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体内時間では夜の0時を過ぎたころ、僕は行動を開始した。
レフ人たちの収監された独房がある建物の屋上にいる。さすがの居酒屋も店じまいのようで地底都市には静謐な空気が漂っていた。ここが地底人によって掘られる前の、山の内部に元々あった静寂を取り戻したかのように。
すでに独房に収監された12人全員に声を掛け、これから起きることの説明を終えていた。曹長が賛同したというのが大きく響き、僕を信用してくれたようだ。
(でも、問題が1つある)
逃走ルートを考えると、どうしても軍の建物の横を通らなければならない。そこには夜通し明かりがついており、12人もぞろぞろと連れて歩けば見つかる可能性が非常に高いのだ。
だから、僕は解決策を用意した。
(さあ、作戦開始ののろしを上げるぞ)
僕は巨大なドームの彼方をにらむ。僕が入ってきた出入り口の正反対に位置するそこには——巨大な倉庫があり、マイカ茸が大量に備蓄されていた。
マイカ茸は各建物の屋上で生産されていることからもわかるとおり、希少価値はない。だから倉庫の出入りは誰にでもでき、見張りもいない。
ただ問題はその隣に酒の貯蔵庫があったことだ。そちらは、マイカ茸がかわいそうになるほどしっかりと警備されていて、見張りこそないものの巨大な鉄扉は厳重にカギがかけられてあった。
(距離は260メートル。風はなし……ま、地下だから当然だ)
僕は右手に【火魔法】でバスケットボールほどの火球を生じさせる。直視するのもまばゆいほどの光が放たれ——即座に、マイカ茸倉庫へと右手を向けた。
(小さくなれ、小さくなれ、小さくなれ……)
火球はしゅるしゅると小さくなるが、その熱量はぐんと増す。
レフ魔導帝国の「畏怖の迷宮」で、ノンさんを人質に取られ、レオンを攻撃できなかったとき——僕は「精密射撃」のような魔法が使えたらと思った。
あれから試行錯誤を繰り返し、「精密」にはほど遠いものの、それでも【火魔法】の「長距離化」と「縮小」を実現することに成功したのだ。
火球は今や、ピンポン球ほどの大きさになった。
ぎゅるるるるるとそれを回転させる。
「行け」
エヴァお嬢様から学んだ【魔力操作★★★★】は、僕の中でしっかりとその能力が息づいている。
これは体内の魔力を操作する、つまり魔法に込める魔力量を調整するための天賦なのだけれど、発動した魔法をコントロールすることにも使えると僕は気づいた。
射出された火球は僕の考え通り、ほぼ直線に——縮めて見ると螺旋を描いてマイカ茸の倉庫に飛来する。
そこには、僕が運び込んでおいた物資——可燃性の高い木材と枯れ草とが積まれてあった。
カッ——。
真昼のような明るさが地底都市内を照らし出す——直後に、轟音が響き渡る。
その直後は轟音がウソであったかのように、静かに、炎が舐めるように倉庫を燃やしていく。だがしばらくすると家々に明かりが点いた。人々が起き出し、特に倉庫付近に住んでいる地底人は寝間着姿で通りに出てくると大声で騒いだ。
火事か、あるいは非常事態を告げる鐘が鳴り響く。
僕は、軍の建物から夜番らしい地底人兵士がぞろぞろと出て行くのを見て、ほくそ笑んだ。
(狙い通り!)
屋上から建物内に入っていく。まずは曹長の独房だ。
「——曹長、起きてください」
「起きている。今の騒ぎは君が?」
「はい。開けますよ」
僕は辺境伯からもらった天銀混じりの短刀で、カギをこじ開ける。ありがとう、バーサーカーっぽい辺境伯! 絶対、こんなふうに使うことは想定してなかったよな。
軋みながら鉄扉が開くと、汚れた軍服を着た曹長が出てきた。
「君が……?」
出てきた曹長は僕を見て驚いたようだった。
「どうしました」
「いや、すまん……その、思っていた以上に若かったのでな」
「ああ、自覚はあるので大丈夫です。急ぎましょう」
それから残りの11人を全員独房から出した。この建物内に、駐屯している兵士は今日のところは2人しかいないらしく、2人とも居眠りをしていて——騒ぎが起きていることにも気づいていないようだった。
あのおっかない人はいないようでよかった。
「静かに。足元が暗いので気をつけて」
小声で注意を促す。
牢番の2人は入口脇の小部屋でイスに座って居眠りしている。魔導ランプのか細い明かりが、うっすら開いた扉から線を引いたように廊下へ差していた。
僕が先頭を進むと、曹長が後ろを振り向いて仲間たちにうなずきかけ、全員がそれに返した。
(……意外と音が鳴る)
たったひとりならば気にならないけれど、12人にもなれば衣擦れの音とて耳障りだ。
みんなそれに気づいていたのだろう。さらり、さらり、と音を立てながら進んでいく。
曹長が、僕の横を抜けて外へと出た。2人目、3人目……。
8人目で、僕はぎょっとした。やたらぶるぶると震えた若い男で、明かりがこぼれ出ている場所にやってくると「ひっ」と喉の奥を鳴らして、なんと、そこをジャンプして越えようとしたのだ。
着地のときにバランスを崩し、上体が傾いた。
あ……。
全員の口がぽかんと開いた——とき、僕はするりと身体を滑り込ませて彼の身体を抱き止めた。
静けさ……の後。
ふぅぅぅぅというため息。
「あ、あの、わ、私、その」
「シッ」
僕が彼の口を手で塞ぐと、他のみんなも口元を手で押さえていた。
沈黙と同時に全員が牢番の小部屋へと視線を送る。
「……フゴッ、スピィ——」
起きなかったようだ。
建物を出ると、遠くから「襲撃か」「火事だよ」という声が聞こえてきた。この先は裏道を通り抜ければよく、軍の建物にも人気がないので問題はないだろう。
道案内が必要なところまで僕が先導して進む。
壁面に取り付けられた階段を上っていくと……外に通じる隠し扉がある。
「このまま真っ直ぐ進んでください。急いで」
僕は曹長を先頭に壁面の階段へと送り出した。最後に残ろうと思ったのは、さっきみたいに転んだりする人が出たら困るからだ。
8人目、ぶるぶる震えていた若い人は一心不乱で走っていく。大丈夫みたいだな。
そして12人目が過ぎ、さあ、僕も後を追おう——と思ったときだった。
「ッ!?」
こちらに向けられる殺気を感じた。
とっさに、短刀を振るうとギィンと音がしてなにかが跳ねて飛んで行った——なんだ!? 目で追うことすらできなかった。
刃をぶつけたときの重い衝撃に手が痺れるほど。
いったい何者が……なんて疑問を覚えることすらなかった。
こんなことができる人は、この地底都市にひとりしかいない。
「…………」
フードをかぶり、口にキセルをくわえた女がそこに立っていたのだ。
その両手に、湾曲する曲刀を持っていた。二刀流だ。




