48 可愛いに全振りした元皇女様③
短め。
皇女時代の夜会のカルミアは一度は書いておきたかった。
カルミアは夜会が苦手だった。
ドレスは窮屈だし、カルミア達を見てのぼせあがる令息達と、そんな彼らを見た後にカルミア達皇女に対して、嫉妬を隠したつもりで隠せてない目を向ける令嬢達。
義務だとわかっていても面倒だと思っていた。
幸いにしてカルミアにはマディスという婚約者がいる。彼はカルミアの在り方を尊重してくれるし、彼の領地での大型獣との戦闘を話してくれたりして楽しませてくれる。
カルミアが降嫁するのは決まっている。なのに、夜会で無礼にも話し掛けてきては「彼よりも自分のところに来れば安全で贅沢な暮らしをさせてあげられる」なんて言ってくる者は後を絶たない。
安全な暮らしも贅沢もカルミアにはいらないものだ。
そりゃあ、お金があればレーグが使える食材に制限を設けなくて良いので料理の幅は広がる。
しかし、家に籠っているだけの夫人の生活はカルミアには合わない。
皇女としての教育により、どんな時でも可愛らしい笑顔を浮かべる事が出来るのだけれど、執拗な相手に対してまで発揮されなくても良いでは無いか。
「カルミア皇女殿下、宜しければ私とダンスを」
「……」
どこぞの貴族の令息がやけに自信満々にダンスに誘ってくるが、カルミアはまだ踊っていない。
皇帝と皇后は近年最初のダンスを皇太子であるガルディアスと皇太子妃アヴェリーヌに任せている。二人のダンスの後は、近頃婚約を発表したばかりのトレニアとベイセル、ルピナスとジェレミーがホールで踊っていた。
カルミアとマディスの婚約は最近のことでは無いし、父親である当主代理として他の辺境伯に挨拶に向かった彼が迎えに来るのを待っていたのだ。
ファーストダンスは基本的に伴侶や婚約者とするものだ。
「まだわたし、今日は踊ってませんのでぇ。マディス様のお戻りを待っているのですぅ」
にこりと笑みを浮かべると、周囲を囲んでいた令息達が見蕩れていたけれど、カルミアにはこれっぽっちも嬉しいものではなかった。
「戻って来ないようですし、殿下が壁の花となるのは勿体ないことですよ」
空気を読めない馬鹿なのだろうか。
そもそも、皇族に向かって馴れ馴れしすぎやしないか。
カルミアの機嫌が徐々に下がっていくのを誰も気付いていない。いや、一人だけ気づいた者がいた。
「カルミア殿下。ここにいらしたのか」
「バルグス様。それにローゼル嬢。来てくれたのねぇ」
「ええ。わたくしにまで招待状をありがとうございます。おかげでバルグス様と参加が叶いましたわ」
ざわり、空気が揺れる。
レドニージュ公爵家の子息が他国の公爵令嬢と婚約したという話はすぐに広まった。
その外見から中々相手が見つからなかったバルグスが縁を結んだのは、属国ショモナ王国の第一王子の婚約者だった令嬢。
婚約が解消されたのは瑕疵があったからなのでは、など令嬢達の間で蔑みと共に噂されていたのだが。
「その髪飾り、とても似合ってるわぁ」
「カルミア様からの贈り物ですもの。嬉しくて付けてまいりましたわ」
ローゼルが髪に差し込んでいるのは「カルミア」の花飾り。皇女と同じ名を持つ花を社交の場で付けるのは不敬とされている。しかし、例外は当然ある。
その皇女自らが与えた場合だ。
「ローゼル嬢はわたしのお友達だものぉ。ドレスも一部お揃いなのよぉ。バルグス様、どうかしらぁ?」
「お似合いですが、やはり我が婚約者の方が似合っているかと」
「バルグス様!カルミア様に失礼ですわよ」
「ふふふ~。良いのよぉ。自分の婚約者を大事にするのは当たり前の事なのよぉ?仲を取り持ったわたしって見る目があるでしょう?」
カルミア自ら縁を取り持ち、これまで誰一人として友人だと言った事の無いカルミアがドレスに揃いの部分を誂えたり髪飾りを与えたりした令嬢。
それは、バルグスの婚約者ローゼルがカルミアにとってそれだけの価値を持つという事である。
そして牽制でもあった。カルミアは社交には興味が無いが、しないわけにもいかない。バルグスの婚約が発表されると共にローゼルへの明らさまな嘲りに対してカルミアはこの大きな夜会の場で知らしめたのだ。
ローゼルを害するならば、カルミアが許さない、と。
さて、そんな風に親しい者で会話をしていたのだが。
「レ、レドニージュ公爵子息。私は今、カルミア皇女殿下をダンスにお誘いしていたのだ。邪魔はしないでいただきたい」
空気が読めない愚者は立ち去っていなかったようだ。
侯爵家の息子だったか、と笑顔の下で再度苛立ちを湧き出させたカルミアだったが。
「貴殿は今一度作法を学び直してこい。カルミア殿下は婚約者であるマディスと踊っていない。と言うよりも、皇族に対して無礼だろう。婚約者を蔑ろにして他の誰かとファーストダンスを踊る、はしたない方と後ろ指を刺されるように仕向けたいのか?」
明文化されてなくとも暗黙の了解というのが存在する。社交界はそんなものに満ちていて、一つでもそれを外すと悪意を込めて広められるのだ。
「貴殿はまだ社交の場に出るには早かったようだな」
体格の立派なバルグスが見下ろすように言えば、しつこかった令息は顔色を悪くした。
そんなタイミングでやって来たのがカルミアの婚約者である。
「ミア様、お待たせしました……どうしたんだ?」
「いや。マナーの悪い奴に指導していただけだ」
カルミアの傍に戻って来たマディスが、やけに威圧しているので気になって声を掛けたのだが、そうか、と頷いただけで話を終わらせた。
普段から命懸けの場にいるマディスにとって、嫉妬などの感情はあまり気にならないものだ。
「ミア様、この次の曲になったら踊りましょう」
「ええ」
漸くカルミアにしつこかった令息はマディスの登場で諦めたらしい。
マディス、と言うよりもバドシュラ辺境伯家は国の守護者で英雄という位置付けである。更に、マディスは辺境伯夫人に似た整った顔立ちをしている。
そこらのひ弱そうな令息では叶わない魅力に溢れている。そしてそんなマディスはカルミアに惚れ込んで顔が緩みきっているのだ。
「三曲は踊りたいですぅ」
「構いませんよ」
婚約者なので三曲連続踊っても咎められない。マディスとならばダンスは好きなのだ。体幹がしっかりしていて安定しているし、ほんの少しいたずらを仕掛けてもすぐに対応をしてくれるから。
その日のカルミアは、マディスとしか踊ることは無かった。




