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本日は朝昼晩の3回更新予定です。【森羅万象】の内容に関する部分なので先に進めちゃいたいなと。
この世界には天賦があって、それは天賦珠玉によって取得できる。天賦にはレア度によって取得に必要な枠がある。そして人の、スキル枠は8つと決まっている——ヒンガ老人の教えてくれた知識だ。
だけれど僕には、16の枠がある。それは日本人の男子高校生だった「前世」を持っているからだと思われる。前世があるせいだろう、僕は前世を思い出す前から同い年の子どもが知らないようなことまで知っていた。まあ、それを表す言葉がわからなかったこともあって知識を披露する機会は少なかったのだけれど。
「この世界ではほんっと、天賦がすべてなんだよね……あ、これうまっ」
僕がかじりついたこぶし大の青リンゴ——っぽい果実は、みずみずしくて酸味が効いていた。大物が掛かってしなる釣り竿のような枝の先に1つだけ生っているのがこの果実だ。【森羅万象】によると「無害」という感触だったので僕は果実をむしった。ひゅんっ、と枝が上へと跳ねたのが面白かった。
この謎の青い果実を両手で持てるだけ持って、それをかじりながら僕は森の中を歩いている。
むやみやたらに歩いているわけじゃない。ヒンガ老人を見送ったときに炊煙のような煙が立ち上る場所を見つけていたので、そちらに向けて歩いている。おそらく鉱山最寄りの街ではないかなと思っているのだけれど詳しくはわからない。鉱山と街をつなぐ道は多くの鉱山兵が行き交っているのでなるべく離れるようにしている。
落葉による腐葉土が地面を覆っていて、ところどころに藪があったり地面に起伏があったりするものの十分歩けるコンディションだ。
「夜になるまでには街に着きたいな……」
【森羅万象】のおかげで、周囲には危険な動物がいないということがわかっている。ただ、「僕が感知できる範囲で」しかわからないので、夜になって視界が閉ざされたらどうなるかわからない。日本の山だって、鹿やイノシシが降りてくるのは夜になってからだしね。この世界にはきっと狼だっているだろうし、野犬ですら今の僕には十分な脅威だ。
この【森羅万象】は思ったほど万能ではないんじゃないだろうか……。
僕が知っているアニメや小説に出てくる「鑑定」スキルみたいなものは、植物の名前や由来、レア度、ものによってはいくらで取引されているかまでわかるじゃないか。だけれど【森羅万象】は、ぼやーっとした印象が伝わってくるのだ。僕が知ろうとしなければわからないし。
まるでいびつなレンズで風景を見ているような感じ……だろうか。
僕が感知しなければわからない以上、「いびつなレンズ」イコール「僕」ということになるんだけどね! ちくしょう!
「……おっ、あっちっぽい」
僕は小川を発見した。その流れを追っていくと森が切れ、広大な草原へと出た。その向こうに土を積んだだけの簡素な防御壁ではあったけれど——石積みの家々が並ぶ街が見えてきたのだ。
あわてて僕は木の陰に身を潜めた。100メートルほど離れたところで奴隷3人と、10人を超える鉱山兵が戦っているのだ。そう言えばここに来るまでひとりも奴隷を見なかったけれど、どこに行ったんだろう……。
「あっ」
多勢に無勢、奴隷は全員その場に倒れた。すると鉱山兵があわてて手を挙げている。のそのそと出てきたのはびらびらした服を着た小太りの男だった。
なにをしているんだ……。
男は倒れている奴隷に手をかざすと——奴隷がわずかに発光し、水底から立ち上る気泡のように天賦珠玉が出てきたのだ。
「あれ、もしかして【オーブ着脱】!?」
鉱山兵のひとりがこちらを見た。
「…………」
僕はあわてて顔を引っ込め、息を殺す。来るな。来るな、来るな。来るな……。
じっとすること数分。僕には異様なまでに長く感じられた時間だったけれど、僕の周囲ではなにも起きなかった。そろりそろりと顔を上げると鉱山兵のほとんどと、小太りな男は引き上げた後だった。残った鉱山兵は奴隷の死体をふたりがかりで持つと草原へ分け入って、そこに放り投げた。
そこに置いておけばなんとかなる——つまり夜には野犬の類がやってきて食べてしまうということか。ひょっとしたら野犬なんかじゃなくてもっとファンタジーななにかかもしれないけれど。
「ふー……びっくりした。気をつけなきゃね」
いくら2度目の人生だと言っても、戦争もサバイバルもない日本の高校生だった経験しかないのだ。切った張ったで生きてきた人たちがいるこの世界では僕なんて文字通りただの「小僧」だ。【森羅万象】は有能だけど、これに頼りきりでどうにかなるとは思わない方がいいだろう。
「……にしても星10にしてはしょぼくないですかね、【森羅万象】さん?」
僕は木の幹に身体を預け、謎の青い果実を食べながらぼやいた。
「さっきの【オーブ着脱】なんてすごいじゃないか。問答無用で天賦を天賦珠玉に変換できてしまうってことだろ? あんなふうに簡単に手をかざすだけで、ずるり、と天賦珠玉が……」
僕の胸から、ずるり、と黒に虹色の天賦珠玉が出てきた。
「……え?」
僕の手には確かに、【森羅万象★★★★★★★★★★】が握られていた——。
焦った。ドチャクソ焦った。しかも身体がぐったりしてしばらく動けなかった。カブトムシの幼虫みたいに身体を丸めてぴくぴくしつつ(しかも口から垂れるよだれすら拭けない)も、頭を働かせて僕は考えた。
体内に【森羅万象】が残っている気配はない。つまり、僕は天賦珠玉を自ら取り出したということになる。誰にでもできるのだろうか? いや、そんなわけはない。できるのならもっと気軽に天賦珠玉の取引がされているはずだし、奴隷たちがそんなやりとりをしているのを見たことも聞いたこともない。
ということは、僕は遠目で見た【オーブ着脱】スキルを自動学習したのだ。
僕にそんな才能が!?
そんなわけがない。これが——これこそが【森羅万象】の本領だということだろう。
「ふー……」
ようやく疲労が回復して僕は身体を起こした。落ちてしまった謎の青い果実を手に取り、土を払ってもう一度かじる。
「あの男は、天賦珠玉を取り出しても平然としてたよね……少なくとも疲れた様子すら見せなかった」
ということは、僕は他人のスキルを使えるようになるけれど、本職ほど自在には扱えないのだろう。
改めて【森羅万象】を身体に取り込むと、スッ、と脳に張っていた霧が晴れるような全能感に包まれる。これはクセになるな……もう一度抜いたりはしないけどね。死ぬほどだるくなるから。身体が。
「待てよ」
僕はふと思い返す。奴隷たちがスキルを使っていたはずだ。特に、食堂のおばちゃんの魔法。
あれも僕は使えるのでは?
「えーっと……確か、こうして風を出してた」
右手をかざして、ふんぬっ、と踏ん張ってみる。
「…………」
だけれど僕の右手からは突風どころかそよ風すら起きなかった。
「あれ? ダメか……。火ならどうだ?」
右手を見つめながら念じると、そこにはポッと火が点った。
「やった! でき——」
その瞬間、僕はたちくらみを起こして横倒しに倒れた。あまりの眠さに、目を閉じた。




