5
朝にも更新しているのでご注意ください。
* 冒険者たち *
「……寝たか?」
「ああ、寝たみたいだ」
ダンテスがたき火に枝を足しながら聞くと、横になっているレイジの隣に座ったミミノはそう答えた。
たき火の番は順番制で、今はダンテスの担当なのだがミミノはレイジが眠るまでそばで見守っていたようだ。
「奴隷の子か……この辺りならば天賦珠玉の鉱山にいたのかもしれん」
「どこだっていいべな。こんなに小さい子を奴隷として働かせるなんて……それにこんなに痩せっぽっちで……安売りしてた干し肉を、あんなに美味しい美味しい言って食べて……」
ミミノが手を伸ばし、ぼさぼさのレイジの髪の毛を目元からどけてやる。
「ミミノ。哀れな者に手を差し伸べるのはお前の美徳でもあるが、ほどほどにするんだぞ」
「……それは一般論? それともダンテスの経験からくる知恵?」
「一般論でもそうだし、俺の経験からもそうだ」
「仲間をかばって石化したダンテスを、わたしは見放したりはしないさ。……みんなのようにはな」
「…………」
「…………」
ふたりは物思いに耽るようにたき火を見つめていたが、
「そろそろ寝ろ。明日眠くっても知らんぞ」
「……うん、そうする」
ミミノはレイジのそばに毛布を広げると横たわり、目を閉じた。
「レイジくんだってわたしは見放さないさ。わたしが守るべな……」
* *
どうやら僕は「相当かわいそうな子」としてこの冒険者パーティーに迎え入れられたようだ。確かに、まぁ、奴隷の見た目で安い肉にがっついて泣いてればそうもなるよね。
冒険者は数人でチームを組み、それを「パーティー」と名乗り、「パーティー」単位で依頼を受ける。このパーティーの名前は「銀の天秤」というらしい。元々ダンテスさんとミミノさんが同じパーティーで活動していて、実力者であるダンテスさんがメデューサの呪いを受けたことでそのパーティーが空中分解したのだとか。
それから、ダンテスさんは娘のノンさんの治療を受けたが石化は治らず、光天騎士王国を目指すことになった。同じパーティーだったよしみでミミノさんも含めて3人で「銀の天秤」を結成し、旅の途中で獣人のライキラさんを拾ったとダンテスさんは言っていた。
「ライキラは、レイジ、お前と同じ……空腹でぶっ倒れていたのをミミノに助けられたんだ」
「そうなんですか?」
「アイツは助けられてからも『俺みたいな怪しい獣人を助けるお人好しは見てらんねーよ』とか言ってな、それで『銀の天秤』についてきた。ライキラの動き、見ただろう? あの運動能力はすさまじく高い。きっと名のある傭兵か冒険者だったに違いない」
名のある傭兵か冒険者だったらしいライキラさんはじっと僕を見ていることが多かった。僕が疫病神であることを警戒しているのだろう——そう考えると悪い人じゃないのかもしれない(お上品だとは言っていない)。
ギットスネークが落ちてきたときにたき火のそばにいなかったのは、周囲にモンスターがいないかどうか索敵をしていたらしい。獣人は感覚に優れているのでライキラさんが索敵を買って出ているようだ。ギットスネークもライキラさんが近くにいればすぐ気づいたし、ふだんならダンテスさんやミミノさんも気づくレベルのものなのだが食事の準備で注意が散漫だったようだ。
「ライキラは獣人だし、ミミノはハーフリングだ……キースグラン連邦はヒト種族による連邦国家だからな。亜人に対して偏見が強い」
ダンテスさんは渋い茶を飲んだような顔で、そう言って話をしめくくった。
「銀の天秤」は森の中を進んだ。街道ではなく森だ。そのほうが面倒がなくていいということだった。僕は知らなかったが、それくらいヒト種族は排他的なのだ。
「よし、できたっ。レイジくんちょっと来るベな〜」
翌日の夜、森の中でたき火を囲んでいるとミミノさんに呼ばれた。
「はい、これ。足りないところは端切れを足したからちょっと色がちぐはぐだけどな、今着てる服よりはマシだべな」
ミミノさんは僕の体型を測り服を調えてくれたのだ。前で合わせて腰紐で縛るタイプの服は、ベースが臙脂色で肘から先が緑というなかなか奇抜な色だった。
「い、いいんですか……?」
だけれど僕にとっては、誰かが僕のために服を調えてくれたことも、繕ってくれたことも、こちらの世界ではなかった。
「もちろんだよ〜」
「げーっ、なんだそりゃ。俺なら恥ずかしくて着てらんねぇ……って」
通りがかったライキラさんが絶句している。僕はもらった服を抱きしめてまたしても泣いてしまった。ああ、よくないな。僕はなんだか涙もろくなってる。もっとちゃんとしなくちゃいけないのに……。
「ほらほら、早く着るべな!」
「あ、ちょっ」
僕はミミノさんに服を脱がされる。彼女の目も少し潤んでいたのは気づかなかったことにしたほうがいいかもしれない。
「身体も垢だらけだからついでに洗っちゃうよ」
「え、ええっ?」
頭を下げた僕の後頭部に冷たい感触があったと思うと、だばーと水が流れて出た。あれ? 今、ミミノさん水なんて持ってなかったよな? ていうか今日の鍋に入っている水も、どこかで汲んできた感じじゃないよな?
「あ、あの、この、水って、その」
わしゃわしゃとミミノさんに頭を洗われながらたずねると、
「ああ、これはわたしの【生活魔法★】だよ。見たことない?」
「ない……ですね」
「こうして飲料水を出したり、火をおこしたり、風を吹かせたり、竈を作ったり、服を伸ばしたり……できることはいろいろ多い、文字通り生活に即した魔法だな」
「ユニーク特性のスキルですか?」
「うん。冒険者をやるならパーティーに1人か2人、これを持ってるのがいるだけでずいぶん楽になるべな——これでよしっ。次は背中」
「あひゃっ」
濡れた髪には布きれが掛けられ、僕が拭いている間に背中をこすられる。どうもこの人は僕を子ども扱いしたいらしく、さすがに他のパーティーメンバーがいるところで貧相な身体を晒すのは……すでに高校生まで経験している僕からすると恥ずかしいのだ。
「あ、あの、ひとりでできます」
「子どもは遠慮なんかするもんか」
「いえ、あの、もう10歳ですし」
中身は16歳だけど。
「え!? 10歳!? てっきり5、6歳かと思ったべな」
「そんなにミミノさんと変わらないですよ……」
「むむっ!? 変わりますー! わたしはもう20歳ですからー!」
ミミノさんが唇をとがらせ顔を赤くすると、
「ぶはっ! どう見たってミミノは13、4歳だわなあ! あっははははは——いでっ」
ライキラさんが大笑いし、ミミノさんの投げつけた石を頭に食らっていた。
ミミノさんは僕より頭ひとつ大きいくらい。数字で言えば150センチはないだろう。
いや、だけどミミノさんは20歳……? 日本だとお酒飲める年齢? すごいな、ファンタジー。ミミノさんが缶ビール飲んでたら犯罪臭ハンパないんだけど。ちなみにダンテスさんは35歳で最年長、娘のノンさんは16歳。ライキラさんは18歳ということだった。ノンさん……世界が違えば僕のクラスにいたかもしれないのか。そう考えるとすごいな、なんか。彼女は着ている服がだぼっとしているのでわからないけれど、胸がとても大きいのだ。男子は彼女に夢中になるだろうね……。
逆にミミノさんは絶壁だけれど、まあ、うん、はい。ノーコメントで。
身長順に見ると、ミミノさんより大きいのがノンさんで、女性にしては少し大きいくらいだ。もしかしたらもっと成長するのかも。ダンテスさんとライキラさんはぶっちぎりで大きい。
ミミノさんからすると自分が今までいちばん小さかったから、さらに小さい僕が現れてうれしいのかもしれない。でも、それと僕の羞恥心とは話が別だ。
「おお〜。似合うベな! でもすぐに大きくなるかもしれんねえ」
僕が服に袖を通すとミミノさんがそう言って喜び、ノンさんがにっこりと微笑んでカミソリを手に近づいてきた……。
「な、な、なんですか……?」
「髪を切りましょうね」
あ、ああ、髪か……びっくりした。この人、なにを考えているのかわからないところがあるから、刃物を持っているのを見るとぎょっとするんだよね。
しばらくショリショリされると、
「うん、よし」
「お〜」
髪がだいぶさっぱりした気がする。奴隷のときは伸びっぱなしで、邪魔になったら適当に切ってたくらいだしね……。
ぱちぱちとミミノさんが手を叩いているのを見るに、多少はマシになったんだろうか?
「え、えーっと……改めまして、よろしくお願いします」
「うん、よろしくな〜レイジくん」
「よろしく」
「よろしくね」
「……チッ」
ふて寝するように横になっていたライキラさんだけは舌打ちが返ってきて「ライキラ!」とミミノさんにお尻を蹴っ飛ばされていた。
次は夕方にも更新できそうです。




