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「悪かったって、なあ、弟くん」
「…………」
「お前だって悪いんだろーが。あたしが入ってるのわかってるのに突っ込んできて」
「それはっ、ラルクが帰ってくるのが遅いから!」
「あー、悪い悪い。ちょっと天賦珠玉に見入っちまってさ」
狸穴から出てきた帰り道、僕らは坑道を出口へ向けて進んでいた。
僕の隣を歩く、僕よりも頭1つぶん大きいのがラルクだ。長い金髪を後ろで無造作に束ね、イタズラ好きな目は紫色。つんとした鼻の下には薄めの唇があって、そこからは絶えずとりとめもない言葉が紡ぎ出されている。
たぶん、彼女は将来美人になるタイプの女の子なんだろう。たまに冒険者に遭遇すると、彼らは「おっ」という顔でラルクを見るから——僕らのような鉱山奴隷は、契約魔術によって性欲をカットされた「去勢済み(魔術的な意味で)」らしいのでそのあたりはよくわからないのだけれど。
——弟くんってさ、なんか知らないけど難しい言葉知ってるよね? どこで聞いた?
一度ラルクにそんなことを言われたことがあるけど、よくわからないとしか言えない。ただ年齢の嘘を吐いているわけではなくて、僕は正真正銘の10歳である。
坑道は大樹の枝のように分かれていく。壁面はゴツゴツしているけれどその表面は濡れてぬらぬらしている。ここに、ぽっこりと、コブだか水ぶくれだかそんな感じで天賦珠玉が生える。
枝のように分かれているのだから、逆に言えば太い道を選んでいくと最後は入口につくという寸法だ。もっとも、僕らがいるのは「上層」と呼ばれる上澄みに過ぎなくて、「中層」や「下層」はまた全然違うらしい。そっちは凶悪なモンスターが出るので冒険者や、元冒険者の鉱山夫たちの出番だった。そしてもちろん、「中層」や「下層」のほうがよい品質の天賦珠玉が生える。
「見入ったって? 確かにきれいだけど、いつも見慣れてるだろ」
僕の背負っているリュックには天賦珠玉が9つ入っている。色合いは様々で、赤、青、黄色……と様々だ。大きさは僕の握りこぶしより二回りくらい大きい。
僕が今日取った天賦珠玉を思い浮かべる。
色はうっすらとした赤。内側から発光しており、文字が浮かんでいる。
【脚力強化★】
数日に1回見られるかどうかというレアなものもあって、青色の、
【火魔法★★】
なんてものも、今日は見つけられた。
「見慣れてるぅ? これだから弟くんはなー」
「もったいぶってないでさっさと出してよ。なに、星3つが出たとか?」
この星の数が多ければ多いほどレアらしい。僕の感覚では星1つに対して星2つは100に1つ。星3つは1,000に1つくらいだ。ただ「中層」や「下層」はまた違うんだってさ。
僕は今までに星3つを1度しか見たことがない。星1つが冗談みたいなほどに、星3つは輝いていた。星3つともなると天賦珠玉は結構な高値で売れるらしいけれど、奴隷の僕が売値を知るよしもない。
「3つどころじゃないっつーの。しょうがないなあ、弟くんには見せてやろうかなぁ〜」
「……や、どうせ出口で検査官に全部見せることになるじゃん」
奴隷が発掘してきた天賦珠玉は当然、すべて没収されるのである。そこで今日のノルマを達成したかどうかのチェックも行われる。
「ノリ悪いぞー! つまんなーい!」
「いやそんなわかりやすく唇を尖らせられましても」
「見たくない? 見たくない?」
「わかったよ、わかったわかった、見たい見たい、見たいからこめかみに拳を当てないで。ぐりぐりしないで。痛たたたたたっ!?」
「ふふっ、素直がいちばんよ、弟くん」
ラルクは腰にぶら下げた袋から——それを、取り出した。
この瞬間まで、僕はラルクの持ってきたものがせいぜい星4つのすっごくレアなものなんだろうなーくらいにしか思っていなかった。
だから、油断しきっていたのだ。
「うっ」
僕は思わず顔を背けた。なぜって、明かりが、強すぎるから。
光は虹色。
この強さは、星3つなんて比じゃない。
「星4つ……? まぶしいよ」
しかも放たれる光の色は……虹色。
あらゆる系統に属さない「ユニーク特性」を持つ天賦珠玉だ。
「バーカ。弟くん、これが星4つの光かね? これはね……」
ラルクは僕の耳元で囁いた。
楽しさを、抑えきれないというように。
興奮を、噛みしめるように。
去勢されたはずの欲望を、思い出したように。
——星6つだよ。
と。
そのまばゆい輝きの中央には、
【影王魔剣術★★★★★★】
という文字が浮かんでいた。