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「森喰い山羊」の存在は竜人都市に長く伝わっているもので、幾度となく竜人は襲われ、住処を追われてきた——という。
「あのデカさよ! 初めて見たときは夢にまで見たものぬろ」
「また山羊の目が不気味でなあ」
「そうそう!」
しかし、長老たちはなぜか明るい口調でそんなことを言っているので、ビビった僕はなんだか毒気を抜かれたような格好だった。
「それでも……なにか得られるものがあるかもしれないので、飛行船を見に行きたいです。生き残った人がいるかもしれませんし」
「わかった」
「レイジさん。その、私も行きたいのですが……足を引っ張りそうですね」
「アーシャには残っていてもらったほうがいいと思います。僕はひとりなら、なかなかの逃げ足ですからね」
「…………」
冗談めかして言ってみたものの、アーシャは少し悲しそうな顔をした。
昨日までの「遠征」で、僕の速度についていくことはできないと思ったのだろう。
(でもそんな顔をしないで欲しいな……。人にはできることとできないことがあるのだし)
僕は改めて長老たちに向き直る。
「それと、皆様のなかで『盟約』という言葉に聞き覚えはありませんか? それは2つの世界をつなぐ約束事のようなのですが……」
すると長老たちが視線を交わし合った。
「ふうむ。実は長老会に伝わる『盟約』というものがあってな……我らはこれがなんなのか、わかっておらんのだ」
「わかっていない……?」
「最初から長老会に伝わっていたものではないのだ。先々代か、その前か、いずれにせよかなり以前のことぬろ。あれは確か——ドワーフ種族だったか?」
「うむ。ドワーフぬろ」
「ドワーフ種族がモンスターの襲撃によって全滅したときに、当時の長老会に参加していた7人が同じ夢を見たのだ」
夢?
僕が首をかしげていると、
「それは黒い人型のなにかが、長老たちを同じ夢に呼び寄せ、こう言った。『今から盟約を伝える。種族が続く間中は、これを受け継ぐように。ゆめゆめ忘れることなかれ。盟約こそがお前たちの存在を確かなものとするのだから』……」
黒い人型のなにか。
僕はそれに見覚えがある。
——『闇ヨ、門ヲ開ケ。光ヨ、道ヲ開ケ』
クルヴァーン聖王国の「一天祭壇」の前に現れた調停者。
ヤツが、竜人の祖先の夢に現れた……?
「その盟約の内容はどのように伝わっていますか? もし差し支えなければ教えていただきたいのですが」
「うむ。伝えることは問題ない。祖先が聞いた内容は『盟約の構造』であったぬろ」
「『盟約の構造』……?」
——盟約は本条を含み8種から成る。
——盟約を成立せしむる要素は「天賦珠玉」と、「盟約者」と、「調停者」である。
盟約は8種類あるのか。
ハイエルフ王族に伝わっている内容は、天賦珠玉を採りすぎるなとかそういう内容だった。
それぞれの種族が、別々の内容を保持しているということなのか?
「長老会ではな、死亡やらなんやらで欠員が出ると、新たにひとりを加え、7人で運営するのだ。そのとき、不思議なことだが、新しい長老にもホレ……こんな模様が出る」
黄の長老が見せてくれたのは、手の甲だ。そこにはうっすらと文字のようなものが浮かび上がっている。
「これは全員に?」
「うむ。出る場所は様々だが……紫のなぞは悲惨ぬろ。なんとケツに出ておるのだからな! わっはっはっは!」
「バカ者! それは言わない約束ぬろ!」
紫の長老が怒るが、死ぬほど要らない情報をどうもありがとうございます。
(……つまり竜人族は長老7人が「盟約者」ということなんだろうか? クルヴァーン聖王国は聖王が「盟約者」? 聖王はきっと、聖王色を持つ「無垢の者」を捧げる……みたいな盟約を負っているんじゃないだろうか。でも、あんまりちゃんとわかってる様子はなかったよな……)
竜人族の「盟約の構造」なんてものはただの情報でしかない。
ハイエルフ王族の「天賦珠玉」に関する盟約も、強制力を持つものではなかった。まあ、エルフは「三天森林」からはあまり天賦珠玉を外に出さないらしいけど。
(今の話の流れからすると、ドワーフ種族に伝わっていた盟約が、滅亡と同時に竜人族に移ってきたということだよな?)
相変わらず、もう聞いた盟約の内容がぼんやりしてきている。メモに取ろうと思ったけれどうまく言葉が出てこずに書くことすらできなかった。
(盟約は各種族に伝えられるだけのもの、ということか……。でも8種類の盟約があるとして、竜人族、地底人、ダークエルフしかいないと言っていたよな? 残り5種の盟約はどうなったんだ)
わからないことばかりだった。
明日、飛行船への偵察部隊に同行することが決まり、僕らは長老会の建物を後にした。
時刻は15時くらいだろうか。ずいぶん長くいてしまったものだ。
「…………」
アーシャの表情が暗いのは、やはり自分が「足手まとい」だと思っているからに違いない。
今こそ、あの話をするべきだな、と僕は思った。
「アーシャ、昨日言っていたことなんですけど」
「?」
「アーシャにぴったりの、やるべきことがあると話したじゃないですか」
「あ……そう言えば、そうでした。でも私にできることなどあるのでしょうか?」
自信をなくしたようなアーシャに僕は苦笑しつつ、
「ありますよ。たぶん、みんなからすごく喜ばれると思います。竜人都市が何度も崩壊してきたというのならなおさら……」
「?」
ますますわからない、というふうに首をかしげるアーシャ。
「僕、ちょっと長老たちにもう一度会ってきます。やっていいかどうか許可を取らないといけないので——」
「わ、私も行きます! 私になにかお仕事をくださるんですよね!?」
「仕事……うーん、そうですね。仕事です。ではいっしょに行きましょう」
長老会に戻ると、7人はまだ残っていて戻ってきた僕らに驚いていたけれど、僕の提案を聞くと「それは面白そうだ」と乗り気だった。
許可はあっけなく下りた。
僕は明日の朝から出てしまうので、下準備は今日中にやってしまわなければならない。
「つまり、それは我らがいちばん最初に試さなければならないぬろ!」
と乗り気どころかだいぶ前のめりな感じだったので、
「明日の朝からやりますので、是非来てください」
僕は苦笑しながら言った。
さあ——「魔法」を駆使しまくって作る、「大浴場計画」のスタートだ。




