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レフ魔導帝国内に居住するレフ人との面会申請はあっけなく終わった。ヒンガ老人の娘であるエマさん、そして孫娘のルルシャさんの名前を書いて、提出して、終わりだ。あとは向こうで帝国内に連絡をし、本人が会いたいと言ったら面会の予定日を、会いたくないと言ったらその旨を教えてくれる。
朝7時に掲示板に申請結果が掲出されるのでそれを待てということだった。
ちなみに窓口の担当者はレフ人で、鼻にちょこんとのったメガネの向こうにはこちらを探るような目があった。同じレフ人でも——正直数人並んだら見分けがつかないと僕は思う——ムゲさんとはだいぶ印象が違うなと思った。
この日の夜、僕らは広場で野営をした。中央に巨大なかがり火が焚かれ、その周囲には冒険者たちが三々五々集まってきて毛布にくるまって寝たり、酒盛りをしたりしていた。小さな宿はあったけれどこの人数を収容できるはずもない。
火であぶった干し肉をかじりながら、ダンテスさんはレオンと「黄金旅団」について話してくれた。
「ま、とりたてて珍しい話じゃねえけどな——」
農村では食っていけないからと、あるいは一攫千金を求めた若者が都市部へとやってきた。だがそこでも仕事は取り合いで、腕っ節に自信のある者は冒険者になる。
ダンテスさんの場合は早くに奥さんを流行病で亡くし、娘のノンさんを教会に預けて自分は手っ取り早く稼げる冒険者の道を選んだ。
「手堅く堅実に……そんなことばっかり考えて立ち回っていたらいつの間にかガッチガチの防御職になっちまってな」
冒険者ギルドではいろんな人との出会いと別れを繰り返し、だんだん固定のパーティーになっていく。
「俺が後衛をしっかり守り、レオンや他の近接戦闘職が前に出るという感じだった」
「いや〜、あのころからダンテスの安定感はすごかったべな」
僕はふと疑問を抱いた。
「そのときのパーティー名が『黄金旅団』だったんですか」
「ああ……。リーダーはレオンでな。あいつは一攫千金や吟遊詩人に歌われるような冒険者に憧れていたんだ。それでつけた名前が『黄金旅団』だ。気宇壮大だろう」
「カッコだけだべな」
ふん、とミミノさんが鼻を鳴らす。
この広場のどこかに彼らもいるかもしれないけれど、少なくとも僕らのところからは見えなかったし改めて探す気もない。
「ああいうのは狙ってやるもんじゃないべな。むしろ英雄になれる素質を持った冒険者ってのは少ないんだ。レイジくんみたいな人はそう多くないさ」
「……はい?」
なぜそこで僕が?
「ミミノさん、それは言わない約束だったでしょう」
「あっ……」
「いやいや、ノンさん、ミミノさん、なんの話ですか?」
ミミノさんが両手を口に当てて首を横に振ってるけど、そんなアピールしてもダメです。
「はぁ、レイジは気にするだろうから黙っておけと言ったのは俺なんだ」
「ダンテスさんが? ていうかなんの話です?」
「お前、巨大蛇と戦ったときのこと、覚えてるか」
「もちろんですよ」
あれで久々に「銀の天秤」のメンバーと再会できたわけだし。忘れるはずもないよね。
「倒したときのことは?」
ダンテスさんが横のリュックをごそごそやって、そこからウロボロスの珠——真っ二つに割れてるヤツを取り出した。結局あれを倒したときの取り分ってこれしかなかったんだよね。めっちゃ魔力が籠もってるからなにかに使えそうではあるんだけど。
「僕がウロボロスの頭に上ってショートソードを突き立てたことですか? 覚えてますよ」
あのせいでショートソードはガタが来てしまって、移動中に鍛冶屋に売り払った。今の僕の主力武器はミュール辺境伯(あるいはバーサーカーともいう)からもらった短刀である。鞘が目立つので包帯でぐるぐる巻きにしてるけど。
この短刀、多少無理な使い方をしても刃こぼれひとつしない、とんでもない業物である。売ったらいくらになるんだろう? 売らないけど。ていうか天銀が使われてるから勝手に売れないのでは……? ミスリルの流通って国が管理してるんじゃなかったっけ。
「そう、アレだ。あのとき、お前光ってただろ」
「ノンさんが掛けてくれた【光魔法】ですよね」
ノンさんがうなずいた。邪悪な者に対して特別な効果を発揮する、補助魔法に近い効果があったらしい。
「アレがあまりに目立っていてな……まるで『おとぎ話の英雄によるバケモノ討伐』みたいだと」
「は?」
「俺が翌日冒険者ギルドに行ったときに吟遊詩人から話を聞かれたんだ。どうもそいつも遠目で現場を見ていたらしく」
「吟遊詩人? なんかすごくイヤな予感がしますけど」
「お前がウロボロスを倒したところを歌にしたいんだと熱っぽく言われた」
「…………」
なんですって?
「い、いや、俺は断ったんだ。目立ちたくて冒険者をやっているわけじゃないしな? だけどあまりにしつこいし、『街を救った英雄をみんな知りたがっています』と言われれば、俺のことじゃなく、他ならぬレイジのことだから——」
「つまりダンテスは、レイジくんのことを売って、自分のことは歌うなと念を押して詳細を教えたべな」
「ダンテスさん!?」
「ミミノっ! お前だって自分のことは歌って欲しくないって言ってたじゃねえか!?」
「それはレイジくんと同じ気持ちだ。あの吟遊詩人からわたしが聞かれて答えたわけではないからな」
「お前だってあのとき横にいたじゃないかよ!」
ふたりでやいのやいの言い合ってるが、僕は恥ずかしくてその場をのたうち回りたかった。いや、すでにのたうち回っていた。両手で顔を隠しながら。
恥ずかしすぎる!
僕、絶縁状みたいに叩きつけて聖王都を出て行ったのに街では僕のことが歌われてる! これ絶対、スィリーズ伯爵は耳にしてにんまりするよね!? で、どっかで再会したらちくちく言われるんだ!
「『街を救った英雄様』……ぷぷっ、ぷぷぷぷぷぷぷ!」
「ゼリィさん!?」
両手を顔からどかすと僕をのぞき込んで、死ぬほどいやらしい顔して笑っている猫獣人がいた。
「……ゼリィさん、僕にそんなこと言って——」
「借金」と言おうとした矢先、僕のお腹の上に、かがり火の光を映じたキラキラした貨幣が何枚も落ちてきた。
「な、な……」
「うぷぷぷ。坊ちゃぁん……このあーしを、いつまでも借金奴隷として夜な夜な好き勝手できると思ったら大間違い——」
「このバカ猫! どこから盗んできたんですか! 返してきなさい!」
「——あーしがお金持ってきたら強盗扱いですか!? 違いますよ! 合法的に賭博で手に入れたんですよ!」
賭博は合法じゃないから。この世界でも私的な賭博は一応違法だから。
あとなに勝手に「夜な夜な好き勝手できる」とかウソついてんの? 虚言癖? 聖職者が不穏な表情でこちらをにらんでいるのですが? ここに来るまで毎日いっしょだったから僕がそんなことしてないのわかりますよね?
「あっちで冒険者向けの賭場が開かれてましてね、そこで生意気な黄色マントのオールバックがいたもんで、ちょいと締め上げてきましたよ」
「……ゼリィさん」
僕はゼリィさんの肩に手を載せた——ゼリィさんはビクッと身体を震わせた。
「え、い、いや、あーしなんかまたやらかしましたか!?」
「——それはグッジョブ」
僕が親指を立てて見せると、ダンテスさん、ミミノさん、ノンさんの3人も親指を立てた。
ちなみに、ゼリィさんが持ってきたのは銀貨ばかりで借金全体の半分にもならなかった。
翌日——広場で目が覚めた僕は【生活魔法】で水を出して顔を洗い、ミミノさんといっしょに食事を作った。雑貨店でヤギのミルクを買ってきたから、それでパンがゆだ。宿はなくとも壁の向こうはレフ魔導帝国なので、雑貨店の品揃えは豊富である。
食事を終えると僕はひとりで面会申請の建物へと向かった。
「……え?」
僕の申請については結果が通知されていた。
『エマ氏……死亡のため面会不可。ルルシャ氏……当局指示により面会不可』
僕はしばらく固まった。
「死亡」についてはショックだったけれど、そういう可能性もないとは言えないと思っていた。
だけど「当局指示」って。
なんだよこれは……?
面会申請所の職員に聞いても「こちらでは関知していない。申請部署と調査部署は別だから」と取り付く島もない。「当局」とやらが「どこの局」なのかもわからないという。
憤懣やるかたなしという感じではあったけれど、これ以上聞いても埒が明かないと、とりあえず広場に戻った。
するとそちらもそちらで動きがあった。冒険者ギルドに顔を出していたダンテスさんがこんなことを言ったのだ。
「実はな、中に戻ったムゲさんから俺たち宛で指名の依頼が出ていたんだ。依頼内容は、帝国内での素材採取手伝い……どうだ、やるか?」
ここにいても面会を受け付けてもらえない。ヒンガ老人の遺した「燐熒魔石」を見せることも考えたけれど、面会申請部署に見せても意味がないよな。
それなら、中に入ればなにかがわかるかもしれない。
「やりたいです」
僕は一も二もなくそう言っていた。




