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顔面で殴る皇女様ズ  作者: 月森香苗
ドラスニト王国編

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55 「生きた人形と呼ばれる皇女」②

 髪の毛の色に近い色のリボンやレースをたっぷりと着けたクリーム色のドレス。同色のヘッドドレスが頭部に付けられ、微笑んで立っているだけで人形のようだと言われたルピナスは、現在、婚約者の家の一室で不満を露わにしていた。


「何様なの、この老婆は」

「姫様、言葉が乱れてますよ~」

「下品な招待状です。優美さの欠けらも無い。ニアお姉様のセンスを学んで欲しいですね」


 忌々しそうに指先で摘んだのは、ドラスニト王国の王太后イゾルデが寄越した「王太后主催のお茶会」への招待状である。

 王都に赴き国王へ挨拶もしていないにも関わらずこんなものを寄越すなど、あまりの常識の無さにダーレン大公は「恥ずべき事だ」と頭を抱えていた。

 どこかの国の王女などであれば、まあ問題には問題であったが外交などからある程度は許容範囲であろう。

 しかし、ルピナスは違う。

 王国にとって宗主国たる帝国の皇女の元に馳せ参じるべきなのだ。それなのに足を運べと同等のこの招待状は示している。

 止める者は一人としていなかったのだろうか。居なかったのだろう。

 得てして愚か者の周りには愚か者しか集まらない。心ある賢い者を愚か者は排除したがる傾向にある。



 ダーレン大公の居城の最も格式高い貴賓室を宛てがわれたルピナスは、ここに来て五日目であるがとても居心地の良い生活をさせてもらっている。

 ダーレン大公家は当主ヴォルグと夫人シランの間に二人の子供がいる。

 ルピナスの婚約者であるジェレミーと、その妹のエリカである。

 エリカとは密談の後に改めて挨拶を交わしたのだが、帝国に強い憧れを抱く彼女はルピナスに対して初めこそ挙動不審と思われるほど緊張していた。

 しかし、翌日のティータイムを共にする頃には立て直してルピナスも楽しいと思える会話が出来た。

 皇族の中でルピナスは最年少だったし、同年代の令嬢達と関わる事もあまり無かったので、明らかに年下の未来の義妹となるエリカをルピナスは好ましく感じていた。

 大公家の令嬢としての学びもきちんと行っているエリカはジェレミーと同じ赤茶の髪の毛をしていて、それもまたルピナスには好感が持てた。

 エリカはその色があまり好きではないのだという。

 ドラスニト王国では金の髪の毛の方が好ましく思われている。更に、ダーレン大公家は王太后イゾルデに疎ましく思われているのもあり、王都の貴族令嬢から陰で蔑ろにされているのだという。

 とは言えど、そうでは無い令嬢もいるので友人はいる。ただ、積み重なったものがどうにも心に陰を落としているようであった。

 やはりイゾルデは害虫でしかない。


「私、ジェレミー様と同じ髪の色のエリカの髪の色が好きよ」

「お義姉様……!」


 エリカから呼び捨てにして欲しいと願われ、また義姉と呼びたいと願われたのでルピナスはそれを許した。

 十五歳にしてメリハリがあり背も高いエリカを羨ましく思うが、エリカはきちんとルピナスを年上の女性として敬ってくれているのもあり、未来の義妹をとても愛しく感じる。


「エリカ。貴女にあげたいものがあるの」


 ルピナスが連れてきた侍女に視線を寄越すと、侍女は静かに近寄り手にした小箱をエリカの侍女に渡した。

 ルピナスの両手に収まる大きさの小箱は派手な装飾は施されていないが、よく見れば小さな宝石が散りばめられた品の良いものだと分かる。

 エリカの侍女が彼女に手渡すと、エリカはきょとんとした表情になったが、直ぐに取り繕っていた。


「こ、これは」

「開けてみて」


 蓋を開けると中には「ルピナスの花」のブローチが納められていた。

 ルピナスの髪色であるピンクゴールドとピンクダイヤモンドが一粒嵌め込まれたブローチ。


「お義姉様!わ、わたくしの身に余るものです!」

「あら。未来の義妹にはぴったりだと思うわ」


 帝国に強い憧れを持つエリカは当然のように、帝国貴族が皇女の名を持つ花の装飾品を付けないことを知っていた。

 例外はその皇女自らが与えた者だけ。

 有名なのはルピナスの姉カルミアがドラスニト王国とは別の国の公爵令嬢を大変に気に入り、己の名前の髪飾りを贈った事だろう。


「エリカ。貴方は決して蔑ろにされて良い立場では無いわ。私の義妹になるの。ダーレン大公家の貴方を下に見るということは最終的に私を下に見るも同じです」

「は、はい!」

「私と外に出た時は必ず付けてくださいね」

「わかりました」


 姉は一人にしか贈っていなかったが、ルピナスはこれで三人目である。

 ショモナ王国で望んだ二人の令嬢。小さな属国から招いた二人の身を守る為の装飾品は効果を発揮しており、彼女達は周りから蔑ろにされることは無かった。

 陰ではどうかは分からないが、表立って悪く言う者はいない。

 皇女の特別とは振り撒かないからこそ意味をなすのだ。



 そんな会話をして程なくして送られてきた招待状。

 王太后イゾルデがどれだけ大公家、そして帝国を下に見ているかが感じ取れた。


「国王に手紙を書きます」


 控えていた侍女に言えば、直ぐに手紙の準備がなされた。

 帝国の技術が詰め込まれたルピナス専用の紙には皇女の紋が透かしで入っている。

 皇族にはそれぞれの専用の物があり、その一つが手紙の為の紙とインクである。これを無断で使用する事は罪とされ、場合によっては極刑すら有り得る。

 ルピナスは大変丁寧に言葉を連ねたが、その中身は決して優しいものではない。

 国王への手紙となれば本来ならば届くまでに時間がかかるだろうが、皇女からとなれば全ての手続きなど飛ばされて速やかに届けられるだろう。

 そも、誰かを経由するなんてこともない。

 使者に持たせた手紙は間違いなくその者の手で手渡さなければならない。


「母親の傀儡の国王が果たしてどう動くのか楽しみです」


 封蝋を施した手紙を届けるのは誰が良いか。

 帝国貴族が適切であるのは間違いない。皇女の名代として赴くのだから。


「使者はログナス様に任せようかしら。丁度この城にいますし」

「それはいいですね!」


 護衛をしながらもトリシャとはこうして気楽に話が出来るのも、ルピナスがそれを当たり前と思うようにしてきたからだ。

 太陽のような笑みを浮かべるトリシャをルピナスは気に入っている。



 ログナス=ジュヴェロ。

 ダーレン大公領に隣接した帝国の西の辺境伯家の後継者で、皇太子妃アヴェリーヌの実の兄。

 ルピナスへのご機嫌伺いで来ている彼は道理をよく分かっている。


「ログナス様とお義父様にお会いしたいわ」


 侍女に告げるだけで良い。

 ルピナスは人形のようだと言われてはいるが、人形ではない。

 その本質は、自分の快適な生活の為に場を整える為には努力を惜しまない中々な苛烈さを有している。

 それを知る者は非常に少なかった。

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