャを見てしまった。彼女は14歳で僕と同い年だけど、それは「見た目年齢」の話なのでは……とか思ってしまったのだ。
女性に年齢を聞くのはこの世界でもタブーである。
「ところで、族長は『盟約』についてなにかご存じですか?」
「ああ、もちろんダ。知りたいのならば教えよう」
ダークエルフ種族に伝わる盟約は、こうだった。
『盟約者の盟約』
盟約を結ぶ者は種族の頂点に立つ者である。
頂点が盟約を保存する。
盟約の破棄は調停者に対して宣言することで行われる。
「なるほど……」
盟約者と破棄に関する内容か。
確か、竜人に伝わる内容は、盟約の構造に関する内容だったな……【森羅万象】があっても記憶がもやーっとしてるんだから盟約に関する力、というか縛り、ってすごいよな。
盟約は「天賦珠玉」と「盟約者」と「調停者」から成り立つとかなんとか。
ダークエルフの知っている内容が「盟約者の盟約」なら「天賦珠玉の盟約」と「調停者の盟約」もあるってことか?
いや、「天賦珠玉の盟約」はすでに知っている。ハイエルフに伝わるものだ。
「アーシャ。確かハイエルフの王族に伝わる盟約が、『天賦珠玉の盟約』だったよね?」
「はい」
アーシャはそらんじてみせた。
『天賦珠玉の盟約』
天賦珠玉を取りすぎてはならない。
天賦珠玉は世界を構成する。
ならばどこかに「調停者の盟約」もあるはずだ。
それで4つになるわけか。全部で8条だから、半分だ。
盟約の破棄についてはクルヴァーン聖王国で、調停者と戦ったときに話が出てたっけ。
特級祭司のエルさんは、
——え、かの世界とこの世界をつなぐ盟約が破棄されれば、多くの闇の者どもがこの世界を、え、侵攻するでしょう。
と言っていたけれど——その「闇の者ども」って「裏の世界」のモンスターってことだよね?
つまり……2つの世界がくっつく、ということなんだろうか。
「レイジさん、どうしました?」
「いえ……仮にダークエルフの皆さんをあちらの世界に連れて行くとしても、この世界とあちらの世界とをつなげることはしないほうがいいだろうな、って……」
「裏の世界」のモンスターは「表の世界」と比べてはるかに強力だ。こんなのがやってきたら、「裏の世界」同様、「表の世界」の種族は衰退するだろう。
「もちろん、我らはついていきますぞォ! のう、ノック!」
「はっ! 地の果てまでもつきまとう所存!」
いちいち言うことが物騒なんだよなぁ……腕立て伏せ始めるし。
「そう言えば……盟約と言えば」
腕立て伏せの途中でぴたりと止まり、族長が僕を見上げた。その姿勢すらも「筋肉に負荷が掛かってちょうどよい」なんて思っていそうでいやだ。
「ほれ、ノック。なんダったか……プンタが見つけたあの天賦珠玉よ」
「ああ、ありましたね……ええと」
同じく腕立て伏せの途中でノックさんが記憶を呼び起こそうとする。立てばよくないかな?
「なんとか盟約という名前の天賦珠玉でしたね」
盟約、なんて名前がついている天賦珠玉があるのか?
天賦というのは行動や才能に関するもののはずだけど……。
そんな僕の疑問は、次の言葉で吹っ飛んだ。
「——なんせ星12の天賦珠玉ですから、使えるものでもなし、持ち帰りもしませんでした」
プンタ、という名前のダークエルフはこの種族にあるまじき体型だった
緩みきった身体はまるで水風船で、握ればもちもちとした手触りであろうことは明らかだ。
頬は右と左にてろんとしたモチが垂れ、蜜でも塗ったように照り輝いていた。
腫れぼったいまぶたの下にはおどおどとした細い目があって、突然やってきたノックさんにひどく怯えていた。
「プンタ。話がある」
「ヒィッ! ゆ、許してください、もう、腕立て伏せ5千回ダの腹筋1万回ダのは無理ですぅ!」
狭い小屋の奥へすっ飛んで逃げると、天然パーマの短髪を両手で抱えてうずくまってしまった。
「無理ではない。筋トレとは自分でやるかやらないかダ。あきらめたところで筋肉はそっぽを向く。お前が見つめている限り筋肉は——」
「あの、ノックさん、その辺で……」
放っておけば筋肉談義が延々続きそうだったのでなるべく早い段階で止めた。
「お、おお、そうダった……プンタ。こちらの客人方が話がある」
「話……?」
「最初から話があると言ったろうに」
アーシャを連れてきて土下座をされると面倒なのでここには僕ひとりで来ている。
プンタさんは幼児のようなあどけない顔を僕に向けると、幼児のように首をかしげた。
「星12の天賦珠玉を見つけたということですが」
「あ……そのことですか。自分が狩場に連れてってもらうことはほとんどないんですけど、その日はなんかたまたま連れて行かれて」
狩場、というのはダークエルフたちが天賦珠玉を発見している場所だという。
この周辺、「表の世界」で言うところの聖王都クルヴァーニュ近辺だ。
天賦珠玉は10個や20個がまとまって置かれているらしく、それらを探し出して持ち帰るのが仕事だった。片手間でモンスターを狩って食えそうな肉ならばそれも持って帰る。
なんで10個や20個が置かれているのかは「不明」ということで、しかもそんなものが見つかり出したのはここ数十年のことらしい。
その結果、地底人も同様に天賦珠玉を見つけ出し、彼らと接触して争いになることもしばしばあるそうだが——それはさておき、
「1つだけ転がっていたから、自分が拾ったんです。でも星12なんて天賦珠玉は誰も使えないから『要らない』だろうってなって」
「要らない、ですか……」
「その日は獲物が多くて。あ、肉のほうですけど。余裕があったらそっちを持っていこうってことになって——でも自分はなんだか気になって、わかるところに隠しておいたんです」
「隠した、ということは今行けばそこにあるんですか?」
「いえ、ありません」
「え?」
「別の場所に移したんです……」
するとプンタさんは両手の指と指をくっつけたり離したりしながら、ちら、ちら、とノックさんを見た。
「……ノックさん、なにかプンタさんは言いたいようですが、ノックさんが気になるようですね」
「気になる? なぜダ」
「え、ええっとその……怒ったりしない?」
「怒るもなにも、聞いてみないとわからんダろうが!」
「ヒィッ!」
またもプンタさんが頭を抱えて震え出すので、僕はノックさんに手で「外へ出ている」よう促した。
ムスッ、とした顔ではあったけれどこれでは埒が明かないのはわかっているらしくノックさんは外へと出ていく。
(みんながみんな筋トレ好きじゃないし、みんながみんな体育会系気質じゃないってことがわからないのかなぁ……)
竜人都市のキミドリゴルンさんを僕は思い出していた。
竜人都市のために、社会のために竜人は尽くすべし、みたいな感覚にキミドリゴルンさんは慣れなかった。だから、狩りを断って逃げるように別荘で研究をしていた。
(そんな彼でも、自分の得意なことがみんなのためになるとわかれば喜んで力を発揮する)
竜人都市を出発するあの朝に、キミドリゴルンさんに見た力強さ。
きっとプンタさんにもなにかあるんだろう——とは思うのだけれど。
「プンタさん、大丈夫です。ノックさんは出て行きましたよ」
「ほ、ほんとう……?」
恐る恐る顔を上げた彼に、僕はたずねる。
「その天賦珠玉はどこに移したんですか? それに、その天賦珠玉の正確な名前を教えてもらえますか?」
「は、はい……」
プンタさんは小屋の外を見て、離れた枝の上でノックさんがジャンピングスクワットをしているのを確認し、つらそうに顔をゆがめる。
「……あの天賦珠玉は、赤とか緑とか、いろんな色に輝いていました」
いろいろな色に……。今まで見たことのないタイプだから、ユニーク特性で間違いがなさそうだ。
「その名前は」
プンタさんは言った。
「【離界盟約★★★★★★★★★★★★】」




