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ソティラス (前編)  作者: 明智 倫礼
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星空の天使

  星空の天使


 学園と的の家との間にある、ステマ遺跡。心地の良いそよ風と、大好きな満点の星空。それらがあれば、今の的にはこれ以上の幸せはなかった。彼は気づかなかった、ルヴィニとアメティスが空になく、今日は新月だということに。草原に大の字に寝転がって、感謝の意味を考えているうちにウトウトしてしまった。


 しばらくの間、風の音以外は何も聞こえなかった。が、突如誰かの話し声が聞こえてきた、風に乗せられて。


「ーーきみと同じようにやってみるんだけど、うまくいかないんだよね」


 自信なさげな少年の声に、全てを威圧するような、それでいて、包み込んでしまうような澄んだ声が言った。


「それぞれ、アプローチの仕方は違う。キミなりの方法を見つけてはどうだい?」

「ぼくなりの方法……」


 模索しようとすると、澄んだ声が突然割って入った。


「しっ!」

「ん?」


 そこで、話は止んでしまった。何かあったのかと思い、的は起き上がった。様子を伺おうとして、遺跡の入り口にゆらゆらと不気味に揺れていた悪魔と目が合いそうになり、慌てて草むらに隠れた。どうする? 


 ちょっぴり隙がありそうだ。的は静かに後ずさりしようとして、こちらに近づいてくる足音に気がついた。


「ぼくがやるから、手出しないでね」


 足を止めて、言葉の意味を咀嚼する。誰だかはわからないが、どうやら、悪魔と戦うつもりのようだ。用心しながら、人物を伺うと、自分と同じ白いローブを着た少年だ。おそらく、マディス学園の生徒だろう。まだ、魔法が使えない的は下手に逃げて見つかるより、その人が悪魔を倒してくれることに望みを託すことにした。


 足音がどんどん近づいてきた。だが、こちらにやってくるかと思いきや、マリンブルーの癖毛の少年は、的が隠れているすぐそばの、茂みにさっと隠れた。


「?」


 的は小首を傾げた。戦うなら、敵の前に出て行かなくてはいけないのに、自分と同じように隠れるとは、これ如何様に……? 風がザーッと吹き去ってゆくと、何かブツブツと聞こえてきた。


「えーっと、攻撃系は……?」


 ごつごつと石同士がぶつかる音が、次々に聞こえてくる。的の頭の中に、呪文が書かれた石板が浮かんだ。この世界の教科書だ。何かを探しているようだ。


「??」

「あった! えーっと……」


 何だか、もたついているようだ。その間にも、悪魔はこちらに気づいて、近づいてくる。的は少年と敵を交互に見ながら、自分はまだ攻撃できない。どうする? 焦っている的の耳に、


「デ……オス……えーっと……」


 呪文が頭の中で、こんがらがっている少年を置いて、的は自分だけ逃げ出すわけにも行かず、いても立ってもいられなくなって、声をかけた。


「ちょっと!」

「あ、間違えた!」


 少年は詠唱を中断され、振り出しに。アクアブルーの髪が額の汗を吸って、ぴたっりくっついている。だが、石板を凝視している少年には、そんなことはどうでもよかった。


「デオス……えーっと……」


 的は少年にまた声をかけようとした時、悪魔の剣がビュッと振り下ろされた。


「うわっ!」


 危機一髪! 的は左に前転し、攻撃を避け、少年の元へ走った。さっきまで、自分がいた場所には、剣がドスッと音を立てて、地面に突き刺さった。的はあのまま、あそこにいたらと思うと、背筋が凍りついた。彼は少年に切羽詰まった声で、


「早く逃げないと!」


 自分と同じように魔法ができないのなら、そうしないと。だが、相手からは、予想もしない応えが。


「途中で話しかけられると、間違うから、話しかけないで!!」


 的は思いっきり怒られた。それでも、差し迫っている危険を回避しなければ、そういう強い想いが、彼をめげさせずに、


「そんなこと言ってるーー」

「話しかけないで!」


 相手もめげなかった。


 がしゃんという音がすぐ近くでした。的は振り返り、さっきの悪魔に追いつかれたことを知った。悪魔は移動するのは早いが、手の動きが遅く、次の攻撃までにまだ間があった。攻撃の呪文は教わった的だが、んーともすーとも言わない。そんな自分が今できることは、少年をかばうことだけだ! 攻撃の遅い悪魔だったが、さすがに次の手を下しにきた。剣が振り上げられた!


「危ない!」


 的は少年に覆いかぶさり、自らが盾になった。もう、終わりだ! 突如、光り輝く円が、草原に現れた。


「え……?」


 テレビとかで見たことある、魔法……陣? と的は思った。円の中心から、金髪にティアラを戴き、優しげな美女がすうっと下から上へ出てきた。が、的よりはるかに大きかった。手で掴まれたら、即死である。女性の背中には真っ白なものが二つ。


「翼……天使?」


 的がつぶやくと同時に、天使は悪魔を両翼で包み込み、光の粒へと変え、散らしてしまった。用を終えると、天使はするんと陣の中へ戻り、魔法陣もすうっと消えた。


 静寂と美しい星空が戻ってくる。庇われていた少年は、的を手で払いのけ、すっくと立ち上がった。的より幼げな顔だが、眉毛が斜めに上がっていて、怒っているのは明らかだった。少し離れた木の方へつかつかと歩き出した。


 悪魔もいなくなり、落ち着いた的は、木の下に天使かと見間違うような美青年がいることに気づいた。思わず見とれていた。少年は美青年の前まで行って、いきなり怒り出した。


「ぼくがやるって言ったでしょう!」


 美青年はビクともせず、両腕を軽く組んで、ぞくっとするほど落ち着いた声で、


「あのままでは、キミも道明寺 的も殺されていたよ」


 的は驚いた。見知らぬ人物が、自分の名前を知っていることに。


「えっ? どうして、俺の名前を?」


 美青年は天使の笑みで、探偵みたいに推理し始める。


「マディス学園の制服。服の縁の色から、一年生」

「……」


 的はポケーっとした顔で、自分の服を見下ろした。美青年は右へ左へ行き来しながら、


「魔法を使うそぶりは見せなかった。キミの家はこの近く」

「……」


 的は美青年の後ろを覗き込み、自分の家を確認した。


「初めての編入生、学園でキミを知らない者は誰もいない」


 スラスラと、言い当てられて、


「あぁ……」


 リアクションの薄い的も、さすがに納得の声をあげた。その間、ふつふつと湧き上がる怒りを抑えていた少年は、そんなことはどうでもいいというように、美青年に食ってかかった。


「約束は約束だよ! 守らないといけないでしょ!」


 少年の瞳は、こうだと決めたら、テコでも動かない意志の強さを感じさせるものだった。美青年は動じることもなく、さらりと言ってのける。


「ミザリオは『こうでなくてはいけない』と思うから、詠唱がうまくいかないんだと思うな」

「うぐ……」


 ミザリオは言葉を失った。先生からいつも注意され続け、自分でも直そうと思っても、気がつくと、『こだわり』にしがみついている。図星を指されて、何も言い返せなかった。が、彼のイライラは収まらず、矛先は、


「的くん!」


 こっちへ向いた。


「ぼくの詠唱の邪魔しないでよね!!」


 助けようとした人間に文句を言われると思っていなかった的は、ムッとして、


「覚えてないのがいけないーー」

「待った!」


 的とミザリオはびくりとして、ピタッと動きを止めた。美青年の声は、至極威圧感があった。天使も魅了されると噂される美青年は、再び天使の笑みで、


「クリティア ビセオ、召喚科、四年、よろしく」


 自己紹介を強引にして、場を収めた。的に握手を求める。新米魔法使いは、その手を取って、


「さっきは、ありがとう」


 ぎゅっと握って、目線を交わした。二人は手を離し、自然とミザリオに視線が注がれた。ミザリオは居心地が悪くなって、ぶっきらぼうに、


「ミザリオ ラルフ、召喚科、一年」


 握手なし。一息ついて、クリティアが美しい唇を動かした。


「あんなところで、何してたんだい?」


 的は恥ずかしげに、


「居眠りしててーー」


 のんきな言葉は、途中で遮られた。


「魔法が使えないなら、家に早く帰らないとね!」


 ミザリオの言葉に、的は再びムッとして、自分と同じ、半人前の魔法使いを睨み返した。喧嘩をしている二人の間で、クリティアは今日も美しい星空を眺めていた。

 

 翌日の放課後。


 校舎の廊下を他の生徒たちに混じって、的は昇降口へと向かっているが、彼の足取りは遅かった。廊下を照らす、ランタンの灯りがゆっくりと流れてゆく。二度も悪魔に襲われ、昨日は怪我はしなかったものの、自分の無力さを思い知った的は、クラスメイトに片っ端から、『感謝する』の意味を聞いてみたが、みんな一年生で、うまく説明できる生徒はいなかった。クピルにも聞いたが、彼女は超感覚人間で、


『こう、すぱっと目の前が開けた感じよ』


 などと、再現不可能なことを言われてしまった。


「はぁ……」


 的は疲れもあり、珍しく大きなため息をついた。上履きを脱ぎ、靴に履き替える。今日は新月でも満月でもないため、悪魔は出ない。そのため、生徒はまだ結構残っていた。彼の脇を、


「きゃあ〜〜!」


 と言いながら、女生徒ふたりが走って、追い越していった。的は何かあったのかと思い、靴をトントンしながら、ロータリーに目をやった。すると、左の手前の方に人だかりができていた。『感謝』を考えるため、自分には用なしと判断した的は、足早に通り過ぎようとした。


 人だかりは、女生徒たちが主で、黄色い声が飛んでいる。


「クリティア様!」

「っ!」


 的は聞き覚えのある名前を聞いて、思わず足を止めた。昨夜の、あの天使のように美しい青年の顔が蘇った。あれだけの美しさ、人の心に入り込んでくる声の持ち主、それならば、これだけの人が集まるのも無理はない。的は流石にすごいなと思いながら、中を覗こうとすると、


「的!」


 向こうからのご指名。モーセさながらに、女子生徒たちが一瞬にして、左右に分かれ、クリティアと的を結ぶ一本の道が出来上がった。


 クリティアはベンチで長い足を組み、本を片手で開き持っていた。街灯はまるでスポットライトのようで、映画のワンシーンでもおかしくなかった。美青年はまわりに集まっていた少女たちに、


「今日は彼と話がしたいんだ。明日でもいいかい?」


 相変わらず威圧的な声だが、不思議と上から目線ではない。少女たちは素直に、


「はーい!」


 一斉に承諾し、校門へと歩き始めた。クリティアは顔を傾け、自分の隣に座るよう、視線だけで的に伝えた。クリティアのまわりだけ、聖域になってるようで、的はおずおずと彼の隣に腰掛けた。カチンコチンになっていたが、ベンチがひんやりとして、空には紫と赤の下弦の月が浮かんでいて、なんだか妙に落ち着いた。


 クリティアは細長い美しい指で、本を閉じ、的の方へ顔を向けた。


「地球ってどんなところなんだい?」

「んー?」


 質問がざっくりすぎて、何から話していいやら、的は迷った。とりあえず、


「月はひとつしかない。太陽……じゃなくて、イリョス?」

「イリョスね」

「うん、それが毎日、空に登るんだ」

「それは美しいだろうね」


 クリティアは想像して、大きく頷いた。的は少し笑いながら、


「星は見えなくなっちゃうんだけどね」

「魔法は使ってたのかい?」


 クリティアの髪が風に舞った。艶やかでいて、しなやか。あまりにも美しくて、的の目は一瞬、クリティアの瞳から髪へ釘付けになった。少し間があってから、的は慌てて答えた。


「……ううん」

「そうか……」


 クリティアはそう言って、美しい顔を空へ向けた。その横顔に、的は思わず見とれた。この美青年が召喚すれば、天使だって、何だって喜んで出てくるだろうと思った。突然、クリティアがこっちを見たので、的は慌てて視線をそらした。


「何か困ってることはないかい?」


 心の中で、モヤモヤしていることを聞くチャンスが、まさかくるとは思っていなかった的は、目を輝かせた。


「呪文を唱える前の、『この世界に、自分が存在できることの感謝を神に捧げる』がわからないんだ」


 的はクリティアの袖口を見つめた。自分とは違う色、四年生だ。今度こそ、ぴんとくる返事が返ってくると期待した。クリティアは遠い目をして、形のいい唇が動いた。


「一寸先は闇。生きていることが奇跡なのさ」

「……」


 的は期待していたものと違ったことを言われたので、言葉をなくした。唾をゴクリと飲み込み、恐々聞いてみる。


「それは、どういう意味?」


 クリティアはくすりと笑って、


「自分で考えて、理解しなくてはいけないよ」

「あぁ……」


 的はそれはそうだと納得した。自分が魔法を使うのだから、自分で理解してなくでは意味がない。


「ボクは行くよ」


 クリティアはスッと立ち上がった。その仕草も姿勢もすらりと美しかった。


「うん、ありがとう」

「見つかるさ」


 クリティアはそう言って、天使の笑みで手を振り、去っていった。的はしばらくその後ろ姿に目を奪われていた。動きがスマートで、男の自分でも惚れてしまうくらいだった。校門から、クリティアの姿が見えなくなったところで、的はハッと我に返った。


「そうだ。考えないと……」


 まばらになってきた生徒たちをぼんやり眺めて、的はクリティアの言葉を繰り返した。


「一寸先は闇。生きてることが奇跡なのさ……んー?」


 腕組みして、星空を見上げた。


「一寸先は闇……?」


 的の頭の中に地球での出来事が浮かんだ。理有《りある》とファミレスに行って、喧嘩をしてしまった。イライラしたまま眠りについき、翌日には、イライラがなくなって、普通の生活に戻るのだと思っていた。なのに、セフィスに飛ばされて、魔法を習うことになって……!! 的はそこで、めったにない大声をあげた。


「あっ! わかった!」


 彼は思わず、ベンチから立ち上がっていた。近くを歩いていた生徒が、彼をチラチラと見て、くすくす笑っている。的は気まずくなって、再びベンチに座った。そして、一人ほくそ笑む。


「一寸先は闇……って、そういうことか! どうなるかわからないってことだ!」


 自分が経験したことで、言葉の意味を本当に理解した。的は一歩魔法使いに近づいたのだ。まだ、半分問題は残っていたが、的は嬉しくなって、軽い足取りで帰っていった。

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