10
左行式さんにレビューをいただきました。ありがとうございます。
各話タイトルを考えるの、結構大変なんすよ……(マジ顔)。
完全にやられた。ぎりぎりで気がつけたからよかったものの、完全に裏をかかれた気分だ。
石像のほうに気を取られ、でも罠は足元にあるなんて……。「刃」というのは「ヒント」のようで、そのものがミスリードするための「仕掛け」だったんだ。
「かわせたからよかった」とか「全員無傷だからOK」とは思えない。
ミスったら一撃死がある——それがダンジョンなんだと僕はこのとき思い知った。
「前方から1体、機械の反応があります。僕が先行して魔法を撃ちます!」
敵が近づく前に。「畏怖」の感情をぶつけられる前に。
僕は先制攻撃でこれまでに3体のオートマトンを片づけた。そのたびに「火炎嵐」を使っていったけれどもこれは必要経費だ。
休憩時間になって——僕は壁に身体を預けて深い息を吐いた。
魔力残量はかなり厳しい。でも、命の危険と天秤に掛けたらケチってはいられない。
「レイジくん」
その僕の目の前に、コップが現れた。
「そう怖い顔をしないでください」
ノンさんが僕にコップを差し出した。そこに入っていたのは黒糖を水で割ったものに、岩塩を少々入れた飲み物だった。スポーツドリンクみたいなものであり冒険者が好んで飲むものだった。
口にすると——甘さと、しょっぱさのバランスが絶妙で、身体の疲れが溶けていくように感じられる。
「ありがとうございます。……僕はそんなに変な顔をしていましたか?」
「…………」
にっこりと笑ってノンさんは僕の隣に座った。ここは円形の小部屋で、壁にはレフ人が大昔に使っていた古代言語が彫られており、ムゲさんが少しでも解読できないかと読もうとしている。ダンテスさんとミミノさんは離れたところでおしゃべりをして、ゼリィさんは短い時間でも居眠りだ。
「あのトラップ以降、目立って危険なものはありませんでしたよ」
「…………」
「レイジくんが、すごく気を配ってくれて、途中で出てきたオートマトンも全部倒してくれましたけど——そのためにレイジくんが神経を磨り減らし過ぎるのはよくありません」
「すみません……気をつけます。いざというときに集中力がなかったら困りますものね」
「違います」
え、違うの——と思っている僕の頬にノンさんの両手が添えられた。
「私たちはパーティーです。レイジくんの悩みは私の悩みです。神はこう、聖人に告げました。『迷えるときは隣人に話せ。たとえそれが未熟な者だとしても』と。だから私にも相談してください——たとえ力不足で役に立たなかったとしても、それでも相談して欲しいのです」
あ……。
(温かい)
ノンさんの両手から温かさが伝わってくる。
そうだ。
僕は「銀の天秤」のパーティーメンバーだ。だというのに僕はひとりですべてをなんとかしようとしていた。
(——自惚れていた)
【森羅万象】という力を手に入れて、僕は自分がなんでもできるのだと思っていた。魔法も、戦闘も——なんでもだ。だからここのトラップを読めなかったことにイラ立ち、必要以上に気を遣って迷宮を進むハメになっている。
思えば、街中でムゲさんをバカにされて怒ったことも、「黄金旅団」のレオンがダンテスさんに話しかけてきて腹が立ったことも——たとえそれが僕の心の根っこから来る感情なのだとしても、僕はちょっと怒りに感情が振れすぎていた。
言い替えれば、僕は調子に乗っていたんだ。
「あ……ご、ごめんなさい……」
恥ずかしかった。自分の力でもない【森羅万象】で手に入れた力で強くなった気になっていた。
ほんとうの強さは——目に見える武力じゃない。
——さよなら、弟くん——。
「六天鉱山」で暴動が起きたあの日、僕は姉の手を取らなかった。
あれから4年以上が経って僕はどうなった?
強くなったのか?
あの日のラルクの手を取れるくらいに?
(違う。まだまだだ)
ダンテスさんのような、いかなる強敵が現れても怯まない心もなければ、ミミノさんのような、誰しもを受け入れる心の広さもなく、ノンさんのような、すべてをなげうってでも家族のために尽くすような献身的な心もない。
「——レイジくん?」
目の奥がじわりと滲んだのを、ぐっと歯を食いしばってこらえる。
悔しかった。自分の未熟さを思い知った気がして。
僕はノンさんの手を握って下ろす。バカか、僕は。なにを勝手に思い知って勝手に悔しがって勝手に泣きたくなってるんだ。そんなことやってるヒマがあるなら、今持ってる情報を全部吐き出してみんなに相談するべきじゃないか。
「ありがとうございます、ノンさん。目が覚めました」
「そんな——」
戸惑うようにしていたノンさんだったけれど、
「——ほんとうにレイジくんは、1を聞いて10を知ってしまうんですね……なんだか寂しいです。私はこれでも迷える子羊を導く聖職者なんですよ?」
少しだけ残念そうに笑って見せた。
「いえ! ノンさんには教えてもらってばっかりです。ほんとうにありがたいです」
「いえいえ。私なんて……私が言えることだって聖書の言葉の引用ばかりですから」
「いえ! それだってすばらしいことだと思います。こういうときにとっさに聖書の言葉を言えるということはノンさんがそれだけ勉強しているということですし」
「いえいえ。たいした勉強ではありませんし、これくらいの知識は初歩的なものです」
「いえ! そういうふうに謙遜できるところも——」
「——ゴホン」
咳払いが聞こえたとき、僕らの隣にダンテスさんが立っていた。
「レイジ。うちの娘とずいぶん仲が良さそうだな?」
「え……?」
気づけば僕はノンさんと、膝同士がくっつくほどの距離で話していたし、なによりノンさんの手を握ったままだった。
「そういうのは、父である俺を通してからにして欲しいがなぁ? 同じパーティーメンバーだとしてもな?」
ひいいっ!? ダンテスさんの額に青筋が!?
そうだった、この人は娘さんのことになると見境がなくなるんだった!
「お父さん。パーティーメンバーが仲良くしてもなんの問題もないでしょう?」
「ダメだべな、ノン。レイジくんと仲良くするならこのわたしを倒してからにするべな!」
今度はミミノさんが腕組みして立ちふさがる!
「ちょ、ちょっと待ってください、ね? ふたりとも落ち着いて——」
僕が次になにを言うべきか考えながらとりあえず時間稼ぎをしようとすると、
「くっ」
「ぷっ」
ダンテスさんとミミノさんが一斉に噴き出した。
「わははは、すまんすまん。そんなにあわてるな。ちょっとからかっただけじゃないか」
「あははは、ごめんね、ふたりとも。わたしとダンテスを抜きに、なんか大事な話をしてるっぽかったからズルイなって思っただけだべな」
「も、もう、ふたりとも……」
一気に脱力してノンさんの肩ががっくり下がる。
なんだ、からかわれてたのか——そんな気はしてたけど。ほんとだよ。わかってたよ、僕は。うん。ダンテスさんだけはちょっと目がマジだった気がするけど。うん。
「……それはそうと、皆さんにも意見を聞きたいんですが」
僕は今、疑問に思っていることをすべて話そうと決めた。
ここに来るまでに先行している迷宮攻略課と出会わない——どころか痕跡ひとつ見当たらないこと。
先ほどいっしょになったレオンたちとも出会わなくなったこと。
ゼリィさんが「空気が変わった」と言ったこと。
そして——「畏怖セヨ」という言葉だけで僕らの感情をコントロールした、あのオートマトンのカラクリ。
これらはバラバラな要素のようだし、ダンテスさんの言ったとおり「それがダンジョンってもんだ」と言ってしまえばそれまでなのかもしれない。
だけど、僕はそうじゃないと思っている。
あらゆる現象には理由がある。
そして僕は、1つの仮説を立てたんだ。
「僕らは冒険者です。一方で僕らはパーティーです。このダンジョンも、つまりそういうことなのではないかと」
僕が言うと、途中から起きていたらしいゼリィさんがごろんとこちらを見て、「わけがわからん」という感じで顔をしかめた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
皆さんあまり興味ないかもしれませんが(作者にとってはかなりの関心事なんですが)、地味に四半期ランキングの1位まであともうちょっとというところまで来ていました。
ブックマーク・下にある★をタップしての評価でたまるポイントですが、今まで書いてきた中でもここまで来たのは初めてです。
今話でレイジくんがまた少し成長したように、作品も成長しているんだなと。
応援ありがとうございます。ほんとに書き続ける支えになっております。




