後日談(前)
* 聖王宮 *
報告を一通り聞いた聖王は、腕組みをして天を仰いだ。
ここは聖王宮の謁見の間ではあるが、堅苦しいような場所ではなくて応接間のように丸テーブルが置かれてあった。「堅苦しい」ほうの謁見の間は、「第1聖区」に存在する。聖王宮に入れるのはあくまでも聖王国の者だけだった。
謁見の間にいるのは聖王の他に聖王子クルヴシュラト、ミュール辺境伯だけだ。辺境伯は相変わらず灰色熊の毛皮をかぶっている。
「するってぇと、なにか……? 俺たちは、天賦珠玉授与式で現れた調停者を追い払う手伝いをし、大量に人死にが出るかもしれないという事態を防ぎ、なおかつ——巨大蛇を討ち取ったという男を、こともあろうに! 黒髪黒目だっつう理由だけで! 捕まえて殺そうとし、さらには返り討ちに遭い、聖王都から出て行くのを指をくわえて見送ったっていうのか!?」
「さようですな」
聖王の怒声に動じることもなく、灰色熊が応える。
「エベーニュのバカはなにを考えてそんなことをした!! それに、聖王騎士団もだ!! 連絡の手違いとはいえ、自分たちで討伐したと吹聴したのか!?」
「功を焦り、冒険者ギルドに全部持って行かれたくないという気持ちから、とりあえず事実と違うとわかっていても自分たちに利益があるよう主張してしまう……まるで騎士ではなく、貴族のようですな。『これは手違い』、『虚偽の報告はしていない』、『すべては国のため』、などと言うところもまるで同じ」
「辺境伯! 皮肉は要らねえ!」
「皮肉ではなく事実でしょうが」
「だったらそのクソくだらねえ事実を垂れ流す口を閉じろ! なんの意味もねぇ!」
「ちょ、ちょっと……お父様、落ち着いてください」
クルヴシュラトが間に入ると、聖王も多少は落ち着いたらしくカップに入った水を飲んだ。
「ああ、クソッ、リビエレ公を追及してる場合じゃなかったってことか……」
「ふぅむ……公爵家のほうは、いかがですかな」
「……うむ、うまくねぇな。エベーニュ公がかなりリビエレ公に肩入れしている。スィリーズ伯が持ってきた証拠が気にくわないらしい」
「スィリーズ伯の『審理の魔瞳』は使いどころが難しいと」
「そうだ。しかもあの護衛……レイジ、と言ったか。あいつがスィリーズ伯のところにいたのもまた問題をこじれさせている。だがまぁ、時間の問題だ。落としどころをどこにするか探っているだけさ」
「落としどころですか」
「ああ……エベーニュ公だってほぼほぼ真っ黒のリビエレ公をかばいきれるわけがねぇことくらいわかってる。だが、このまま放っといたらスィリーズ伯がのし上がることになり、エベーニュ公は『英雄を殺そうとした』なんて悪いウワサまで立てられる。今のうちにキャンキャン吠えて、スィリーズ伯の正当性を下げておきたいんだろうよ」
「…………」
それは「悪いウワサ」などではなく「事実」では、と辺境伯も思わないでもなかったが、「事実」が「真実」とは限らないのが貴族社会だ。
「挙げ句の果てには、『ルシエル公爵家の剣聖オーギュスタンがいれば今回の被害はもっと小さくなった』とルシエル公まで槍玉に挙げられたな」
「まあ、エベーニュ公とルシエル公はもともと仲がよろしくないですからな。……さて、陛下。それでは自分はこれにて失礼します」
「うむ……もう、領地に帰るのだな? ミュール辺境伯、変わらぬ忠誠に感謝する」
「はっ」
「お主の叱咤を、二度と忘れぬ」
「……お戯れを」
辺境伯は凶悪な面相でニッと笑ってから、立ち上がると部屋を辞した。
「聖王陛下、辺境伯の『叱咤』とは……」
クルヴシュラトにたずねられた聖王は、
「……お前にも友が必要だな。信頼し、すべてを任せられる友を」
それはまるで自分に言い聞かせているかのようだった。
これから聖王には多くの問題が待ち構えている。特に、天賦珠玉授与式で起きたことを貴族たちにどう説明するかというのは悩ましいところではあった——結局のところは、すべてありのままに話すしかないと腹をくくってはいるのだけれど。
ただそれを説明するということは、とりもなおさずクルヴシュラトの命を捧げることを嫌った聖王の「罪」を認めるということだ。そしてルイが死んだロズィエ家とどう向き合うかを考えなければならない——ロズィエ家は「子が勝手にしたこと」とは言っていたが、内心では納得できていないに違いない。
これが、6大公爵家の1つであるリビエレ家の取り潰しと絡んでくるので大混乱は避けられない。
「クルヴシュラト、お前から見て兄と姉はどうだ?」
「お兄様とお姉様ですか? お二方ともとても立派です。きっとお兄様は、次期聖王となりすばらしい御代となることでしょう——あっ、い、今のお父様、じゃなかった、聖王陛下が悪いということではありませんよ!」
「わかっている」
聖王は目を細めてクルヴシュラトの頭をなでた。
父としての感情が判断を狂わせた。そして混乱を招いた。
それでもなお——今もなお、父としての自分を捨てることができない。
「……さあ、聖王としての仕事が残っている。俺は行く」
「はい。行ってらっしゃいませ、陛下」
聖王は立ち上がると、肩で風を切って謁見の間を出て行く——それをクルヴシュラトは頭を下げて送った。
「…………」
しばらくして顔を上げたクルヴシュラトの表情は曇っていた。
彼もまたわかっていた。自分が助かり、ルイが——友になれるかもしれなかった少年が死んだことを。
なにも事情がわからず、気がつけばあんな事態になっていた。本来は自分が死んでいたかもしれないと思うとぞっとする反面、どうして自分が生き残ってしまったのかという自責の念にも駆られる。
死こそが聖王家の務めならば、果たすべきだったのだと。
「……エヴァ嬢は、どうしているだろうか……」
クルヴシュラトはそのとき、あの美しい少女を思い出していた。父の懐刀であるスィリーズ伯の娘であり、大きな被害を防いだ「英雄」を護衛としていた。
授与式ではひどく体調が悪そうだったけれど——。
「…………」
クルヴシュラトは首を横に振った。彼女の存在に惹かれているのはわかっていたけれど、そんなことをしていい立場ではない。
(ほんとうは我が死ななければならなかったのだ)
ならば。
「残りの命を、国のために尽くさなければならないですね……」
12歳の少年に、悲痛な覚悟を強いるほどに今回の事件は暗い影を聖王宮に落としていた。




