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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第4章 離界盟約《ワールド・アライアンス》

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     ★  月下美人 客室  ★



 スィリーズ伯爵が集めた情報と先ほど会議で聞いた情報とは一致していた。

 今のレッドゲート戦の戦線を維持しているのはたったひとりの少女、ラルクのおかげであると。

 レッドゲートから落ちてくる(・・・・・)モンスターはこちらの世界ではなかなか見ないほど強く、中には熟練の冒険者でもまったく歯が立たないようなヤツもいた。

 そんな厄介な——「厄介」という言葉だけで片づけられないような強敵だが——相手を専門に戦っているのが、ラルクだ。

 希少な天賦を持っており、彼女が凶暴なモンスターを討ち滅ぼすので戦線は維持されている。


(そんなふうには、見えないのだわ……)


 寝息を立てている少女は痩せており、満足に食べていないのか肌の色も悪いようにエヴァには思えた。長い金髪もちゃんと手入れをすれば美しいはずなのに、もったいない——。


「!」


 エヴァがそっと手を伸ばし、ラルクの目元に掛かっていた前髪をどけてやろうとしたときだった。

 その手を、つかまれた。


「——アンタ、誰」


 寝息を立てていたはずのラルクがきろりとエヴァをにらんでいた。しかしエヴァはそれに恐ろしさを感じるのではなく、


(なんて美しい瞳)


 そう思った。

 紫水晶(アメシスト)を思わせる、輝きと深みのある紫色の瞳は大きく、長いまつげがどこか憂いを添えていた。

 薄い唇から放たれた言葉の鋭さは、敵意を感じさせるものではなく、純粋な疑問を発しているのだとエヴァは理解した。


「わたくしはエヴァ=スィリーズ。特別に許可を得てここにいますわ」

「許可ぁ? あの皇帝が、アンタをここに寄越したっての?」

「はい」


 偽りはなかった。

 レフ魔導帝国にとってラルクは「月下美人」を盗んだにっくき空賊ではあるのだが、なんと返してくれたし、さらには最前線で戦うと立候補までしてくれた。

 その戦果はすさまじく、ラルクは一躍、帝国にとってかけがえのない存在になっていた。

 だからそう簡単に人を近づけはしないだろう——とラルクが考えるのは当然だ。

 皇帝が許可を与えたのには理由がある。

 ひとつはエヴァが見た目からして幼く、さらには貴族の娘であるので妙なことはしないだろうということ。

 そしてもうひとつは——彼女が持つ特別な能力がゆえだった。


「ふーん……お子様にしか見えないけど、アンタも『やる』ってわけね」


 ラルクはそう言うと、エヴァの手を離し、身体を起こした。


「おやすみになっていても構いませんわ」

「ジョーダンじゃないよ。知らねー女の子がいるっていうのに、高いびきかいてられるほど図太くないから。で? アンタ、なにしにきたの?」


 エヴァは、言葉を選んでこう言った。


「ラルク様のお話を聞きに」

「アタシの話だぁ? はは〜ん、帝国の皇帝は、アタシから天賦の秘密を聞き出すためにヒト種族のアンタを寄越したってことか。さすがレフ人。ずるい」

「そ、それは誤解です。わたくしはクルヴァーン聖王国から来ました。レッドゲートでの戦いに参加するためです」

「……アンタみたいな小さな子が?」

「これでも聖王国では一人前の貴族として活動していますわ」

「ふーん……。貴族ってよくわかんないわ」


 ラルクは無条件でエヴァのことを信用したりはしないが、しかし警戒は多少解いてくれているようだった。

 それはエヴァの狙いでもあった。


「でも、アンタみたいな小さい子を担ぎ出さなきゃいけないほど、聖王国って人材不足なの?」


 あくまでもラルクはエヴァを「小さい子」扱いするようだ。


「いえ、わたくしの意思で参りました」

「なんで? 血なまぐさいことが好きそうには見えないけど」

「わたくしにとって、とても大切な人がここにいるからです」


 エヴァは胸に手を当て、その人物のことを思い浮かべた。

 考えるだけで胸が温かくなり、いてもたってもいられなくなるような人だ。


「……そうなのか。アンタも苦労してるんだね……」


 一方のラルクは、「これは恋だな。しかも相手はレフ人かよ。種族を超えた恋はクソ大変だろうなぁ……しかも貴族だろ? どうすんだよ。苦労人だなぁ」と思っている。


「その幸せな野郎はなんて名前なんだい?」

「はい。レイジと言いますわ」

「レイジ、か……いい名前じゃねえか」

「ラルク様は——」

「ラルク、でいいよ。貴族に『様』付けされると背中がむずがゆい」

「では……ラルクさん(・・)は、自主的にこの飛行船を返却し、自ら前線で戦っていると聞きましたわ。どうしてそのようなことに?」

「どうして、かぁ」


 ふう、と小さく息を吐いたラルクは、狭い室内の壁へと視線を向けた。そこにはなにもなかったけれど、確かに彼女は特定の人物を思い浮かべていた。


「……弟がいるんだ」

「弟さん、ですか」

「アタシに似ないで出来がよくてさ……。アイツとは生き別れになっちまったけど、いつかどこかで(・・・・・・・)会えると信じてる。もしもアイツが今この状況に直面したら、きっとできる限りの力を使ってなんとかするはずだ。だから——アタシもそうしたい。再会したときに、胸を張って、『自慢の姉』でいたいからさ」


 ラルクの言葉はすべてがあけすけで、貴族世界に生きているエヴァにとっては新鮮だった。そんな彼女の言葉の中でも今の内容がいちばん、胸に響いた。


「……ラルクさんの活躍振りは帝国民全員が知っていますわ。弟さんは絶対に喜ばれると思います」

「そうかい? へへ、照れるね……不思議だな、アンタには素直に話しちまう」


 にっ、と笑って見せつつ照れくさそうに鼻の頭をかいたラルク。

 ラルクを見ながらエヴァはエヴァで、「ラルクさんの弟さんは、ラルクさんに似て金髪で線が細く、紫色のキレイな瞳を持った人なんだろうなぁ」と思っている。


「ちなみに弟さんはなんというお名前なんですか?」

「名前? ああ、そういや弟くんに名前はなかったな」

「……え?」


 なんだかすさまじい答えが返ってきた。そのときエヴァはハッとする。どうやらラルクの強さはすさまじい肉体的な反動があるらしく、彼女は衰弱している。弱った彼女が見た幻影が「弟」なのではないか……?

 でなければ「弟の名前がわからない」だなんてことはないはずだ。


「まあ、細かいことは気にすんなよ!」

「え、ええ、そうですね」


 あははは、とラルクが笑い、ほほほほ、とエヴァが笑う。


「……アンタも、いろいろ大変だろうけど負けんなよ」


 ラルクが言ったのは、「レフ人との恋は大変だろう」という意味だった。


「ありがとうございますわ。ラルクさんも……お、弟さんに早く会えるといいですね」


 エヴァが言ったのは、「実在しない(・・・・・)弟のためにがんばるなんて、どこまで健気な人なのだろう」という意味だった。

 よもや。

 同じ人のことを言っているとはふたりとも、思っていない。


「ラルクさん、わたくしにはひとつ能力があります」

「能力……天賦のことか?」

「いいえ。スィリーズ家に伝わる特殊な能力です。それはこの目なのですが」


 人差し指でエヴァは緋色の瞳を指差した。


「『鼓舞の魔瞳』というものです。魔力を込めると、この目を見た者の戦闘意欲を高める能力があるのですが……最近わたくしも知ったのですが、もうひとつ付随する能力がありまして」


 エヴァが「鼓舞の魔瞳」を扱えるようトレーニングを始めたのはつい最近だ。それは、レイジが「『鼓舞の魔瞳』は『審理の魔瞳』とは違い、多くの人に役立てる」と励ましてくれたというのも大きい。

【魔力操作★★★★】の天賦のおかげでコントロールできるようになった「鼓舞の魔瞳」は、新たな能力を開花させていた。


「魔法とは違う角度から、生命力を、魔力を、与えることができるのです。ラルクさんの肉体の衰弱が激しいと聞き、是非ともお役に立てないかと思い、参りました」


 その能力があったからこそ、レフの皇帝も1対1でラルクと会ってもいいと請け合ったのだ。物は試しという言葉もある。

 そして「鼓舞の魔瞳」の新たな力を使うには、相手との心の距離が近くなければならない。

 だからエヴァは、ラルクと世間話をした。必要な世間話だったのだ。


「……ほんとかよ」


 疑わしそうにラルクはエヴァを見る。

 ラルクは、自分の不調を治すために「月下美人」を奪い、高名な医師の元へと飛ぼうと思っていたほどなのだ。


「信用できなくても構いませんわ。やるだけ、やってみませんか?」


 エヴァの瞳は、ラルクの目とは違う美しさをたたえていた。

 その瞳に引き寄せられるように——ラルクは、こくんとうなずいた。


次話からレイジ側の視点に戻り、「裏の世界」の話が一気に進みます。


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― 新着の感想 ―
これは……再開した時に修羅場になったり……?
[良い点] せっかく探し人が共通なのに噛み合わない(笑)
[気になる点] ここでのエヴァの鼓舞の魔瞳の活躍はすごく嫌です。 なんというか、使い終わったキャラを何とか使えるようにするために無理やりパッチを当てた感じで、こんなこともできるんです、この娘にしかでき…
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