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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第3章 黒き空賊は月下に笑う。赤き魔導は星辰に吠ゆ。

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     *  レフ魔導帝国皇帝  *




 帝国皇帝が、ハイエルフ王族からの贈り物(・・・)であるアナスタシアと面会するのは久しぶりのことだった。しかも、それがアナスタシアから求めたものであるとすれば初めてのことだ。

 余人を介さないふたりきりの部屋は、皇帝の私室だった。老齢となった皇帝は外国の美術品を集めることが趣味となり、広い部屋の壁には掛かりきらないほどの絵が飾られ、棚には陶芸品が並んでいる。

 それら美術品は、この機械と魔術の国、レフ魔導帝国において「最も必要のないもの」と言われるものではあった。


「……ルルシャの話であろうと思っていたが、まさかこんなものを持ってくるとはな」


 テーブルに置かれてあったのは迷宮攻略課に支給されている肩掛けのバッグだ。そのベルト部分は溶けていたが、中身は無事。

 そう、アナスタシアはこのバッグを一足飛びに皇帝のところまで持ってきたのだ。


『これでルルシャは解放されますね?』


 差し出されたメモ紙に皇帝は指を乗せた——しわがれた指の爪は割れていた。


「お前にはなんの欲望もないのだと思っておった。この魔導帝国の盛衰を間近で眺め、ハイエルフとしての長い長い寿命を終えるものだとな。だが……お前にも欲望(それ)があったか」

「…………」

「不満か? 物言わぬ見せ物としてここにいる生活が?」


 淡々と言う皇帝の考えが読めない。質問に答える代わりに、アナスタシアはこう書いた。


『このバッグを託した少年が書いたものです』


 もう1枚、メモが差し出される——それはレイジがアナスタシアへと書いたメッセージだった。


『これでダメなら他の証拠を探します。結果を教えてください』


 もしもこのバッグが証拠として「足りない」と言われても。

 まだ、あきらめないというのだ。彼は。

 こうして皇帝に直接会うことができるアナスタシアですら「ルルシャを助けることはできないかもしれない」と思っていたのに。

「欲望」と言われればそうかもしれない。

 あの少年の行動は、美術品のように扱われている——この部屋に並ぶ絵画と同列である——アナスタシアの、冷め切った心に、確かに、火を点した。

 たとえそれが針の先のように小さな火であったとしても。

 暗闇では千里の先からでも見える火なのだ。


「……何者だ?」


 様子が変わったアナスタシアを警戒するように、皇帝がたずねる。


『ルルシャの血縁者の知人であると。それ以上は、わかりません。申し訳ありません』


「フッ。言葉を発せられぬお前に、諜報としての能力は期待しておらぬ」


 皇帝は話しながら立ち上がると、アナスタシアの後ろに回った。彼女に巻かれているスカーフを取り外すと——そこには呪印の書かれた包帯が現れる。


「お前は鳥かごの鳥だえ。だがさえずる(・・・・)こともできぬ哀れな鳥よ」


 皇帝の指がその呪印の上を這うと——ボゥと青白く呪印が光を発した。

 アナスタシアは瞳を閉じ、膝の上で両手を握りしめる。


「なぜルルシャの解放を望む? エルフの森ではなにもできなんだが、このトカゲの国(・・・・・)ならばできると思うたか?」

「…………」

「お前が考えるほどにトカゲ(・・・)はたやすく謀れんぞ?」


 皇帝はその手を離すと、自分のイスへと戻った。


「バッグは渉外局のアバに調べさせる。……徹底的にな」

「!」

「その間にルルシャが殺されることはなかろう。だが、仮に牢獄から出たとしてもルルシャに戻る場所はないぞ。崩壊した迷宮攻略4課を、あやつに任せたいと思う者はおるまいて」


 皇帝の指は、1枚の紙切れを指した。


「……ルルシャの信頼する者が『畏怖の迷宮』を完全攻略(・・・・)し、その栄誉を無償で(・・・)捧げようと思うのならばまた別だろうが」


 それは——レイジの書いた紙だった。




     *  ルルシャ  *




 ルルシャの独房に面会者が現れ、てっきりそれはアナスタシアなのだろうと思っていたのだが——当てが、外れた。

 面会室のイスは一般的なサイズなのだが彼が座るとまるで子供用なのかと思えるほどに小さく見える——面会者はアバだった。

 面食らったルルシャが入口に立ち止まると、アバは口から水飴をなめていた棒を出して、


「チュパッ。君、君。看守くん。下がってくれたまえ」

「……しかしながらアバ殿。拘留者が暴れることもあり得るので……」

「ぼくは渉外のエキスパートだよ? 拘留者が我を忘れて怒るほどに挑発するなんてあり得ない」

「……しかしですね、これは任務で」

「ぼくだって任務でここにいるんだが? それともなにか? ぼくが遊びに来たように見えるのかい? チュパッ」


 水飴をなめることもきっと任務の一環なのでしょうね、とルルシャは言いかけたが、それは看守も同じ気持ちだったろう。看守は不承不承うなずくと部屋を出て行った。けして任務に忠実とは言いがたい看守ではあったけれど、金貨以外で彼を追い払う方法があることを知りルルシャは少々驚いた。

 ルルシャが席に着くなりアバは切り出した。


「君の責任問題は2つ。1つは迷宮攻略の大失敗により、優秀な攻略課員を大きく損耗したこと。1つは連絡不備により著しく中央政府の不信を招き、起こりうる危険としてクーデターの可能性が指摘され、軍部が準備をするハメになったこと」

「ちょっと待ってください。1つ目は私の責任ですし、潔く認めることができます。しかし2つ目は——」

「ちゃんと連絡をしていた、と君は言っていたねえ。チュパッ」


 次の水飴を巻き取りながらアバは言う。


「その点について再調査するよう、ぼくに命令が下った。皇帝陛下から、直接ね」

「……なんですって?」

「そう怖い顔をするものじゃあないさ。ぼくだってやりたくてやるんじゃない、命令だからさ。これでも忙しい身だからね。ああ、もちろん渉外局長(・・・・)に比べればキノコの原木の観察日記を書けるくらいにはヒマだがね?」


 放っておけばバンバン生えてくる、レフ人の主食であるマイカ茸。生育環境を整えるのは骨が折れるが、その後は特にやることもないので「ヒマ」のたとえでそういう言い回しがされることがあった。


「私の父を揶揄したいのならばすればいいでしょう。ですが、私の忠誠心を疑うことはあまりに無意味です。いい業者を紹介するのでキノコの原木でも眺めていてください」


 つっけんどんにルルシャが言い返すと、アバは喉の奥でくつくつと笑った。


「業者については今度聞くことにしよう。ぼくはどうも、渉外の仕事に向いていないようでね」

「……はあ?」

「少なくとも君の父上がやってのけたようなことを、ぼくはできそうもない。いやはや、簡単なことだと思ったんだけどな」

「私の父を愚弄するのなら——」

「ああ、いや、そうじゃない」


 アバは今度はあわてて手を振った。


「それはそうと。皇帝陛下を『再調査』にまで動かしたのはアナスタシア殿下だよ」

「やはり……そうですか」

「暗い顔をしているが、そこは喜ぶべきところでは? あの御方がここまで気にかけるのは君くらいだ」

「私のせいで殿下が苦労されるのであれば、それは喜ぶことではないでしょう」

「殿下は苦労していないさ。苦労したのは冒険者のほうだろう——」

「冒険者?」

「おっと言い過ぎたな」


 口を塞ぐ代わりに水飴のついた棒を口に突っ込んだ。

 とそこへ、看守が入ってきた。


「そろそろお時間です」

「チュパッ。え、もう? というか制限時間なんてなかったんじゃないの?」

「面会者を長居させるなという命令が下っておりますので。これも任務(・・)です」

「ああ、そう……」


 アナスタシアとの面会に比べれば半分未満の時間だった。

 面会時間を長引かせるのに重要なアイテムは「金貨」なのだけれど、アバはそこに気づかないらしい。

 それを教えるほどルルシャと彼は仲良しではない——最後の言葉は気になっていたけれど。


「アバ副局長」


 看守に促され、立ち上がりながらルルシャは言った。


「渉外にはあまり向いていないようですね?」


 看守が袖の下を要求していることくらいわかれ、という意味を込めた。

 ルルシャが看守に連れられ部屋を出て行くと、部屋にはひとり、アバが残された。

 ぽかーんとしたアバは、つぶやいた。


「……やっぱり、向いてないか。カール前局長みたいに、種族外の女性に振り向いてもらうことすらできないんだもんなぁ……。チュパッ」


 水飴をしゃぶりながらアバは、目の前の——種族外の女性(・・・・・・)が座っていた空間を見つめていた。


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― 新着の感想 ―
この世界まともな国がないんかね
[気になる点] 呪われた種族とか言われてる割に独尊的な思考だなレフ人は まぁ環境的に仕方ないのかもしれないけど [一言] アバさん素直になれないだけかよ可愛いな
[一言] ああ、今回の王(皇帝)は傲慢タイプの人か
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