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レオンが吐いたウソは簡単なものだった。ポリーナさんが「通路を進んでオートマトンを連れてきた」というその1点だ。
まずオートマトンは通路に発生しない。通路から現れる場合もあるけれど、それは部屋に入り、ある一定の場所まで行くと勝手に向こうから出てくるのだ。僕の勘違いもあるかもしれないと思って今日1日は黙っていたけれど例外はなかった。
だからレオンが言ったように通路にいたオートマトンを連れてきたというのはおかしいのだ。
「ほぉ〜。あーしはただ単に、あの男がうさんくせーなーって思ってただけでしたけど」
「まあ、それも必要な直感かもしれませんけどね。僕が最初に思ったのはみんながトラップに掛かったのを見て、よし、敵を連れてこよう! なんて思わないだろうなってところでした。もし思ったとしても部屋を抜け出して通路に入ってまで連れてくるかって話で」
「そう言われれば確かに……。でもポリーナさんがパーティーを全滅させたいと思ったらやるんじゃないですか?」
「そこそこの距離を進んで、通路の先の次の部屋まで行かなきゃオートマトンはいないんですよ。いるかどうかもわからないし。そんな時間掛けてたら、『黄金旅団』も落とし穴から復帰してるでしょう。第一、ポリーナさんがパーティーを全滅させるという動機がないですよね。殺したいほど憎んでたって感じの人でもなかったし」
「じゃ、レオンはなんでウソを?」
「それは……」
パッと思いつく可能性は2つ。
1つ目は単純に、「落とし穴に落ちた」ということが恥ずかしくてそう言ったか。でもそれだと、ポリーナさんを槍玉に挙げる意味がない。後でポリーナさんに遭遇したときに要らぬ摩擦を生むことになる。
2つ目は同情を惹こうとしたか。ポリーナさんの言葉が正しければ半数程度は落とし穴に落ちたので、レオンもそれに含まれる。「裏切られた。助けて欲しい」と言えばケンカした「銀の天秤」も同情して保護してくれると思った。
なんだか2つ目のほうがしっくりくるな。
でも……。
「坊ちゃん?」
「あ、いえ、なんでもないです。わからないですね。あとで本人に聞いてみましょうか?」
「ナハハハ。『お前のウソはバレバレだ』って言ったらレオンはびっくりするでしょうね〜」
「…………」
僕は2つ目の可能性を考えつつ、なにか違うような気もしていたけれど、それはわからなかった。
「坊ちゃん、見て欲しいのはこの先です」
ゼリィさんはレオンのことを話すとすっきりしたのか、先を進み始めた。
魔導ランプの明かりも霧に遮られていたけれど、向こう側の壁が見えてきた——壁、確かに、壁だ。
「なっ……」
僕は唖然とした。
これは、ゼリィさんが判断に困るのもわかる。
目の前にそびえ立つ、高さがわからないほどの壁。
光が照らしだしたそこにあったのは——数十という、「人の顔」だった。
苦しみ、嘆き、悲しみ、絶叫するような人の顔が並んでいる。まるで生きているかのような色をしていて、【森羅万象】がなければそこに本物の人が埋まっているのだと思ったに違いない。
顔はあまりにもリアルだった。
そこにある顔はレフ人が多かったけれど、それだけではなかった。
「『黄金旅団』の人たち……」
ちらりと見ただけでも僕は覚えている。
5人のヒト種族の顔は確かに「黄金旅団」のメンバーだった。泣いている女性、苦悶にうめく男性、畏れるように顔をゆがめる男性、観念して目を閉じる女性、憎しみの目を向ける女性——。
「こんなん、いきなり見たら卒倒しますよねぇ」
どくん、どくん、どくん、と心臓が早鐘を打つ。
なんだ。この強烈な違和感は。なんなんだ。
僕はなにを見落としているんだ。
「……坊ちゃん? どうしました?」
そのヒト種族の顔の近くには、一度は見たことのあるレフ人の顔があった。他種族だからみんな似ているように感じられるけれど、この顔は見たことがある気がした。
そうだ——この人は、「黄金旅団」を雇ったレフ人だ。
「坊ちゃん。顔、真っ青っすよ!?」
なんでだ? なんでここに全員いる?
ポリーナさんとレオンをのぞく全員がここにいる。
これは一種のトラップなのかもしれない。いや、トラップの一環であることは間違いないだろう。だけど顔を模写するような真似ができるならレオンやポリーナさん、それに僕らの顔があったっておかしくないではないか。
(そう、か……)
僕は気がついた。
この顔が意味するところに。
「——なんだこりゃあ!?」
そのとき背後から声が聞こえた——ここにいるはずのない、レオンの声だった。
「おい、レオン! お前どういうつもりだ。ここは偵察をゼリィとレイジに任せる、と……」
ぽかんとするダンテスさんはレオンを追ってきたに違いない。どうせダンテスさんが止めるのも構わず抜け駆けしてきたのだ。
だけどさすがのレオンも、ダンテスさんも、この壁には——そう、この「畏怖の壁」には思わず足を止めた。
「ダンテスさん、この壁は——」
僕は言いかけて、気がついた。
レオンの顔が驚きから一転し、こわばり、殺気立ったのだ。
彼は、長剣を抜くと、
「——ダンテスさん、避けて!」
横にいたダンテスさんの腹部に剣を突き刺した。
「レ、レオン……」
「——まさかこんなところでバレるとはな」
あ——。
そうだ、レオンにはわかったのだ。
ここにある顔は、すべてが死に顔なのだと。
なぜなら、「黄金旅団」のメンバー、商会の雇い主が死んだところを彼は目撃したから。
いや——たぶん、彼が殺したのだ。
「レオンンンンンンンンン!!」
とっさに身を引いたダンテスさんから剣が抜かれ、血が噴き出す。
レオンは長剣を上段から斬りつけたが、体勢を崩しつつもダンテスさんは大盾でその一撃を受ける。
火花が散って甲高い音が響き渡る。
「——ちょっ、敵か!?」
「お父さん!?」
最悪のタイミングだ。ミミノさんとノンさんが霧の向こうから現れる。猫チャンの速度に合わせたせいでふたりは遅れてきたのだろう。
僕はいつでも魔法を飛ばせるように両手に【火魔法】を展開していたけれど、ダンテスさんとの距離が近すぎて撃てなかった。
レオンの口元がいびつに歪むと、彼はノンさんへと走りその背後から片手でノンさんの首を締め上げる。突然のことにノンさんは反応できない。
「っ!? な、なん……」
「お前ら動くなよ! そこのガキ! お前は魔法を消せ!」
「…………」
両手の魔法を解除すると、レオンは小さく安堵の息を吐いたようだった。
「レオン!? どういうことだべな! ダンテスを斬ったのはお前か!!」
「動くんじゃねえ、ミミノ! 治療のために動いたら、ダンテスの娘の首と胴体がオサラバすることになるぜ!」
「お、お、お前はッ! わたしたちになんの恨みが!?」
「恨みなんかはねえが、アレが出てきちゃどうしようもねえ」
ミミノさんはレオンの視線を追い、壁を見やり——そこに「黄金旅団」のメンバーを見つけて凍りつく。
「ジャ、ジャスティン、シンシア、それにマーフィーの顔が……!?」
その3人はきっとかつてミミノさん、ダンテスさんとパーティーを組んでいたメンバーなのだろう。
「3人は……いや、『黄金旅団』は俺とポリーナを残して全員死んだ」




