番外編 あるバカップルの一コマ
月に一度。
合唱サークルには全体会議というものがある。
演奏会の予定。
予算。
新歓。
合宿。
色々決めることがあるからだ。
会議開始五分前。
音楽室にはほぼ全員が集まっていた。
しかし。
誰も会議をする気配がない。
「それでさー」
「マジで?」
「え、知らなかった!」
あちこちでおしゃべりの花が咲いている。
私も一年生の子たちと話していた。
すると前に立った彩花先輩が手を叩く。
「時間ですので全体会議を始めまーす」
誰も聞いていなかった。
普通に会話が続いている。
彩花先輩はもう一度言う。
「みんなー、静かにー」
ワイワイ。
ガヤガヤ。
「しーずーかーにー」
ワイワイ。
ガヤガヤ。
誰も悪気はない。
ただ盛り上がっているだけだ。
いつもの光景だった。
その時。
バァン!!
ものすごい音が響いた。
机だった。
叩いたのは怜司さん。
音楽室中の視線が一斉に集まる。
私もびくっと肩を震わせた。
怜司さんは立ち上がっていた。
そして。
ぐるりと全員を見回す。
凄みのある低い声。
「だまれ」
一瞬だった。
音楽室が静まり返る。
全員が固まった。
さっきまで騒いでいた先輩たちも。
一年生たちも。
彩花先輩ですら。
しーん。
怖いくらい静かになった。
怜司さんが彩花先輩を見る。
「始めてください」
彩花先輩は数秒遅れて反応した。
「あ、うん」
珍しく動揺している。
「えー、それでは全体会議を始めます」
こうして会議は無事スタートした。
◇
会議終了後。
帰り支度をしていると怜司さんがやってきた。
「みう」
「はい?」
怜司さんは情けない顔をしていた。
「なにさせるんだ〜……」
思わず笑う。
さっきまでの迫力はどこへ行ったのだろう。
「上手くいっちゃいましたね」
「上手くいったじゃないんだよ」
頭を抱えている。
「絶対また怖い人扱いされる……」
大丈夫ですよ。
とは言わなかった。
だって。
今回の作戦を考えたのは私だから。
最近の怜司さんは変わった。
もともと優しい人だったけれど。
私との一件以来。
すっかり親しみやすい先輩として認識されるようになった。
それ自体はいい。
いいのだけれど。
聞いてしまったのだ。
先日。
女子会員同士の会話を。
「藤堂先輩かわいいよね」
と。
何を言っているのでしょうか。
この人たちは。
公認の彼女である私を差し置いて。
かわいいとは。
どういうことですか。
私は今でも納得していない。
「別にいいじゃないですか」
「良くない」
「会長には威厳も必要です」
「そんな理由で俺を脅迫したのか?」
「脅迫ではありません」
お願いです。
たぶん。
「お願いに逆らったら拗ねるって顔してた」
バレていた。
少し悔しい。
私は視線を逸らす。
「だいたい怜司さんも怜司さんです」
「俺?」
「みんなと仲良くなって喜ばないでください」
「いや喜ぶだろ普通」
「ほどほどにしてください」
怜司さんは意味が分からないという顔をした。
その顔を見ると少しだけ腹が立つ。
たぶん。
本当に分かっていない。
「桜井先輩の影響ですか?」
「え?」
「憧れの先輩みたいな会長になりたいのかもしれませんけど」
「それはまあ……あるけど」
「でも会長は会長です」
私は腕を組む。
「多少怖いくらいでちょうどいいんです」
怜司さんはぽかんとしていた。
そして。
じーっと私を見る。
私はふいっと顔を背ける。
「もしかして嫉妬してる?」
図星だった。
だから余計に返事をしたくない。
怜司さんは吹き出した。
「してるんだ」
してません。
してませんけど。
少しくらいは。
本当に少しくらいは。
思うところがあるだけです。
「みう?」
返事しない。
「みうー」
しない。
「みうさーん」
だから。
呼ばれても返事なんかしてあげません。
つーん、だ。




