後日譚(1)
★ 六天鉱山 ★
キースグラン連邦アッヘンバッハ公爵領にある「六天鉱山」は、4年前、奴隷の暴動と竜の襲撃により崩壊していたが、1年も経つと新たな奴隷、新たな冒険者たちによって再稼働していた。
これは領主による天賦珠玉の「買取額引き上げ」が行われたことが大きい。金のニオイを嗅ぎつけた冒険者や商人が集まり、今では以前よりも盛んに天賦珠玉の採掘が行われていた。
「美味いよ美味いよ、こんなに美味い串焼きは領都でも食えないよ〜」
「手の空いている冒険者はいねえか! 明日から10日間潜る!」
「奴隷ども、こっちへ来い。もたもたするな」
かつて鉱山の入口には巨大な空洞があり、天頂部分だけがぽっかりと穴を空けていたが、今は完全に崩れている。このひろいスペースに、いくつもの宿舎、いくつもの雑貨屋、飲食店、酒場、それに鍛冶や加工職人が店を構えている。
ただ、左右の絶壁は残っているので、
(まるで、追い込み漁だ……)
奴隷のひとりは空を見上げてそう思う。この奴隷は漁村で育ったので、網を左右に「く」の字を作るように張って、外からばしゃばしゃと蹴立てて魚を追い込む漁を経験していた。
ここにやってくる人々が、鉱山という穴に吸い込まれていくのがどうしても、この奴隷には「追い込まれている」と感じられたのだ。
周囲を見ると、ぼんやりとした表情の少年少女の奴隷が多くいる。かつてここでは星の多い天賦珠玉を「狸穴」で発見し、そのため少年少女の奴隷を大量に動員していると聞いたことがある。
(星3つ以上なんて見たこともないけど……)
「六天鉱山」に来て日の浅いこの奴隷は、そう思う。日が浅いのに、漁村で真っ黒だった肌はすでに生白くなっている。日の光を見るのは夜明けと夕暮れどきだけで、後の時間は鉱山に潜っているのだから当然かもしれないが。
「——それはほんとうか?」
「——ああ。長距離通信でガセネタをふかすことはなかろうよ」
「——しかしなぁ……国をひとつ破壊するほどの巨大なモンスターなどと……」
頭がとんがった兜をかぶっている鉱山兵が話しているのが、奴隷の耳に聞こえてきた。
「——国ひとつったって、レフ魔導帝国は小国だし、半壊だ、半壊。ん、小国だと知らなかったのか? まあ、飛行船を造っているような国は大国だと思うよな」
「——でも天賦珠玉とは関係ないんだろう?」
「——ああ、4年前の事件は天賦珠玉と竜がやらかしたことだからな……念のため、警戒しろってことで連絡してきたようだ」
奴隷にはわからない単語ばかりだったが、不穏な空気が流れていることだけはわかった。
(海が見たい)
仲間の奴隷たちは、死の危険もゼロではないがさほどなく、食事もきちんと支給されるこの環境を楽しんでいるようだ。
小遣いも与えられ、出店で買い食いすることも許されている。
食うや食わずの生活をしてきた少年少女にとってみれば、十分「恵まれている」と思えるらしい。
(潮の香りが恋しい……毎日毎日鬱陶しいとすら思ってたのに)
だけれどこの奴隷は、飽きるほど潜っていた海を恋しく思うのだった。
今日も「六天鉱山」は平穏無事に暮れていった。
★ キースグラン連邦 首都ヴァルハラ ★
痩せこけた老人を、押しつぶしそうなほどに重厚な赤のマントに、天銀の杖。
それこそが広大なキースグラン連邦を治める盟主、ゲッフェルト王だった。
星6つの天賦珠玉発見の吉報から、転じて「六天鉱山」の崩壊に天賦珠玉逸失という天国から地獄へのフリーフォールを経験したのは4年前。あれからゲッフェルト王はさらに痩せこけ、白いヒゲと眉毛が伸びた。
彼の死を願っている人間は多く、とりわけ王太子である彼の息子はすでに70歳を超えているし孫もひ孫もいるような状況、実のところ玄孫も妊娠中であることを考えると、王位継承者は行列をなしているようなものだが、
「たわけが!」
ゲッフェルト王は、今日も元気に部下を叱りつける。
「半壊したレフに攻め込んで従属させるなぞ、愚にもつかぬ献策をよくもまあ口にできよるな。いいか、あの国が重要なのは、国土ではなくその知識と、迷宮から発見されたという英雄武装じゃ」
「はっ……」
叱られた臣下は頭を垂れて引き下がる。
夏の陽射しが射し込むこの会議室は、冷房の魔道具が稼働しているので非常に過ごしやすい。
長い長いテーブルの左右には連邦の代表者が並び、お誕生日席にいる枯れ木のような王をじっと見つめている。早朝、レフ魔導帝国に巨大モンスターが出現したという初報が入り、今は詳報が続々と届いているところだ。
キースグラン連邦は連邦国家なので完全な一枚岩ではない。だがゲッフェルト王が所属国を掌握しているので、彼がいる限りは盤石だった。
ゆえに、
(まだまだ死ねん)
そう、ゲッフェルト王が思うのも無理はない。
「それで、『裏の世界』とつながったのはほぼ間違いないようじゃな?」
「さようですな。『調停者』はおらんようですから、『盟約』外の想定外ということになりましょう」
王の右隣に座っているのは、こちらも老人だが筋骨隆々である。そのくせ魔法使いが着ていそうな紫色のローブを羽織り、ヒゲはなく、頭は一点の曇りもない禿頭である。磨いた宝珠をはめ込んだようなドングリ眼をじろり、じろり、と周囲へ向ける。
ゲッフェルト王が若いころから信頼し、そばに置いている人物で、肩書きは「天賦大臣」である。貴族位もなく、しかし「天賦珠玉」というこの国の根幹を支える組織のトップに据えられている。
「……大臣よ、そんなことはあり得るのか?」
「ないことはないでしょう。天賦珠玉に関しては『盟約』がすべてですが、世界のすべてが天賦珠玉に限ってはおりません。『裏の世界』から、稀に、こちらに渡ってくる者も確認されております」
「『九情の迷宮』を造ったというラ=フィーツァもそうだと?」
「計画的にか、偶発的にかはわかりませんが、状況を見るにそういうことでしょう。我らは『裏の世界』になぞ興味はありませんからな。ハッハッハッハ」
ドングリ眼を見開いて笑う大臣だが、居並ぶ誰も笑わなかった。
そもそもが「盟約」に関する情報は隠されており——それそのものがなんなのか知らない者も多く、また知ろうとすることすら許されていなかった。
こうして、王と側近だけが情報を独占している。
連邦代表者たちは「天賦珠玉に関することであろう」とは思っているものの、それ以上はわからないでいる。いったい、いつ、誰と交わした「盟約」なのかも知らない。
「レフ国上空からは大量のモンスターが降ってくる、というのはどう見る」
報告では、巨大モンスターを一度退けたものの、その後上空の赤い空は固定され、今もなおモンスターがあふれているという。
「それは、王よ。簡単なことでしょう。『裏の世界』は滅びの危機にある」
「封鎖は可能か?」
「難しいでしょう。しかし不可能ではない。『九情の迷宮』とやらが2つの世界に『穴を空けた』仕掛けであるのなら、それを研究すれば『穴を塞ぐ』手立ても見えましょう」
「ふむ……その知識、欲しいな」
「ハッハッ、王ならばそう仰せだろうと思いましたぞ。知識は力ですからな」
ゲッフェルト王は、左を向いた。
「軍務卿。連邦の総司令官として、飛行船を使わずに騎兵を10万集めるとしたら何日掛かる」
こちらは恰幅のいいカイゼルひげで、貴族位を持つ由緒正しい男だ。
「ふむむ……大急ぎとしても3か月以上は掛かりますぞ。これから実りの収穫期に入りますからな……」
「飛行船を使えば?」
「1か月あれば」
「うむ。ではそれでいくぞ」
ゲッフェルト王は、この日、早速レフ魔導帝国への軍事支援を決めた。




