18
夜になるとほとんどの明かりが一斉に消える。個々の家がわずかに光を灯していたけれどそれだけで、月も星も見えないこの都市では、ドームの天井から吊された数少ない明かりだけがかすかな光源となっていた。僕の【夜目】でも結構キツイので、もはや外を歩いている地底人はいなかった。
「ふー……ようやく夜か」
10階はあろうかという高層建築の屋上で僕は寝転がっていた。キノコの養殖は行われていたが、このマイカ茸は手間が掛からないので見回りに来る人もいない。
この地下都市は確かに広かったけれど、レフ人がいるかもしれない場所の目星をつけることはできた。
1つ目は、僕を襲った迷彩服の集団が入っていった建物。
2つ目は、この夜でも武装した見張りの地底人が立っている建物が2箇所。
「とりあえず1つずつ当たっていこうかな」
僕は【疾走術】を駆使して音もなく走り、建物の縁でジャンプする。両手両足で隣の建物に着地するとこちらも音がほとんど鳴らない——【跳躍術】の天賦はジャンプだけでなく着地にまでいい影響が出るようだ。
見張りの地底人は空なんて見上げないので、あっという間に1つ目の建物にやってきた。
他の建物よりも広々と土地を使っており、地上3階までは——地底にあるのに「地上」とはこれいかに——四角く、4階以上はその上に増築でもしたかのような円塔が3階層立っていた。
隣の建物との間隔は狭い。馬車のような乗り物はまったくなく、台車のようなものがあっても人が牽いていた。
「『国軍警邏班』……」
字体は古かったがなんとか読めた。あの人たち、やたらガラが悪かったけど軍人だったのか……。
入口は両開きの木戸で、錠前が掛けられてあった。外側から掛けるタイプのものだから中には誰もいない……ということか。いや、レフ人を閉じ込めているのならこれでもいいか。
僕は灰色熊のバーサーカー……じゃなかった、ミュール辺境伯からもらった短刀を抜いた。刀身にミスリルを使用したこの短刀は、刃がほんのり白く輝く。
錠前の金属は、1センチほどの太さはあるがただの鉄だ。僕はそこに切っ先を押し当て、
「フッ」
力を込め、鉄を断ち切った。
錠前を無力化し、それを近くの段差に隠すと僕は木戸を開いて中へ入った。
「…………」
暗く、湿った空気が漂ってくる。
だけれどそこに、感じたくなかったあるニオイを嗅ぎ取った。
「……死臭だ」
隠しようのない、人が死んだときに発せられるニオイだ。
広い廊下の正面に上り階段があり、左右に廊下が続いている。木戸が閉じられると完全な暗闇に沈み、人のいる気配はまったくない。
僕は【光魔法】で光源を頭の上に置いた。【火魔法】と違って熱を持たないし、ぶつかっても燃えたりしないのが便利だ。
行かなければいけない場所は、わかっている。
僕はニオイをたどって廊下を右へと進み、大部屋らしき場所へとやってきた。
引き戸を開くと——ムッとするような、吐き気を催すニオイが立ちこめる。
「これは……」
そこは確かに大部屋だった。しかし机も椅子もなにもなく、ただ広いだけの部屋だ。
むしろのようなものが敷かれ、僕も見覚えのあるレフ魔導帝国の軍服が目に飛び込んできた。
寝かされている死体は45体。そのすべてがレフ人だった。
遺体の収容所、みたいなものはないんだろうな。だからとりあえず、あれを見つけてきた警邏班の建物に遺体を置いておいた……ということかもしれない。
僕は建物から外に出ると、新鮮——ではないけれど、いくぶんマシな空気を吸い込んだ。
死体の腐敗が進んでいたけれど、刃で斬られたような痕も、矢の刺さった痕もないと【森羅万象】は言うので、全員が墜落による死亡のようだった。
ホッとしたのは、地底人がレフ人を殺したのではなかったということ。
「……いきなり矢を撃ってくるような人たちだしな」
地底人が死体を運んだのはなぜだろうか? 僕には1つだけ「理由」に心当たりがある——食べるため、とかじゃないよ、もちろん。
僕はその「理由」が正しいのかどうかを確認するべく、次の建物へと向かった。
それは見張りの立っている建物で、豪華なものと質素なものとの2箇所があり、豪華なほうはお偉いさんがいるのかなと推測されるので質素なほうへと向かった。
「入口は1階に1箇所だけか。裏口という発想がなさそうだな……そもそも表通りも裏通りもないからか?」
近くに、静まり返った町で唯一と言っていいほど煌々とした明かりを灯している数軒の飲み屋があり、そこは都市の中の繁華街のようだ。僕が今から入ろうとしている建物まで喧噪が聞こえてくる。
「あ〜あ、毎晩毎晩こうもうるさくっちゃァ、かなわねェよ」
「ほんとだよなァ。俺らも飲みに行きてェが、夜勤明けじゃ店も終わってンしよォ……」
「なんで『消灯後』にしか酒飲んじゃいけねーンだ?」
「知るか、ボケ」
見張りが話しているのが聞こえる……どうやらあの警邏班が格別ガラが悪いのかと思ったけれど、見張りもたいがいだった。
「……どうしようかな。窓から入るか、それとも上から……」
僕は建物を見上げる。5階建てであり、ここも屋上でマイカ茸を栽培していた。
「……上からだな」
遠回りにはなるが、他の建物を伝って屋上より上の高さまでやってくる。そして見張りのない屋上から侵入すれば——。
「!」
ジャンプする直前、気がついた。
屋上は確かにマイカ茸の栽培スペースしかないのだけれど、あちこちにロープが張り巡らせてある。引っかければ金属片にぶつかって大きな音が鳴るトラップ——「鳥威し」だ。「鳴子」ともいう。
「なるほど。上はトラップで侵入防止というわけか——よっ、と」
僕は改めて走り、跳んだ。
タネが割れてしまえば、ロープを避けるだけで問題はない。音もなく着地すると、屋上から5階へ入る入口へ向かう。もちろん細心の注意を払ってロープをまたいでいく。
入口扉は鉄扉だった。しかしカギの構造は単純で、内側に掛け金がついているだけだったからここでまた短刀の出番である。掛け金を断ち切ると、キィと蝶番が音を立てて扉が開く。
「……ここにいる、はず」
木戸を後ろ手に閉じる。呼吸を整えて暗闇に目を凝らす。
ここがなんの建物かは確認できなかったけど……多くの人間がいる気配はある。
食べ物のニオイがするからね。それに、汗のようなニオイも。
階段を降りていく。5階に入ってすぐ、わかった。
並んでいるのは鉄扉の部屋だった。どれも同じ間取りで、扉の下部に、高さ10センチ、横幅30センチほどの小窓がついている。
扉の前に置かれてあったのは使用済みの食器——。
「……ここみたいだな」
この建物は、まるごとひとつ牢獄なのだ。
どこの部屋からだろう、高いびきが聞こえてきた。
4章にはいってようやく緊張感が出てきました。
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