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「九情の迷宮」は太古の昔にこの地に居を構えていた大魔導師であるラ=フィーツァが造り出した。その存在が長きに渡って誰の目にも触れなかったのは、この場所は土地も痩せ、未開の地に近く、目を付けた者がほとんどいなかったからだ。
レフ人がこの土地に入ったのが今から500年ほど前であり、当初は細々と暮らしていた彼らも、迷宮を発見し、そこで魔道具が得られるとわかると攻略を加速した。
統率するリーダーが優れていたようで、彼は魔道具を利用し、ある程度まで集団全体の生活水準が上がってから他国と取引を始めたらしい——それも迷宮産のものを売るのではなく自分たちで製造したものを。
それほどまでに迷宮産のものは高度な魔道具で、国力が整わないうちに攻め込まれたりしたらたまらないという判断だったのだろう。
結果——今のような鎖国体制ができあがった。
(ラ=フィーツァについての情報はほとんどないな)
僕は【森羅万象】のおかげで一度目にしたものは忘れないので、冒険者ギルドでもらった資料を思い返しながら冒険の準備を調える。
武器は辺境伯からもらった短刀、それにナックルグローブと鉄板を仕込んだブーツだ。迷宮に出現するのはモンスターと、ラ=フィーツァが造り出した自動人形の2種類だ。モンスターは長年手つかずの洞窟に勝手に発生するらしく、倒すと魔石を得られる。魔石は魔道具を動かすバッテリーのようなものなのであるだけ売れる。
問題はオートマトンのほうで、こちらは各部に高度な魔道具が仕込まれているので「なるべく壊さずに無力化したい」ということだ。だったら、僕は無手で戦ってみようかなと。
革製のナックルグローブは手の甲に鋼板が仕込んであり、肘までをガードすることもできる。
それ以外にも昨日訪れた魔道具ショップで、ワゴンセールになっていた魔道具をいくつか買った。そのうちの1つはハンドスピナーみたいにくるくる回転する四角い金属で、最後は熱せられて熱くなるという謎の魔道具だ。以前、ミミノさんも買ったらしい。
昨晩は【森羅万象】を使いながら魔道具をいじってひとりで遊んでしまった。これは無限に暇つぶしできるかもしれない……。
「レイジくん、できたべな」
「おっ、ついに完成ですか」
ミミノさんが、持ってきてくれたのは甚兵衛のように上下で分かれた服だ。ただ、袖と裾は紐で縛って動きやすくなっている。
色はベージュをベースに、臙脂や黄緑といった明るめの色が幾筋も組み合わさっている。自然魔術師の伝統衣装にミミノさんが工夫してくれたらしい。ミミノさんの服はハーフリングの文化なのかと思ったけれど、ドルイドのほうが強いみたいだ。
「おお……涼しくてちょうどいいです」
「よかった。動きにくいところはないか?」
「はい!」
僕が「銀の天秤」に戻ったとき、4年前にもらった服をまだ持っていたことを喜んでくれたミミノさんは、今回もどうしても自分で僕の服を仕立てると言ったのだ。
「いくつかの魔術を仕込んであるからな。ちょっとしたほつれは植物が本来持っている回復力で戻るべな。それに頑丈さを増して、温度調整機能と、魔法抵抗と……」
「え……なんかすごいことになってないですか?」
「装備は冒険者の命だからな!」
それは確かにそうですけども。
なんかちょっと派手な服、くらいに思っててスミマセン。
「……ミミノさん、4年間で貯めたお金、相当注ぎ込みましたもんねぇ?」
「ちょっ、ノン!?」
「そうなんですか!? ダメですよ、受け取れないですよ! あ、これ代わりに使います? 野蛮人がくれた短刀なんですけど……」
「いいっていいって! パーティーメンバーのもので、しかも装備品なんだから、お金を使うのは当然だべな。それに、わたしが好きでやってることで……って待って? 野蛮人ってなに?」
「いやぁ、それはいろいろありまして……」
なんか話が逸れた。
「いや〜、愛されてますねぇ、坊ちゃん」
「ゼリィさんが来ると話がややこしくなるからおとなしくミルクでも飲んでて?」
「最近扱いほんと雑ですよね!? 一昨日は『グッジョブ』って言ってくれたのに!」
そうこうしているうちに出発の時間となった。
朝食を取り、みんな準備は万端だ。僕らの持ち物はそもそも旅の身の上だったのでそこまで多くなく、猫チャンに小さな荷車をつけてそこに載せてもらうことになった。
「戦利品が増えたら荷物は持ってもらうことになりますけどね」
ムゲさんが冗談めかして言ったので、
「もちろん、猫チャンが運べないくらいは持って帰りましょう」
ダンテスさんが力強く返した。
「畏怖の迷宮」の入口はムゲさんの商会から絶壁沿いに1時間ほど進んだところにあった。
垂直にレールが走っており、太いワイヤーで吊られた床板が引き上げられるようになっている——いわゆるエレベーターだ。
あくびをかみ殺していたレフ人の警備兵に、ムゲさんが話しかけ、僕らもこれを使う。エレベーターとは言っても大きさは巨大で、僕ら全員と猫チャンが乗ってもまだまだ余裕があった。
「おおっ、動いた!」
自分の立っている地面が動き出したのでダンテスさんが喜んでいる——のだけれど、ミミノさんが僕の腕にしがみついてきた。
「……ミミノさん?」
「ちょ、ちょっと、上に着くまでこうさせて欲しいべな」
「もちろん大丈夫ですよ」
これは高所恐怖症というやつか。
壁面のレールは滑車が噛まされているのでシャーッといい音を立ててエレベーターは上がっていく。やがて地上15メートルくらいのところで止まった。
僕ら全員が、そこから伸びている歩道に降りると、ムゲさんが下に手を振った。エレベーターは下がっていった。
「ここから……迷宮の入口に向かいます」
ムゲさんの声は少々強ばっていた。
さすがに——今まで「外」の世界で隊商をしていたとしても、これがビジネスチャンスだとわかっていても、命の危険が段違いだと感じているのかもしれない。
ぼっこりと空いた洞窟は暗く、日光も逆なので光はない。猫チャンの前に魔導ランプを引っかけ、ノンさんも1つ魔導ランプを持って僕らは前に進む。
洞窟の幅は広いので誰かが前からやってきても問題なくすれ違えるだろう——今のところそんな気配はなかったけれど。
「あれが迷宮です」
歩くこと数十秒、向かう先に青白い光が見えてきた。
その入口は見上げるほどに大きく、そしてなんとも悪趣味だった。
左右に埋め込まれた半球が光を放っており、その入口を照らし出していた。
つるりとした壁面には継ぎ目が一切ない。
入口は……あまりにも巨大な「人の顔」だった。
精巧に削り出された顔が大きく口を開けていた。そこに入れということなのだろう。
顔は、なんと言ったらいいか……苦しそうな、恐ろしそうな、そんな顔だ。
なんともイヤなことには口の端からちょろちょろと水がこぼれている。これは【森羅万象】によれば地下水らしい。わざわざこんなところに水を引いているのだろうか——ヨダレを表現するために?
言葉を失ってじっと見つめている僕らに、ムゲさんが言った。
「各迷宮の入口はすべて顔なんですよ……ここはヒト種族がモチーフのようですがね。あの目をよく見ると『畏怖』と書いてあるでしょう? それがこの迷宮の名前です」
瞳孔の部分に確かに「畏怖」と書かれてある。畏怖している人間の顔ってことか。
「……皆さん、どうします? 引き返すなら——」
「もちろん、行こう」
こういうときのダンテスさんは決断が早い。
「すでに攻略チームが中にいるんだろう? だったらなおのこと、恐れる必要はないさ」
そのとおりだと僕も思った。
ダンテスさんが先頭に、次に僕がノンさんの魔導ランプを受け取って続いた。
いちばん後ろを猫チャンがシュンシュンシュンシュンと音を立てながらゆっくりとやってくる——僕らは人の顔に呑まれるように、ダンジョンへと足を踏み入れた。




