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ダンテスさんの言葉に僕は驚いた。
そんな。
このトラップを攻略しなきゃ、迷宮の制覇なんてできっこないのに。
「ダンテスさん、僕は——」
「待て、まだ途中だ。……危険があるかどうかしっかり調べよう。たとえばレバーを引いてみるならここからでもできるんじゃないか? なにも確認せず奥の通路に飛び込むよりマシだろう」
「あ」
なるほど、それはそのとおりだ……僕はこのダンジョンを進むことにばかり意識が行っていたみたいだ。
「すみません……そのとおりです」
「いや、謝る必要はないさ。俺だってレオンのことで頭が冷えたんだ。アレがなければお前と同じように考えていたかもしれん……とりあえずやってみろ、ってな」
「一度でも通路の向こうが見えたらいいんですが、暗くてよく見えませんでした。トラップ発動からの、【火魔法】がいいかもしれないですね」
僕は【森羅万象】で記憶したものは忘れないという特技があるけれど、この通路はダンジョンの明かりの影響があるはずなのに暗くなっていて、突き当たりの壁の文字すら僕の【視覚強化】でも読めないくらいだ。
「レイジ、【火魔法】はあと何発撃てる?」
「……2、3発がせいぜいですね。しかも撃ったらすっからかんになって倒れるかもしれません」
「だろうな。仕方ない、一度ここで休憩だ。仮眠をとろう。俺も身体が少々しんどい」
僕の魔力とダンテスさんの身体を休ませるために改めて休憩となった。
ゼリィさん、ミミノさん、ノンさんの女性陣が交代で見張りをするからと僕とダンテスさんはしっかり眠るように言われた。
ジャガーノートとの戦いからここまで、思っていたよりもずっと僕らは消耗していたのかもしれない——目を閉じて数秒で僕は眠りに落ちた。
★ ゼリィ・ミミノ・ノン ★
「……寝ましたか?」
「ぐっすりっすね〜。坊ちゃん、なんか大人びてるから勘違いしがちですけど、これでもまだ14歳ですから。肉体はまだ仕上がってないっす」
「そうなんだよな……いつの間にかレイジくんに頼り切りだったりしてるときもあって、反省してるべな」
「ふふ。ミミノさんをよしよししてるときのレイジくんはまだまだ頼りがいはなさそうでしたよ」
「ふえっ!? あ、あれは、その……」
「いやいや、仲間が死んで泣くのは当然っすよ。たとえ憎しみ合った仲だとしてもねえ……」
「ゼリィさんはライキラさんと同じ傭兵団でしたものね」
「ええ。若旦那は最後にこんないいパーティーの人たちといっしょだったんだなって思えて、あーしもうれしかったですよ……」
「…………」
「…………」
「……なんかしんみりしちまいましたね。さ、おふたりも寝てください。最初はあーしが見張りやりやすから」
「うん。そうさせてもらうべな」
「ありがとうございます、ゼリィさん」
「……お礼を言いたいのは、あーしのほうっすよ。みんな人がよすぎるんだ。冒険者なのに優しすぎるんすよ……」
★
目が覚めると、魔力は8割がた戻っていた。5時間くらいは寝ていたみたいだ。
トラップの検証作業を開始する。レバーは真下に引くタイプなので、正面からロープを引っ張っても下げることができない。
だからジャガーノートの残骸を地面に置き、そこにロープを回す。
「ん……」
ジャガーノートの残骸を置こうとしたとき、かたん、とやはり床が沈み込むのを感じた。これ、もしかして重量を検知してるのかな? ここに立たなきゃレバーを引けない仕組みなのか。
残骸だけでは重量が足らず、床面はそのままだった。試しにロープを引いてみるとレバーは動かない。残骸を増やして床を沈み込ませると——。
『——畏怖セヨ——』
声が降ってくる。「魔力中和剤」を服用しているのに胸の奥をつかまれるような恐怖に近い感覚に襲われた。みんな苦しそうに顔をしかめている。
ここのトラップ、威力が強めになってるのか。
「通路が動いたぞ!」
ダンテスさんが言ったとおり、地響きとともに通路が閉まっていく。突き当たりの壁面には低いながらも新しい通路が確かにできていた。
僕は腹ばいになり右手を突き出し【火魔法】を発動、正面に飛ばす。火の玉が地面すれすれを、狭まっていく通路をすり抜け新しい通路へと吸い込まれていく。
「!」
数メートル先で通路の四角い枠が消えた。広い空間に出たのだ。さらに10メートルほど進んで火の玉は壁面にぶつかって弾けた。
その空間は部屋のようだった。小さな柱のようなものが見えたけれど、細かいところまではわからない。
「顔」で埋め尽くされた壁面は、閉じられた。
「み、見たか!? 向こうは部屋だったな!」
「!?」
耳元で声がしたんだけど、いつの間にかミミノさんが僕のすぐ隣で同じ格好をして向こうを見ていた。
「部屋だったのか? 俺はそこまで見えなかったな」
「お父さん、そろそろ目が悪くなってきましたしね」
「確かに部屋っぽいところがありやしたよ」
僕の後ろではダンテスさん、ノンさん、ゼリィさんがしゃがんでいた。
結論としては、やはりトラップを発動してあの細い通路を四つん這いで行かなきゃいけないってことだろう。ダンテスさんは装備品を全部外せばいけるかもしれないけど、さすがに無理で、ゼリィさんとノンさんはぎりぎり。
「僕、行きたいです」
そうなるとやっぱり僕の出番だ。
「……わたしのほうが小さいんだけど、でも、適任かどうかで言えばやっぱりレイジくんなんだよなぁ……」
ミミノさんが複雑そうな、切なそうな顔をする。
「レイジ……心苦しいが頼んでもいいか?」
「心苦しく思う必要なんてないです。それを言うなら、僕だってダンテスさんが盾で守ってくれるたびに申し訳なく思わなくちゃいけないじゃないですか」
「それは……」
むう、と眉根を寄せたダンテスさんは「最近はお前、守らせてもくれんじゃないか」と渋い顔で言った。確かに。戦闘になると僕はゼリィさんといっしょに遊撃するしね。
「だから、行かせてください」
最終的にはダンテスさんも折れて、僕はひとり、通路が再度開いた後のレバーのところまでやってきた。「……成長した男の子の父親の気持ちがわかるぜ……」とかなんとかぶつぶつ言ってたけど。
なにかあっても大丈夫なように改めて腰にはツタを巻いた。「魔力中和剤」の効力も続いている。
先ほど置いておいたジャガーノートの残骸はきれいさっぱりなくなっている。
「行きます」
僕の足元の床はすでに沈んでおり、レバーに手を添えた。
みんなが注目するなか、レバーを下ろす——瞬間、僕は気がついた。
レバーの表面に赤い線が1本と黒い線が2本、浮かび上がっている。
その赤がなんらかの反応で黒に切り替わった。
(3本の黒……もとは3本の赤だった? 赤が黒になる。もう赤には戻らない? もしかして)
これは、「残り回数」なのか?
すべて黒になったら……どうなる? もうチャレンジできなくなる?
(いや、このダンジョンの性質を考えると——循環システムができている。もう二度とチャレンジできないということは考えにくい——)
考えられるのは、そこまでだった。
『——畏怖セヨ——』
「ッ!?」
僕は上からのしかかってくるような重圧に膝をついた。
なんで。確かにここのトラップはこれまでの感情攻撃よりもキツかったけれど、「魔力中和剤」を服めばなんとかなるはずだった。
「!」
目の前にある床を見て気がつく。
沈み込む床。
ただレバーを引くためのスイッチに、こんなものを作るだろうか?
(この床にも魔術が掛けられてるんだ)
空気中を伝って仕掛けてくる魔術だけでなく、床からも直接魔術が発動する。
二重の仕組みになっているのだ——。
「レイジ!?」
汗が噴き出した。身体が震える。
腰のロープがピンと張る。
「——大丈夫!」
負けるか。
こんなトラップに、負けるか。
ミミノさんの作った「魔力中和剤」だぞ。
膝に力を入れる。
行け、行け、行け、行け! 立ち上がれ、僕!
「うおおおおおっ!」
背筋を伸ばし、僕は叫んだ。
「ダンテスさん!」
通路は70センチほどまで閉まっている。
僕の視界には心配そうな顔のみんなと——その背後に、霧が発生するのが見えていた。
「後ろ、気をつけて……!」
僕は通路の奥へと走り出す。ヘッドスライディングをするように、低い穴へと滑り込む。
ここでは振り返ることもできない。だけど声なら、まだ、届く……!
「敵が来ます!!」
そう、3本の黒い線を赤に戻すには、もう一度この通路を開くギミックをこなさなければいけない。
このダンジョンの循環システムなら、新しいオートマトンを再製造したとしても不思議はない。
ダンテスさんたちのいる大部屋に、ジャガーノートがもう一度出現する可能性は——極めて高いのだ。




