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顔面で殴る皇女様ズ  作者: 月森香苗
南の辺境伯領編

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50 可愛いに全振りした元皇女様⑤

 皇族の婚姻は大抵は帝都にある大神殿にて行われる。しかし、例外もある。

 バドシュラ辺境伯領は大型獣が出没する為、当主か後継者が領地にいるのは必然とされていた。

 マディスは次期辺境伯の為、帝都で結婚式を行うと父親である当主が参列出来なくなってしまう。

 その為、カルミアとマディスの結婚式は辺境伯領の神殿で行われる事となった。

 皇族からは皇帝とカルミアの母である第三側室チェルシー、それと第一皇女アナベルと第四皇女ルピナスも参列する事となった。

 第二皇女であったトレニアは既にゾルダ王国に嫁いで王太子妃として忙しい日々を過ごしている上、妊娠しているので手紙で祝いの言葉とゾルダ王国で近年特産にすべく力を入れている織物や魔導具により長期保存が可能となった乳製品が送られてきた。

 トレニアの代理として、大魔法使いのリーチェデルヒとサーヤが転移魔法で運んでくれたのだ。


 白いドレスはトレニアの結婚式を機に着るものが増えた。カルミアもまた、同じように白を選んだ。

 流行を生み出してきた姉がシンプルながらも美しい婚礼用のドレスを着た事で、華やかさから一転、清楚さと無垢を強調するようなパターンが主流となってきていた。

 ドレスのデザインは長年専属をしてくれていたデザイナーと何度も打ち合わせた。元々ドレスに対して拘りはさほど無かったのだが、このドレスだけは特別だった。

 母のチェルシーも時には混ざり、細かい所までをとにかく詰めた。


「ミアお姉様、綺麗」

「本当ね。とても素敵よ、カルミア」


 姉と妹の賛辞を受けて微笑むカルミアが纏うのは、一見すればとてもシンプルなデザインだった。

 しかし近くで見ればボディスは白の糸で緻密に刺繍が施されていて、髪の色に近いホワイトブロンドの糸でカルミアの花が施されていた。

 スカートはベースの上にチュールを何枚重ねてふんわりとしたシルエットになっている。特に一番上のチュールには繊細に「アナベル」「トレニア」「ルピナス」の花が刺繍されていた。

 普段は体をきつく拘束するドレスを苦手としているが、今日だけは我慢が出来た。


 ホワイトブロンドの髪の毛を緩く編み込み、色とりどりのカルミアの花を挿しこんでいる。

 耳と胸元を飾るのは辺境伯家に代々引き継がれてきたパープルダイヤモンドの装飾品。

 かつて辺境伯家に輿入れした皇女が嫁入り道具の一つとして持ち込んだそれは、皇族の証である紫の目によく合っていた。


 控え室には今、姉と妹しかいない。父の皇帝と母の側室は別の部屋で時間まで待機している。

 カルミアの支度を済ませた侍女の内、専属であり辺境伯家に共に移るマキナだけが部屋の中で静かに控えていた。

 姉妹が語り合う僅かな時間の為に、他の侍女達は廊下に控えていた。


「アナベルお姉様、ルーちゃん。今日は来てくれてありがとうございますぅ」

「大事な妹の為だもの。おめでとう、カルミア」

「……私は、来年にはドラスニト王国に行くので、滅多に会えなくなります」

「ルーちゃん」

「寂しいですけど、お姉様が幸せならそれが一番です」

「うん。わたし、幸せになるよぉ」


 姉妹の中で一番小柄なルピナスを抱きしめる事が出来ない。完璧に整えられたドレスを乱す訳にはいかないから。


「ねえ、カルミア。これまでに無いことをするのですって?」

「はい。ゾルダ王国の大魔法使いサーヤに教えて貰ったことをしようなぁって、マディス様と決めたんですぅ」

「今は教えて貰えないの?」

「驚いて欲しいのでぇ。内緒ですぅ」


 にこりと笑うカルミアに、アナベルとルピナスは顔を見合せた。きっと彼女は今は言わないだろう、と分かったので。

 甘やかな話し方をするカルミアが意外にも頑固なのを知らない者が多いが、姉妹なので当然知っている。


「一つだけ言うならぁ、異世界の結婚式を参考にしたんですぅ」


 テンセーシャ、ではなく転生者の知識を持つ者が産まれることが稀にあり、大抵は迷惑をかけられてきたが、有用な知識もあった。しかし今回は、その異世界から生身のままで来た者達がいた。

 彼等から異世界の結婚式のことを聞き、いいな、と思うものを取り入れてみたのだ。

 従来の結婚式とは違う点が多々あるが、折角皇族として産まれて注目度は高い。今後の結婚式のやり方の一つを増やすつもりだった。


「楽しみにしているわ」

「私も、参考にするかもしれませんし楽しみです」


 そう言って姉妹は控え室から去った。

 少しの間、一人にして。

 控えていたマキナに告げると、彼女は一礼して部屋の外に出る。すぐ側にいるだろうが、誰も居なくなることが大事だった。


 今日の結婚式には多くの貴族も招いている。辺境伯邸で行われる披露宴では更に多くの人が集まる。

 カルミアは静かに目を閉じた。


 皇女として生まれた事を悔いたことはない。贅沢を充分とさせてもらった。きっと誰もが羨む生活をしていただろう。

 しかし同時に、貴族では考えられない重責を負っていた。

 皇族は謝ってはならない。なぜなら、間違えてはいけないからだ。

 誰もが一挙一動を見ている。油断した姿など見せてはいけなかった。

 更に、皇族の婚姻は国が絡む事は当たり前のようにある。アナベルのようにその才能を外に出す訳には行かないなどの特例で無い限り、益となる結婚をしなければならない。

 幸いなことに帝国は支配者であるため、皇女にも選ぶ余地があった。

 先に結婚したトレニアは勿論、兄二人も政略で婚約者が決められた。カルミアも既に決められていたようなものだ。

 マディスがカルミアに恋をしてくれ、大切にしてくれたのは奇跡だろう。彼はカルミアの在り方を尊重してくれている。


「カルミア様、お時間です」


 軽いノックの後に開かれた扉。マキナの声にカルミアは目を開ける。


「うん。行くよぉ」


 皇族からの籍は抜ける。貴族になる。しかし、死ぬまでカルミアは元皇女として見られ続ける。それでも、どこにいてもカルミアは変わらないだろう。




「美しいな、カルミア」

「でしょう?」


 大きな扉の前に立つのは皇帝トラディアス。サーヤから聞いた「父親と共に入場する」と言うものを父は叶えてくれた。

 中には新郎であるマディスが神官の前で待っている。


「子らが成長するのは早いな」

「寂しいですかぁ?」

「いや。早くガルディアスに譲って余はそなた達の住むところを巡りたいと思っておる」

「ふふ。一番はトレニアお姉様のところですねぇ」


 周りを騎士達が油断なく警戒している。トラディアスもカルミアも自分の身は自分で守れる程度には強いが、それとこれとは話が別である。


「余は皇帝である。故に、貴族となるそなたを贔屓には出来ぬ。だが、父として言わせてくれ」

「はい」

「幸せになれ。嫌になれば戻ってこい」

「はぁい」


 トラディアスの差し出した腕に手を掛ける。それが合図となり、扉がゆっくりと開かれた。

 ざわりと空気が揺れるのを感じる。



 礼装を纏いマントを掛けた皇帝と、白のドレスを着た皇女はゆっくりと祭壇までの道を歩む。

 従来の結婚式では花嫁が一人歩むべき道を父と共に歩く姿は参列者の目を奪った。

 祭壇まで辿り着いた二人。一人待っていたマディスは二人を見つめている。


「カルミアを頼むぞ」

「命に変えても必ずや」


 父の手から夫となる花婿の手へと渡される。トラディアスはチェルシーの隣に空いていた席へと腰を下ろした。


 皇族から貴族となる為、血の誓約はない。その代わりに、永遠を誓う要素を入れた。


「切れ目のない円は永遠の愛の象徴。二人を死が分かつまで共にあるという誓いと共に、指輪の交換を行います」


 神官の厳かな言葉。

 重厚なベルベットのケースに乗せられていたのは極めてシンプルな、しかし二人の色を交えた特別な指輪である。


「左手の薬指は心臓に至るまでの愛の血の流れがあるとされているそうです。そこに二人が誓う証の指輪を嵌めることで、夫婦の絆は永遠となる事でしょう」


 前もってカルミアとマディスはこの神官に話をした。異世界の知識である事は秘匿した上で、既婚者となった証をお互いにつけたいと言ったのだ。

 これは何もパフォーマンスだけでは無い。既婚者と未婚者が分かりにくい社交界で分かりやすい証となるし、牽制にも使える。

 外すという事はそれだけ躊躇いも出てくるだろう。


 マディスが先に指輪を取り、カルミアの手を取ってそっと嵌める。きちんと奥までハマったのを確認すると、カルミアもまたマディスの手を取り指に嵌める。慣れていないと中々難しいと聞いていたので練習したが、上手く出来てよかった。


 最後に婚姻誓約書に署名をして夫婦として認められた。



■□■


 辺境伯邸での披露宴はとにかく豪華であった。

 レーグが臨時の料理長となり、食材も惜しむこと無く振舞った。

 皇族の周りには騎士がいた為、近寄ることは出来なかったがそれでも食事の場は賑やかであったし、ホールに移動してからは音楽と共にマディスとカルミアがファーストダンスを踊った。


 白のドレスから着替えたカルミアは若草色のドレスを着ていた。マディスの目の色である。


「ミア、とても綺麗で意識が飛びかけたよ」

「マディス様ったらぁ。ふふ。指輪の交換の時は皆が注目してましたねぇ」

「男が指輪を付けることはほとんど無いからね」


 お互いの指にはまる指輪にくすくすと笑い合う。

 政略結婚は貴族の宿命とも言えるが、二人の出会いはそうでも互いを思いあっている事は一目瞭然で、令嬢達の視線が強い。


 程々の所で二人は中座した。

 初夜の為の準備があるのだ。


 サーヤから結婚祝いと称して魔道具で作られた、湯を貯めることが簡単な浴室を作ってもらった。これには義母となる辺境伯夫人も大感激だったし、メイド達も大喜びであった。

 入浴の準備はそれだけ面倒なのだ。温泉が湧くレドニージュ公爵邸が羨ましいほどに。

 湯の温度を調整した浴槽に浸かり、カルミアは入念に磨き上げられた。


 夫婦の寝室には既にマディスがいた。男の方が準備に時間が掛からないからだろう。

 本来は恥じらうとこなのだろうが、その点でカルミアは豪胆であり、気負いなくマディスのところに向かうと腰を掛けていた椅子の隣に座った。


「お待たせしましたぁ」

「いや。あ、お酒飲む?」

「うーん……少しだけ」


 緊張を解して恙無く進ませる為の酒を、カルミアは少しだけ飲んだ。

 マディスの大きな手がカルミアの肩に乗せられてそっと抱き寄せられる。


「やっと、二人きりになれた」

「仕方ないですよぉ。結婚するまでは駄目なんだからぁ」


 常に侍女が控えるか扉を開けているかで、二人きりになるなんて事は出来なかった。

 誰も見ていない中で二人きりになったのは今が初めてである。


「初恋のミアと結婚して夫婦になるって、奇跡だな」

「わたしもですよぉ」

「えっ」

「マディス様が初恋ですよぉ?」


 ふふ、と笑うカルミアにマディスは顔を赤くする。酒のせいではない。

 異性に対して恋愛感情を抱いたことなんて無い。マディスをそういった意味で好きになったのは最近だが、きちんと好きだ。


「えっと、ベッドに行こうか」

「はぁい」


 挙動不審になりながら言った事に頷いたカルミアを、マディスが先に立って手を差し出して立たせる。

 辺境の地で戦う彼はとても整った顔をしている。顔にこだわりの無いカルミアだが、マディスの顔は好きだ。

 普段はあまり変わることの無い表情がカルミアの前だけではころころ変わるのだから見ていて飽きない。


「その、大事にするから」

「わたしもマディス様を大切にしますねぇ」


 顔を近付けてキスをして、それからは甘く熱い時間だった。

50話目( ˇωˇ )


マディスは貴公子っぽい見た目なので、カルミアがいなければ狙っていた令嬢は多いです。

カルミアから奪おうとするのは自滅行為だし、「私の方が可愛い」とか言ってアピールしようとしても鼻で笑われるだけと言う。


カルミアは「私可愛いから」系のよくあるヒロイン潰しのために考えたのですが、口調以外はとても書きやすい姫です。


マディスとカルミアが並ぶと貴公子(脳筋)と姫(脳筋)で中身を知らなければお似合いと思われてます。

なお、バルグスとローゼルは美女と野獣と思われてます。

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