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ずいぶんと殺風景なところだな……というのが第一印象だった。
ムゲさんとは別れ、外国人である僕らがやってきたのは、見上げるほどに高い壁に囲まれた——学校のグラウンドほどの広さの場所。
中央にちょっとした広場があって、10にも満たないほどの建物が並んでいるだけだった。その建物というのも石造りの平屋で、ちんまりしている。
レフ魔導帝国で外国人が入れるのはここまで……ということのようだ。
だけれど人の数はそこそこいる。100人近くはいるんじゃないだろうか? ほとんど全部が冒険者ふうの武装をしている。レフ人ではないから中には入れないだろうに、こんな狭い場所でなにか仕事があるんだろうか?
「ギルドに届け物は終わったぞ」
ダンテスさんが戻ってきた。
10人も入ったらいっぱいになりそうな冒険者ギルドの窓口に、書簡を届けるのが今回僕たちの受けた仕事だった。
「ほら、レイジ」
僕はダンテスさんから冒険者ギルド証を受け取る。ここに来るまでに発行しておいたものだ——よく考えたら僕がこの世界で手にした初めての身分証明書だな。
『冒険者ギルド クルヴァーン聖王国アルザーニュ市冒険者ギルド発行
氏名:レイジ
ランク:青銅
パーティー:銀の天秤
本登録証は上記の者の所属を冒険者ギルドが証明するものである。また上記の者が通行する際、各国関係各所に速やかなる許可を要請するものである。』
なりたての僕は青銅級だ。ダンテスさんたちは灰銀級なので——先日降格したので——そこに追いつくのはずいぶん先だろう。ただ、それでも、みんなと同じパーティー名が刻まれたギルド証を持っているのはうれしい。
ちなみにゼリィさんもパーティーに入った。すでに黒鉄級の彼女は灰銀の1つ下で僕の2つ上だ。「坊ちゃん、あーしのこと先輩って呼んでいいんすよ〜?」とウザ絡みをしてきたことを僕は忘れない。
そのゼリィさんはここに着くなり散歩に出かけてしまったのでここにはいないのだけれど。
「……中はちょっと妙な雰囲気だったな」
「妙な? なにがあったんだべな」
「それは——っと、その前にレイジの用件を済ませながらにしよう」
僕は帝国内にいるルルシャさんに会うのが目的なのだ。帝国民への面会受付は違う建物で行われていて、そこも混み合っている——行列ができていて建物の外に10人くらい並んでいた。
ここにいるのは冒険者じゃなくて商人風の人たちだった。
「なんでこんなところに冒険者が集まってるのかって話なんだがな……どうやら、帝国内に入る冒険者を募集しているらしい」
列の最後尾についたところでダンテスさんが話し始めた。
「え? 入れるんですか?」
「ああ。詳しくは聞かなかった。俺たちはレイジの面会を優先させなきゃいけなかったからな」
ダンテスさんがそう言うと、ミミノさんとノンさんが、
「ウチらも一度入ったけど、あれも偶然、そういうギルドの依頼を受けたからだったしなぁ」
「そうですね。他の方にもずいぶんとうらやましがられましたね」
ダンテスさんたちは以前ここに来ていて、ギルドの依頼で帝国内に入っている。帝国内に入れるのは珍しいようだけれど、とはいえゼロじゃない。
ただこんなにも多くの冒険者が殺到する——というのはなかなかないんだろう。
「これだけの人員を集めるということは……大がかりな討伐とかですかね?」
と、僕が言ったときだった。
「——お前、まさかダンテスか?」
不意にそんな声が掛かった。
ダンテスさんがハッとしてそちらを見ると、そこには7人の冒険者パーティーらしき一団がいた。
声を掛けてきたのは赤茶けた髪をオールバックにしている冒険者だった。年齢は20代の後半だろうか? 上背があって、身につけている鎧は簡素な金属プロテクターに、モンスターの革をあわせて利用したものだ。
なにより目を惹くのがマントだ。明るい黄色のマントはまったく色あせたような様子もない新品そのものといった感じで、他のメンバーも同じものをつけている。
「レオン……?」
「そうだよ! おい、なんだよ石化が治ったのか? マジかよ。どうやったんだ?」
レオンと呼ばれた男は人なつっこそうな目……と言えば聞こえがいいが、どこか厚かましさに近いなれなれしさでダンテスさんの左腕をぽんぽんと叩いている。
ダンテスさんは——複雑そうな表情だった。
「——おっ、そっちの小っこいのはミミノか? いや〜……ははは。お前らがつるんでいたとはなぁ。……ミミノ、お前がうちのパーティーから盗んでった金のことは忘れてねえぞ。さすがはハーフリングだ、金に汚ねぇ」
途端にレオンは瞳を吊り上げてにらみつけてきた——ってちょっと待って。「盗んだ」ってなに? ミミノさんがそんなことするわけないだろ。
ミミノさんは、僕が今までに見たことのないような厳しい表情で、目には怒りの炎を灯らせてレオンを見返していた。
「盗んだ!? よくもまぁそんなことが言えるべな! それならアンタたちはダンテスの未来を『盗んだ』んだろうに!」
「——ミミノさん、落ち着いてください」
ノンさんがミミノさんの前に入り、僕もまたその横に並ぶ。
「そうですよ、ミミノさん。あなたが興奮する必要なんてありません……ところでなんですかこの失礼な男は。一発殴っていいですか?」
「——ちょっ、レイジくん!? あなたまでなにを言うんですか?」
ノンさんがあわてていると、レオンとかいう男は目を瞬かせたあと、
「……くっくっく、あっはははははは! 笑わせるじゃねえか、このガキ。なんなんだ、ミミノ。こんな狂犬みたいなガキをはべらして護衛にでもしてるのか? そんなものが俺たちに通じるわけがないだろ。お前らは知らないだろうが、純金級冒険者になったんだ——俺たち『黄金旅団』はな!」
ああ、見えてきた。わかってきた。
この男なんだな。過去にダンテスさんが守った仲間であり、そのとき石化したダンテスさんを捨てた仲間でもあるヤツは。
黄色のマントを身につけた者のうち、3人がわからないという顔をしていたが、残り3人は——怒っているような、後ろめたいような、いろいろな感情を入り交じらせた顔をしていた。
「ダンテス……お前が完治してるんならちょうどいい。俺の下へ戻れよ。お前の盾の扱いはしびれるほど上手かった。今うちは7人だが、これから純金級をもっと増やしてトップクラスのパーティーになるつもりだ。お前ならついてこられるだろ?」
「……レオン」
ふう、とため息を吐いたダンテスさんは言った。
「ミミノに謝れ」
「……は?」
「ミミノがパーティーの金を盗んだというのなら『パーティーメンバーの負傷はパーティーの金から出す』と決めていたあのルールはなんだったんだ? ミミノは俺の治療のために、パーティーの金どころか自分の貯金まで全部出してくれた。それでも足りなくて借金まですることになったがな」
「そりゃぁよ……お前がパーティーを抜けたんだ。そしたら『パーティーメンバーの負傷』じゃないだろ?」
「石化に掛かった俺はどのみちなにもできずに死ぬだけだと思っていたからな。みんなの足手まといになりたくなかった」
「だったら——」
「——だけどそんな俺のところに、たったひとり残ってくれたミミノが……俺にとってどれだけ心強く、ありがたい存在だったかわかるか? だからミミノに暴言を叩くヤツは、誰であろうと俺は許さん」
「!」
ダンテスさんの身体から発せられた炎のような闘気に、即座にレオンは距離を取る。その反応の早さは腐っても純金級冒険者か。
「それに、お前は間違ってる」
ダンテスさんは僕の横にやってきて、僕の肩に手を置いた。
「お前がバカにしたこの子……レイジは、俺よりも強い」
「……なに?」
疑わしそうににらみつけてくるレオン。
いや、ダンテスさん? さすがにそれはないんじゃないですか? 僕だってダンテスさんの鉄壁を破るの、無理だと思ってますけど? あなた反則的に硬いでしょ?
「——見た目だけで侮るのは悪い癖だと過去に何度も言ったはずだがな。変わってはいないようだ……お前の成長などたかが知れる」
「ダンテス……お前、俺をコケにしてただで済むと思ってんのか……!」
「はい、そこまで」
とそこへ、黄色のマントのひとり——すらりとした背の、フードを目深にかぶった女性が間に入ってきた。
ダンテスさんとのいさかいを「わからない」という顔をしていた側の人だ。
「こんなところまで、ケンカをするために来たわけじゃないでしょ? リーダー、余計なトラブルはごめんよ」
「……チッ」
舌打ちするとレオンは僕らに背を向けた。
「覚えてろよ、ダンテス。俺たちはお前なんかの手が届かないところに行くんだからな」
という捨て台詞とともに。
仲裁に入ったフードの女性は、ちらりと僕を見た——その目はエメラルドグリーンで、興味津々という目だったけれどもすぐにレオンについていってしまった。




