25
エルフのポリーナさんは「黄金旅団」の中でも少々浮いた存在だった。加入して日が浅いことはもちろん、エルフの森以外ではなかなか見かけない種族でもあり、その美貌もまた特徴だった。
彼女は自身の見た目を晒してもろくなことがないことをよく知っていたので——誘拐されそうになった経験は何度もある——常にフードで顔を隠していたようだ。
「……アナスタシア殿下」
ポリーナさんは、ムゲさんの商会前で「アナスタシア様」と呼びかけ、跪いた。殿下のほうはポリーナさんを見て悲しそうな顔をしていたけど——ふたりがあらかじめ顔見知りだったことは疑いない。
僕はそれよりもルルシャさんのことで頭がいっぱいだったから、それ以上は気にもしなかったけれど。
「あぁ? なに殿下だって?」
「アナスタシア殿下だ。ハイエルフの王族で、この帝国にいらっしゃるそうだぞ」
ダンテスさんが言うと、レオンは目を丸くする。
「なんだ? するってーと、ポリーナにとって俺たちゃそのアナ殿下に会うための踏み台だったってワケかよ? だからって裏切ることはねえだろうよ」
「詳しいことはわからんが、そうでもしないとアナスタシア殿下に会いに行くことも難しいとでも思ったのではないか?」
「ううむ……」
「……どーせレオンあたりがポリーナさんにちょっかい出したんだべな。それで手ひどく裏切られたんだ」
「ちっげーよバカハーフリング。俺じゃなくてポリーナにちょっかい出してたのは盾役の……ってそれはいいんだ。ともかく、ポリーナは無事で街に戻ってるってことか?」
「無事ではなかったべな。あと一歩間違ってたら彼女も死んでたな」
「マジかよ」
ミミノさんの言葉にレオンがまた驚いたようにのけぞる。いちいちオーバーリアクションな人だ。
「ムゲさんは大丈夫でしょうか」
ぽつりとノンさんが言った。
「たぶんですけど、ポリーナさんの目的がアナスタシア殿下ならムゲさんは問題ない——というかほっとかれるんじゃないですかね。どうしても必要な護衛というわけではないので、ムゲさんになにかあることはないと思います。ただ、早めに帰ったほうがいいですね」
「そうだな」
僕の言葉にダンテスさんがうなずくと、
「それじゃあ、進むか、戻るかの2択だ。進む場合は正面と、右と、どっちの顔を選ぶかという問題がある」
「財貨っすよ!」
「そりゃお前財宝だろ!」
ゼリィさんとレオンのふたりがほぼ同時に手を挙げる。いや、レオン氏? いっしょについてくる気満々ですか?
「おいおい、ダンテス。お前んとこのパーティーにも話がわかるヤツがいる……」
ぽんぽんとゼリィさんの肩を叩きながらレオンが凍りついた。
「あああああああ! お前! バクチでイカサマやりやがった猫獣人じゃねえか!」
「はぁ〜? バクチにイカサマもへったくれもないんですけどぉ〜? 勝ったあーしが強くて、負けたアンタが弱いだけでは?」
「てめっ!」
「ナハハハ」
そう言えば帝国に入る前にそんなことやってたっけ。
レオンが手を伸ばすとひらりと跳んでゼリィさんがかわしている。ふらついてるレオンがゼリィさんを捕まえられることはないだろう。
「うるさい、レオン。ゼリィもからかうな。お前たちの意見は今回は聞かないからな」
「ちょっ、ダンテス!」
「そんなぁ!」
「……戻るという選択肢はどうだ?」
ダンテスさんに聞かれ、
「ポリーナさんがなにを考えているのかわかりませんが、ムゲさんに危険がある可能性は低いので、今は進みたい……と僕は思っています」
「わたしもそれでいいべな」
「はい。私もです」
ミミノさんとノンさんも同意してくれる。
「じゃあ、次に開けるのは……」
右の「真実」にチャレンジすることになった。
レオンを放置していくことはさすがに寝覚めが悪いので、彼もついてくることとなった。戦闘には協力するがその代わり報酬の取り分はナシ——と伝えるとめちゃくちゃブーたれたのだけれど、「じゃあひとりで帰れ」とダンテスさんに言われ、「それなら働きに応じて金をくれ! あと『黄金旅団』を見つける手伝いをしてくれ!」と粘る粘る。
交渉が長引いても時間の無駄なので、「戦闘には協力する」、「仲間を見つけたらそっちに合流する」、「がんばったらご褒美」というふわっとした条件でまとまった。
これで後になって「ご褒美が足りない」とか言い出したら、ほんともうね、許さないよ? ゼリィさんをけしかけてお尻の毛までむしってやる。
「それじゃ、触ります」
僕は右の顔、『畏れとともに真実を求める者』と上唇に書かれた顔の前に立った。
ダンテスさんとゼリィさんは先ほどと同じように警戒したけれど、レオンは腕組みして突っ立っていた。
彼の武器は長剣で、僕の身長ほどもある細身の剣を背負っていた。穴に落ちても武器は絶対に手放さなかったらしい。
僕は手を伸ばし下唇に触れ、そのまま背後に跳んだ。
『…………』
さっきは笑い声が聞こえたけれど、今度は——にんまりと、唇をゆがめ、目尻が下がった。相変わらず薄気味悪い顔だ。
すると、顔がずるずると壁面上をスライドしていく。上へと。そこにぽっかりと通路が現れた。
「続いているみたいです」
さっきのどん詰まりの場所とは違って、こっちは通路が奥へと続いているのが見える。
「あんな暗がりに閉じ込められるのはごめんだぜ……」
レオンはぼそっと言った。穴に落ち、オートマトンに追われたレオンはこの部屋にたどり着き、必死の思いで「左」の顔を触ったらしい。そして命からがら飛び込んだそこは、どん詰まり。それでもオートマトンの追撃はかわせた——ということらしい。
それはともかく、僕らは先へと進むことにした。
長い通路はカーブしつつゆるやかな上りの坂道となっている。
「……坊ちゃん」
「ええ。空気が変わりましたね」
これまでのひんやりとした——ここは地中なので夏だというのに涼しささえ感じられた——空気から、湿気が抜けた感じがある。それに壁面の雰囲気もおかしい。今までの、コンクリやモルタル感のあったものから岩石をくりぬいた地形へと変わっていったのだ。それと同時にダンジョンの特徴でもある壁面の発光が消え、暗闇を、魔導ランプの明かりを頼りに進むこととなった。
風が向こうから吹いてくる。暑さを感じる風——外気が。まさか外に出るのだろうか? こんな中途半端な場所で?
「わ……」
そこは岩をくりぬいてできた天然の踊り場のような場所だった。天井は低く、向こう側に通路が続いているが、右手は崖になっていた。
かすかな光が天から差し込んでいる。ホコリが舞っているのが光に見えた。
「なんだここは……」
巨大な空間だった。崖の下も、先も、見えない。ただ静かな大空洞がそこにはあった。
(そう言えば……こんな場所が「六天鉱山」にもあったっけ)
あのときは崖の下を見ると冒険者が戦っているのが見えたんだ。派手な魔法を使っていて、僕にはそんなもの縁はないなと思っていたのに。
「お客さんがいるようだぜ」
レオンに言われるまで気づかなかった。そいつらは踊り場側の壁面に擬態するように張りついていたのだ。
体長は2メートルほどの、黒い肌。オオサンショウウオを彷彿とさせるのだけれど、
「なんだべな、あの顔は……」
顔の部分に顔がなく、3センチほどの触手がうごめいているだけだった。
鈍重そうだが、問題はその数だ。
100匹ほどはいるだろうか。
「坊ちゃん。崖のほうにもいますぜ」
「え」
ぞろり、と這い上がってきた触手ヤモリが崖から顔を出した。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
僕らは顔を見合わせると、
「向こうまで走れ!」
ダンテスさんの号令で反対側の通路入口目指して走り出した。
同時に、触手ヤモリが一斉に飛びかかってくる。




