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「わっはっはっは! そうかそうか、君たち地底人とダークエルフがキミドリゴルンをこの家に戻す後押しをしてくれたというわけぬら! ありがとうありがとう! 是非ともゆっくりしていってくれたまえぬら! ん? しかし地底人にしては色が濃いし、ダークエルフにしては色が薄いぬ……?」
「あなた。そんな細かいことはいいじゃありませんか」
「確かに! 種族や肌の色など些細なことぬら! わっはっはっは!」
キミドリゴルンさんのお父さんは、もちろん竜人族で、大柄で、大雑把な感じの人だった。下顎に一本の茶色の線が模様として入っているのが「チャーミングでしょ? きゃっ」とおばさんが言っていたのだけれど、ごめんなさい、全然わからないです。
食卓に並べられた食事は思いのほか豪勢だった。
80センチはありそうな川魚を煮込んだものに、ウサギのシチュー、山盛りのパン……田舎の豪邸メニューと言ったら失礼かもしれないけれど、荒廃しつつある世界でこれだけのものを出せるのならすごい。
(よくよく考えるとマッチョな人も多いから、食事には事欠かないんだろうか?)
そんなことを考えながら料理をいただく。魚は香草が効いてさっぱりしていて特に美味しかった。
「それでキミドリゴルンよ、この家に戻ったということは竜人軍に戻る決断をしたというわけだぬ?」
「……そういうわけじゃないぬ」
「む? ひとたび家を旅立つなら、研究成果が出るまで帰らないと言ったのは他ならぬお前だろう」
「成果は……出ないことも、なかったぬ……」
「おお、そうぬら!? どれ、私に見せてみなさい! どうした、キミドリゴルンよ!」
「そ、それは……」
冷や汗をかきかきキミドリゴルンさんが僕をチラリと見る。
……そうだよね。卵がゆでてあるかどうかを判別するキットを作ったなんて、僕が卵を回転させた後では言い出せないよね……。
なんかごめん!
でもここで意気揚々と出して、お父さんに「卵を回したらいいだろ」と言われるほうが地獄だよね?
「あなた。お客様の前ですよ」
「おお……そうであったぬ。この話はまた今度にしよう。——それでレイジくんと言ったぬる? 君は竜人軍に入るか?」
太い首をねじってキミドリパパが僕を見る。
「すみません、竜人軍というものもよくわかりません」
「おお! そうかそうか。竜人軍は外敵からこの都市を守り、生きる竜人を守るための部隊だぬ。正規所属で1,000人がいてな、モンスターを狩って肉を持ち帰るのがいちばんの仕事だ」
なるほど。1万人の都市に1,000人が軍隊ってどういうこと? と一瞬思ったけど、食肉生産の一次産業と、警察も含んでいるのなら十分納得できる。
「我らは日々、モンスターの生態を調査し、仮説と検証を繰り返し、最適なモンスター狩猟方法を編み出すべく研究しているぬら!」
僕は驚いた。
まさかこんなところで仮説と検証——いわゆるPDCAを回すような人たちに出会えるなんて。
竜人族は理知的な種族なのか?
「あなた。今の最新の狩猟方法を教えて差し上げたら?」
「おお、そうだな」
「えっ、いいんですか?」
思わず聞いてしまった。だって、最新の研究成果を初めて会った人に教えてもいいんですかと思っちゃうよね。
「構わん、構わん! 6年掛かった研究が先月実を結んでな——それは、こうだ」
キミドリパパは握り拳を持ち上げ、力こぶを作って見せた。
「頭を破壊すれば大抵のモンスターは倒せるんだぬ!」
わっはっはっは——と響く高笑い。
真顔になる僕。
どうしたらいいのでしょう、という顔をするアーシャ。どうしたらいいかなんて僕にもわからない。むしろ「大抵」から外れる、「頭を破壊」しても死なないモンスターがいることにびっくりだよ。
そう言えばキミドリゴルンさんの自信満々の「研究成果」がアレだったんだから、キミドリパパだってアレな可能性も十分考えられたんだよな……。
「で、竜人軍に入るか?」
今の流れでは入ろうとは思えないよね?
「えーっと、いえ……いつまで町にいるかもわからないので」
「ふうむ。町を出ても行くところはあるまい。秘境でふたりで暮らすのかぬ? 愛する者とふたりきりの生活か! 男の夢ではあるな! わっはっはっは!」
キミドリパパ、止めて。アーシャが真っ赤になってうつむいてる。
「あ、あの! そういう関係じゃないんですよ、僕たち」
あれ? アーシャが唇を尖らせてそっぽを向いた? どうして?
「あなた。暴走しすぎですよ」
「すまんすまん! てっきり勘違いしておった!」
「これからふたりでじっくりと、ということでしょうぬ」
「おお。そうかそうか……」
なにがそうかそうかだ。
「ではやはり竜人軍に入るか?」
「入りませんて」
ぐいぐい来るな、この人!
「それよりうかがいたいんですが、『裏の世界』、『盟約』、といった言葉に聞き覚えはありませんか?」
「ふむ? 私は知らないが、竜人族長老会なら知っている者もいるかもしれんぬ」
「竜人族長老会」
なんだろう、その、知恵を持つ古老が集まってそうなワードは!
これは期待できるんじゃなかろうか。
「その長老の方々はどちらにいらっしゃるんでしょう?」
「長老会は今、竜人軍で研究に出ている」
「……はい?」
「あなた。一般の方に『研究』という概念はわかりにくいかもしれないぬ」
「おお、そうかそうか」
いや「研究」くらいわかるから。気になったのは「長老」が「軍」でなにしてるのかってことだから。
「つまるところ、長老たちは遠征中で、軍の最前線でモンスターを屠っておる!」
……長老会に寄せられた僕の期待は瓦解し始めた。
「いやはや、実はな、ここ数年獲れなくなっていたチョチョリゲスの群生地を見つけたんだぬ。これは全部漏らさず狩っておかねばなるまいということで遠征作戦が始まったのだ。私は公正なる『三叉交戦』によって留守番と決まってしまったが」
「『三叉交戦』……?」
「うむ。拳と、開いた手のひらと、二本指とがあって。『サンサンサンサのチッチッチー』というかけ声で……」
「ああ、もういいです。大体わかりました」
ジャンケンのことかよ! なにちょっと小難しく「三叉交戦」とか言ってんの!
「それより、そのチョチョリゲスですが……鳥、なんですよね? 簡単に獲れるんですか?」
「うむ。飛べない鳥だから囲めば倒せる。肉は美味で卵は栄養たっぷりだぬ。しかし私が子どものころには毎日飽きるほど食べていたチョチョリゲスも、最近は見かけなくなってな。先日見つけた小規模な群れも、数か月ぶりだったぬ」
その卵は、キミドリゴルンが必要としていたからくれてやったが——と高笑いするキミドリパパ。
だけど僕は、すさまじくイヤな予感に襲われていた。
アーシャを見ると、彼女も同じ顔をしていた。
「初めてお会いしてこんなことを言うのは恐縮なんですが……」
とはいえ、言わずに済ませたらあまりに寝覚めが悪い。
「そのチョチョリゲス……絶滅しかけているのでは?」




