2
本日2話目。夕方も更新します。
「……頭が、痛い」
起きたときには夕暮れだった。僕は逃亡中の身で一体なにをやっているんだ……。この間にも鉱山兵に見つからなかったのはただの偶然だ。こんな検証は今やらないほうがいいのは間違いないよね……。
ただ、わかったこともある。
【風魔法】と【火魔法】でなにが違うのか——僕が【森羅万象】を手に入れる「前後」なのだ。手に入れていないときに見た【風魔法】は使えず、手に入れた後に見た【火魔法】は使える。
だけど、【オーブ着脱】のときに感じた疲れと【火魔法】を発動したときに感じた疲れとは全然違った。前者が「身体がぐったりする」のに対して、後者は「なんか力が抜けるぅ」という感じ。わかる? わからない? 僕もよくわからん。
たぶん、これが魔力ってやつなんだろうね。天賦の中には【魔力強化★】なんてのもあるから。
「さて……そんなことよりこれからどうするか、だよね」
僕は鉱山の街になんとか潜り込んで、まず服を変えようと思っていた。今の僕は身分的には「逃亡奴隷」となるので鉱山兵に限らずどこの誰に捕まってもマズイ。とはいえあからさまに「奴隷」だとバレなければ身元の確認なんてされないわけで、されたところで「解放奴隷だ」と言い張ればいい。
なのでいちばんの問題は服。明らかに奴隷とわかる粗末な服だ。あとは左腕の入れ墨だけど、長袖を着ていれば見えないのでこちらはそんなに急がなくてもいい。
「うーん。なんかイヤな予感がする」
鉱山最寄りの街なんて、鉱山兵が駐屯しているだろうし真っ先に警戒されるところだよね。というか僕と同じ考えの逃亡奴隷なんて大勢いるはずで、となると街の中で戦闘が何度か起きていると考えたほうがよさそうだ。
「…………この街は飛ばして次を目指すか? でもそうなると夜をどうやって過ごすかっていう問題もあるんだよなぁ。あー、もう、スキルの検証なんてやるんじゃなかった!」
でも検証してしまうのはしょうがない。お金もない、体力もない僕が当面頼らなきゃいけないのはこの【森羅万象】だけなのだ。もはや【森羅万象】様、【森羅万象】大先生などと呼んだほうがいいかもしれない。
悩むに悩んだ挙げ句、僕はとりあえずここで夜を越してみることにした。日中に眠りこけていて鉱山兵が僕を発見しなかったので、彼らは街から鉱山に掛けてはあまり注目していないのではないかと思われる(そりゃまあ、街のすぐそばで眠りこけているなんて思わないよな!)。
街から近いのであまり野犬も出ないだろう……というのは僕の希望的観測ではなく、【森羅万象】御大も「かもね」という感じでおっしゃっているのだ。
一晩明けた。結論から言うと、なにも起きなかった。
「…………」
木の枝から下りてきた僕は、眠い目をこすった。なにも起きなかったことは起きなかったんだ……でもあちこちで犬の遠吠えが聞こえてきたんだよ。
それに思った以上に森の中って真っ暗で、「さすがに街から見えるところで寝るのは止めとくか〜」なんて少しだけ森に入ったところを選んだ自分を僕は何度殴ってやろうと思ったことか。
ちょっと森に入っただけで闇アンド闇。そして暗いので場所チェンジもできやしない。【森羅万象】があるから「この遠吠えは仲間を呼んでいるだけ」とか「今のガサガサは小動物」みたいにわかったのはよかったけれど、二度とはやろうと思わない。
闇の中で僕は鉱山にいたころのことを思い出していた。なんだか靄に包まれたような記憶ではあるけれど、覚えていることも多い。
ラルクといっしょに回った坑道のこと。ヒンガ老人に教わった様々なこと。
「ラルク……大丈夫かな」
強いスキルを手に入れたと言っても、僕と同じ子どもだ。日本での経験があるぶん、僕のほうがいろいろとわかっているかもしれない。
「今は自分のことか」
僕は街の外周を遠目に見ながらぐるりと周り、街道が見えるところまで移動した。馬車を駆る商隊が見えたのであれが街道なんだろう。荷台に乗っているのは冒険者だろうか? 遠目だとわからないな……と思っていると、乗っていた冒険者がこちらを見た。僕は草むらに隠れているのにじーっと見てくる。冷や汗がどっと出たけど特になにかされるわけでもなく商隊は遠ざかっていった。「手を出してこなければこちらからも手を出さない」ということなんだろうか?
あれって、気配を察知するスキルなんだろうか? あるいは単に目がいいだけ?
「……もしやあれがスキルなら【森羅万象】でコピーできるのでは?」
僕は遠くに生えている木をじっと見つめた。——すると、
「見える!?」
視覚強化的なものなんだろうか? すごい! 葉っぱのひとつひとつがくっきり見える!
「——ハッ」
【森羅万象】を使ったことによる疲労の反動を忘れてた! ——僕は身構えたけれど、反動は来なかった。どうやら肉体の能力を伸ばすようなものは反動がないようだ。
それはよかったけれど、僕が見よう見まねでやってこれくらいの効力があるのだ。
「さっきの冒険者はもっとはっきりくっきり見えてたんだろうな……」
気をつけて行動しなきゃと僕は思った。
街道沿いの草原を歩きながら僕はいろいろと試していた。奴隷や鉱山兵の戦いで【剣術】系のスキルも発揮されていたはずだけれど、あれは僕が使える感じがしない。それは僕がしっかりとこの目で見ていなかったからなんだろう。「観察」することが【森羅万象】には必要な要素なんだ。確かに【火魔法】が使われたときは壁が崩れるかどうかが生命線だったからしっかり見てたしね。
そして【森羅万象】は確かにオリジナルの劣化コピーにはなってしまうけれど、「スキル枠を消費しない」という点ですさまじいメリットがある。ヒンガ老人によれば【剣術】スキルがなくとも「剣術」の達人はいるし、【火魔法】のようなスキルを持っていなくとも「火魔法」を使えるようになる人もいるとのことだ。あくまでもスキルは「できるようになるための近道」で、人間本来が持っている可能性は無限大なのだという。
だから僕は【森羅万象】を通じて、その力を学ぶことができるということなんだろう。僕という「いびつなレンズ」が「精巧なレンズ」に変われば、学べる度合いも増えるのかもしれない——これは仮説に過ぎないけれど。
「今の段階では完璧にコピーできないにしても、だぞ……【森羅万象】ってめちゃくちゃなスキルなんじゃないか?」
僕は星10天賦の持つ可能性にどこか空恐ろしさを感じながらも、
「……そんなことより今は、生き延びることを考えなきゃな」
気を引き締めた。




