表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソティラス (前編)  作者: 明智 倫礼
5/19

月夜ばかり

 魔法を使わない、いや、使えない地球人、的は放課後一人残って、特別講習を受けていた。クピルはチョークで黒板に丸い円をさくさくっとふたつ描いた。


「小さく赤い方がルヴィニ。紫の方がアメティス。ふたつは兄弟という関係にあるわ」


 教科書の石板を的は見つめていた。最初は、くねくねと踊っているような古代文字だったが、不思議なことに簡単に読めるようになった。まるで、魔法。


「イリョスがエガタにいるため、この世界は太陽がないのよ」


 的は窓の外に浮かぶふたつの月を見上げて、


「神話か……」


 天文学を専攻する的にとって、少し退屈な話だった。そんな生徒の態度を見て取ったクピルは、


「的くん、ここは重要よ」


 彼の注意をこちらへ向けた。窓からクピルへ視線を置いた的は、本腰を入れた。壁にかけられたランタンの灯りが増したようで、クピルの目鼻立ちがはっきりと浮かび上がった。そして、彼女は静かに口を開いた。


「悪魔が出るのよ」

「……?」


 映画やアニメみたいなことを真顔で言うので、的は言葉を失った。クピルは言い聞かせるように、


「悪魔が出るの」

「……悪魔?」


 的はあまりにも非科学的な言葉に、笑いそうになったが、クピルの本気の瞳を前にして、笑うのをなんとか踏みとどまった。そんな彼に気づかず、クピルは話を進める。


「今から、六年前、ここから南へ三百キロほど行ったところの、オクト村に悪魔が突然現れて、たくさんの人が亡くなったのよ」

「悪魔はどこから来るの?」


 クピルはため息をついて、頭が痛いという仕草をした。


「さっき、神話で説明されてたわよ」


 言われて、的はさっきの話を思い返した。


『スコタディの会いたいという強い想いが、悪魔を生み出した』


 的は納得の声を上げた。


「あぁ、エガタっていうところか」

「そういうこと」

「どこかでつながってるの?」

「えぇ、遺跡の奥に道があるのよ」

「ふーん」


 話半分で聞いていた的は、窓の外を眺めた。美しい月明かりの幻想的な風景に、楽しげに話している生徒たちを見ている限り、悪魔なんて、全く関係がないように思えた。


 クピルは窓に近づき、月影を浴びながら、


「新月と満月の日は悪魔が出やすいから、早めに帰るのよ」

「……あぁ、うん」


 とりあえず、うなずいた的の背後には、満月のルヴィニとアメティスがあった。


  ★ ★ ★


 だいぶ通い慣れた道を、的はマイペースで歩いていた。ふとそよ風が、優しく髪をなでていく。彼は途中にある遺跡に目をやった。綺麗な月に誘われるように、そちらへふらふらと歩いていった。


 彼は非科学的な話ばかりの放課後に飽き飽きしていた。大好きな星空を眺めようとして、草原の上に大の字に寝転がった。小さな光が散りばめられた、美しい空が視界いっぱい広がった。クピルから教わった、この世界の歴史を思い返して、


「そんなことあるのか……?」


 的は一人苦笑したが、


『オクト村に悪魔が突然現れて、たくさんの人が亡くなったのよ』


 クピルのこの言葉に、的は顔を曇らせた。セフィスの人は全員、何らかの魔法が使える。能力の差はもちろんある。悪魔退治の魔法使いを育成するため、マディス学園は出来たそうだ。


 的はころっと横向きになると、今度は草原が目の前に広がった。なぜ、自分が今、ここにいるのか? その疑問の答えは見つからず、他の重要なことに気づいた。


「あ……満月」


 今日は悪魔が出やす日だった。的は上半身をのんびり起こして、彼はくすっと笑った。まさか、悪魔が本当に出るとは思っていない彼の、視界の端に何かが映った。的はぎくりと固まり、油差しの切れた人形のように、首がぎぎぎーっとそっちへ向いた。遠くの信号のように、赤く光る目ふたつ。黒いフード付きのローブを風にばたつかせて、こちらにすうっと近づいてきた。


「悪魔!?!?!?!?」


 的は飛び上がった。本当に出た! 口から心臓が飛び出そうになり、一目散に逃げ出した。家まで走れば、なんとかなる。クピルの言葉がよみがえる。


『魔力の弱い人は、各家に護符を貼って、身を守ってるのよ。的くんの家にもあるわ』


 護符!! 的はそれだけを頼りに、全速力で走り出した。だが、左足に激痛が駆けめぐった。バランスを崩しそうになるが、なんとか体勢を立て直し、月明かりの中ひたすら走り続ける。息が上がる。ドキドキと心臓がうるさい。攻撃された。またされるかも。そう思うと、痛みなど気にしていられなかった。命の危機なのだ。


 あともう少し。家の玄関が見えた。不思議と気配がなく、的はもう追ってきていないのかも知れないと思い、振り返ると、すぐ背後にいたーー!! まずい!!


 玄関のドアノブに手がかかるかからないかで、すぱっと開け、中へするりと入った。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 息がはずんでいる。その時だ。ぴかーんと乾いた音がし、青白い閃光が飾窓から入ってきた。


「え……?」


 的は何が起きたのかわからず、ドキドキしながら様子をうかがっていた。


 しばらく、耳をすましていたが、悪魔がドアをぶち壊すでもなく、窓から入ってくるでもなく、呪いをかけられるわけでもなく、何も起こらなかった。


 的はそうっと立ち上がり、キッチンの窓から、外をうかがい見ると、悪魔はあきらめたのか、通りの方へすうっと遠のいていった。


 ほっとしたら、足が急にすくみ、的は壁に背中をずるずると預け、へたり込んでしまった。緊張が取れ、彼の左足の痛みが急によみがえった。


「痛っ!!」


 彼は思わず、傷口に手を触れた。ぬるっとした、生温かい感触が。即座に血だと判断して、


「うわぁー!!」


 家の外まで聞こえるような悲鳴を上げて、的は気絶した。


  ★ ★ ★


 的は左足の激痛で目が覚めたが、家ではなかった。広い天井が広がり、誰かが顔をのぞかせた。


「……先生?」


 かすれた声で、的は言った。クピルは安堵の息を漏らす。


「よかった〜」

「何で?」


 意味がよくのみこめていない的は、目を瞬かせた。


「また来ないから、どうしたのかと思って、家に行ったら、怪我をして倒れてるんだもの」

「…………」


 的の視線の先には、窓辺にたたずむ革のバッグが現れ、次いで、壁にかけられたランタンがちらつき、黒板を見つけた。的は気を失っているうちに、学園へ運び込まれたらしいと知った。


 何も答えない的の足を、クピルはじーっと観察していた。縦に焼け焦げたような跡が残っていた。彼女は深刻な表情で、静かに口を開いた。


「悪魔にやられたのね……」

「…………」


 真一文字に結ばれた的の口は、肯定を意味していた。まさか、本当に悪魔が出てくるとは思わなかった。非現実的なことが、ここでは現実なのだ。肯定することなど簡単にしたくなかったが、認めざるを得なかった。


「今、治すわ」


 クピルはそう言って、傷口に両手をかざした。


「デオス プロセフホメ アナクフィシー」


 呪文を唱えると、的の傷はあっという間に治った。


「…………」


 左足を伸ばしたり曲げたりしてみたが、傷跡も痛みもなかった。今までに感じたことのない不思議な感覚だった。そして、聞き慣れない言葉が気にかかった。


「何語、それ?」


 クピルは含み笑いをしながら、


「古代語よ」

「ふーん」


 的はリアクションが薄かった。彼はとても驚いていても、いつもこんな感じだ。クピルは黒板によって行き、チョークを手に取った。


「デオスは神、プロセフホメは祈る、アナクフィシーは救う、になるの」


 黒板に書かれた文字を見ていた的は、質問をぶつけた。


「先生は、治癒魔法が専門なの?」


 攻撃魔法科の先生なのに、治癒が専門とは不思議なこともあるもんだと、的は思った。だが、クピルの答えは、彼の予想を大きく上回った。


「私は補助魔法が専門よ」

「補助魔法?」


 どんな魔法かわからず、的はいぶかしげに聞き返した。クピルは教えるにはいい機会だと思い、俄然力が入った。教壇に両手をどんとついて、新米生徒を見据える。


「まだ、話してなかったわね。マディス学園は、初等部、中等部、高等部、専門部に分かれているの。的くんは専門部にいるわ」


 どうやら、専門部は大学と同じところのようだ。クピルは黒板にそれぞれの部を書き終えて、


「専門部は攻撃、防御、治癒、召喚があるの。そして、もうひとつ……」


 そこまで言って、一旦言葉を止めた。振り返って、黒板に少し大きめの字で書き、


「補助科がある。すべての補助を行うの。力や効力を増すための魔法よ。そのため、すべての魔法を学んでからの習得になるの。だから、五、六年生にならないと、補助魔法は使ってはいけないのよ」

「ふーん」


 的はどこを見ているのかわからない目をしていた。悪魔は存在する。またいつ、襲われるかわからない。ならば、自分で対処しなければ。そこまで考えて、


「呪文、教えて」

「え……?」


 突然言われたので、クピルは戸惑った顔をした。的は少し怒ったように、


「呪文、練習したいから」


 クピルはやる気を持った生徒を誇らしく思い、微笑みながら、


「わかったわ」


 彼女は教壇の前へ出て、的によく見えるように説明し始めた。


「まずは、この世界に、自分が存在できることの感謝を神に捧げる。次に出したい武器が手から出てくるイメージを強く持つ。次に、武器にしたいものの名前を古代語で言う。マスティギオ……」


 クピルの手に光るムチが突然現れた。


「はぁー」


 的は思わず吐息を漏らした。見事だった。クピルは真剣にまだ話を続けている。


「消す時は、意識を拡散させるだけ」


 すると、クピルの手のうちから、ムチは光の粒子となって消えてしまった。的が何か言おうとすると、チャイムが鳴り始めた。


「次は実技の授業だから、やってみて」


 クピルは石板を一枚渡した。そこには、様々な武器の古代語が載っていた。


「うん」


 的は石板をぎゅっと握りしめた。


 前回と同じ、練習場に立っていた。だが、的は一人隅っこの方で、基礎からの練習。石板を黙って見つめる。武器と言ったら……!! そこで、彼は違和感を持った。


「感謝? どういうことだろう?」


 完全に止まってしまった。彼は今まで、そんな感謝をしたことがなかった。しばらく考えてみたが、うまくイメージできなかった。他の生徒たちが、次々と魔法を成功させ、強力な武器を出しているのを横目で見つつ、どうするか考えてみた。


「そうだ」


 仕方ないので、そこの部分はなんとかごまかして、呪文を唱えてみることにした。


「スパスィ!」


 思わず閉じていた目を、そうっと開けてみたが、手のひらには何もなかった。的はがっくり肩を落とした。人生そんなに甘くないのだ。空を見上げ、ふたつの月を仰ぎ見た。自分の存在する意味とは、それに対する感謝とは何なのか、的は思い悩む日々を送ることとなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ