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37.メアリー・オクタヴィア

 ホーソン子爵一家が帰る前にひと騒動があった。

 ダニエルの弟ヘクトルが私の落下事故を事件と思い込み、また開かずの間の幽霊の真相を暴こうと、独自に調査していたのだ。その結果メアリー・オクタヴィア伯母が犯人と断定、ダニエルと共にオクタヴィア伯母にお別れの挨拶に行った時に、その推理を本人の前で披露してしまったのだ。


 挨拶を済ませ、ダニエルが弟を行くように促すと、ヘクトルはゴクンと唾を呑むと伯母に言い放った。

「メアリー・オクタヴィア伯母さま、メアリー・ラフェルを突き落としたのはあなたなんでしょう?」


 突然の言葉に、オクタヴィア伯母とダニエルは暫く呆然とした。

 我に返ったダニエルは大慌てで言った。

「何を言うんだ!ヘクトル、すぐに伯母さまに謝るんだ!」


「だって伯母さまが階段や開かずの間の扉の前で何度か怪しい行動をしてたのを見たよ!それに調査をしている僕に何してるの?ってしつこく聞いたのも伯母さまだけだったし!」


 エリザベス伯母は父より1年年上なだけだったが、祖父母の結婚後にすぐに授かったオクタヴィア伯母は父より8年も年上だった。

 なぜ男ではなかったのかと祖父が嘆いたほど頭が良く、デビュタントでドルトンに滞在すると、知識人や芸術家の仲間で繋がり、祖父を説得して、独身のままドルトンで生活するようになった。

 妹であるエリザベス伯母とは違った気位の高さと威厳があり、私たち姪や甥たちも近寄りがたかった。


「まあ、私がなぜ小さなメアリーを突き落とさなければいけないのかしら?」

 オクタヴィア伯母は、弟を謝らせようとするダニエルを止め、ヘクトルに聞いた。


「ラエル、小さなメアリーのことだよ。ラエルがお祖母さまの財産を全部貰っちゃったからじゃないかな!」

「あら、それならあなたの母親のエリザベスも同じ動機があると思うけど」

「お母さまはその日、お腹に赤ちゃんがいるって分かって寝てたし、そんな危険なことしないと思うよ」

「そもそも小さなメアリーに何かがあったとして、お母さまの財産は私やエリザベスではなくオズワルドに行くわよ」

「オズワルドは伯爵になるからお祖母さまの財産がなくても大丈夫じゃないかな。それに本当にラエルのことを心配していたし」


 お、ヘクトルは伯母さまに負けていないじゃないかと、ダニエルはこっそり感心した。


「あと、あの事件の後、2階にいた親族の中で一番最後に来たのは伯母さまだったよ」

「違うわ。最後に来たのはレイモンドよ。2階で一番遠い図書室から来たから」

「あれ、叔父さま、寝室にいたんじゃないの?」


 このとんでもない対談の後でダニエルが私の所に早速報告に来た。

 ベッドの横で椅子に座り、驚きの展開に彼もかなり興奮していた。


 私も驚いた。ヘクトルの無謀な行動についてもだが、父があの時図書室にいたということだ。

 スーザンと一緒ではなかった?


 考え込んだ私にダニエルは言った。

「伯母さまは認めたよ」


「え?私は突き落とされてないわよ」

「違う違う。幽霊の方。オクタヴィア伯母さまだそうだ。開かずの間は、ずっと以前は伯母さまの部屋で、伯母さまが家を出ていってからラファエル叔父さんの部屋になったそうなんだ。だから鍵を持っていたと。懐かしいので久しぶりにかつての部屋で過ごしていたらあの事故で、階段のすぐ横の部屋だから気付いたって。呼び鈴を鳴らしたのも伯母さまだそうだよ」


「そうだったのね。それなら伯母さまは私の命の恩人だわ」

 もしそうなら伯母さまはスーザンのことも見たのだろうか?私が落ちる時、手を差し伸べたスーザンは、あの後どうしたのだろう?

 本当に骨折した足が憎らしい。伯母さまにもスーザンにも自由に会いに行けない。


「伯母さまにお礼を言いたいのだけれど」

「僕から言っておく」


 ダニエルは立ち上がった。

「そういえば事故の前の晩の夕食、伯母さまは疲れたからと途中で退席してたよね」

「そうね。確かにそうだったわ」


「伯母さま、開かずの間からラエルの美しいボーイフレンドを見たって。幽霊は確定だね」

 そう言いながらダニエルは少し笑った。

「散歩で通りかかったとか言ってたけど、しっかり屋敷の方まで入ってきたんだね」


 あの日…あの日はオルフェとフェリシアのキスを見てしまった日だった。

 オルフェは私に会いに来てくれたのだ。


「ダニエル、オルフェの真剣な行動をからかってはいけないわ。そういうことに慣れていないし、一生慣れることはないと思うわ」


 ダニエルは溜息をついた。

「12歳のラエル、君は時々、僕より10年は上じゃないかと思うよ」


 17歳のダニエル、私はあなたより2倍生きているわ。



 *  *  *  *  *  *  *



 ようやく私の寝室に来たスーザンと2人きりで話ができた。

「あの日、お父さまと一緒じゃなかったのね?」


 スーザンは頷いた。

「ええ。何もありませんでした。あの日、エリザベスさまの看病をした後で、遅い時間にお部屋を出た後、廊下で気分が悪くなって倒れそうになったのです。その時、通りかかった旦那様が支えてくださって、気分がよくなるまでとお部屋に連れていってくださったのです」


「そうなの?」

 でもいくらなんでも深夜に主人の部屋にメイドを招き入れるって…。


「私はひどく泣いていましたから、他に人を呼べなかったのでしょう。さすがにベッドは遠慮させていただいて、ソファーに寝かせていただきました。そして私の話を聞いてくださって、少しでも落ち着くようにとお酒を飲ませてくださって、ご自分は調べ物があるからと図書室へ行かれたのです」


 そしてスーザンは申し訳なさそうに言った。

「私はうっかり眠ってしまって…」


 お父さまは一度は部屋に戻ったのだろうか?困っただろうな。

 悲しくも微笑ましかった。

 他のメイドだったらそうはしなかっただろう。スーザンだったからだ。


「お嬢さま、お渡ししたいものがあるんです」

 スーザンはポケットからあるものを取り出した。

 1本の鍵だった。


「ラファエル様のお部屋、開かずの間の鍵です」


「えっ?それはオクタヴィア伯母さまが…」

 と言ってから、オクタヴィア伯母が持っているのは、伯母とダニエル、ヘクトルと私だけの秘密にすると、ダニエルと約束をしたことを思い出した。


「私も持っているのです。ラファエル様が亡くなる時に頂きました。私は昔、ラファエル様付きのメイドだったのです」

「私もっていうことは、他にも持っている人がいることを知っているの?」


「お嬢さまが階段から落ちられた時、すぐに人を呼ぼうとしました。でも、オクタヴィア様がラフェル様のお部屋から出てこられて、私を中に入れられたのです。今出ていくのはまずいからと。そして呼び鈴を鳴らされたのです」


「そうだったの…」


「あのお部屋のお隣が亡くなられた奥さま、お嬢さまのお祖母さまのお部屋だったとご存知でしょうか?あちらには鍵がかかっていないので、そちらに2人で行きました。更にお隣の部屋にオクタヴィア様はお泊りになっているので」


 スーザンは私の手に鍵を握らせた。

「この鍵はお嬢さまにお渡しします。申し訳ございません。あのお部屋を1人で泣きたい時に利用させていただきました。ずっと2人部屋だったので」


 そして多分、恋人と会う時にも利用していたのだろう。

 明るいジェイド伯父は、伯爵家のメイドたちにも気さくに話しかけていた。けれどスーザンに話しかけるのは稀だったし、親しくしている所を見たことはなかった。だから2人の関係に少しも気付かなかった。


「ドルトンのオクタヴィア様のお屋敷では、娘を連れていってもいいそうです」


「そうなの?良かったわ。でも私も会いたかったわ。いつか…」

「ありがとうございます。お嬢さまが娘も一緒にここで暮らしても良いと仰っていただけた時はどんなに嬉しかったことか。でもあの子は…」


 そう言って悲しそうに微笑んだ。

「父親の方によく似ているのです」


 その子を見れば伯爵家の者は一目で誰の血を引いているか分かってしまうのだろう。


 その後でオクタヴィア伯母も私の部屋に来てくれた。

 私は私の事故の時に呼び鈴を鳴らしてくれたこと、それにスーザンのことを頼んだ。


「いいのよ。スーザンには返さなくてはいけない恩があったから」


 明るく人懐こいダニエルでも、威厳のあるオクタヴィア伯母は苦手にしていたが、私も同様だった。

 同時にとても信頼できる存在でもあった。

 『デッドロック館』のメアリーも、デッドロック館を出た後、兄ではなく伯母を頼ればよかったと思う。ドルトンまで行くお金がなかったのかもしれないが。


「メアリー・ラファエル」

「はい」

 伯母が私をミドルネームまで呼ぶのは珍しかった。


「あなたの名前が嫌いだわ。あなたのこともずっと」

 ファーストネームは祖母とオクタヴィア伯母と同じメアリー、ミドルネームは祖母に溺愛されたラファエル叔父と同じラファエル、生まれてすぐに祖母の莫大な財産全ての相続人。嫌われる条件は満たしているが、私にはどうしようもなかった。


「あなたのせいではないのよ。全部母のせい。ずっと母が嫌いだし、母も私を嫌っていた。父は私を愛してくれたのにね」


「あの開かずの間はこの屋敷の中で唯一、鍵をかけてしまうと外からはもちろん、内側からも開けられないのよ。知っていた?」


「知りませんでした。でもなぜ?」

「お母さまが閉じ込めたのよ。言うことを聞かない娘を。病弱で大切な息子を」


「そしてね、私もラファエルも反抗してお母さまから鍵を盗んだのよ」

 伯母はスカートのポケットから鍵を取り出した。


「もう一つの鍵をスーザンが持っていることを知っていた?」

「はい。スーザンから昨日、その鍵を渡されました」


「そうだったの。彼女の恋人が誰だったか知っている?」

「知りません」

 見当はついているが言う必要はないだろう。


「恋人とあの部屋に入っているのを見たことがあったわ。せっかく私が入ろうとしたのに先に入られたりしてね」


 伯母とこんなに話したことはなかったので少し戸惑った。


「私の母、あなたのお祖母さまが亡くなった時のことを覚えている?」

「いいえ」

「そうね。2歳だものね。覚えているはずがないわね」


「スーザンは誰にも話さないでしょう。だから私がいつか死んでしまったら誰も知らない」


 ふと不安になった。なぜ伯母はこんな話をするのだろう?


「私が母を殺したのよ」


 え?


「わざとではないわ。私が伯爵家に帰ってきた嵐の晩に屋敷の鍵が掛かっていなかったの。危ないから閉めたわ。ちょうどその時スーザンが通りかかったの。その前に彼女の恋人も見たわ。彼が通りかかった時は隠れたけど。スーザンに鍵がかけ忘れていたの。危ないわねと言った」


 祖母が亡くなったのは確か風邪を拗らせた肺炎だった。


「母はその頃、物忘れがひどかった。そしてその晩、死んだラファエルを探しに行っていたようなの。私は知らず母を締め出してしまった」


 伯母は私をまっすぐに見つめ話し続けた。足を怪我している私はベッドから動けなかった。


「翌日、玄関の外に倒れている母を執事が見つけたわ。母は肺炎を起こしていた。スーザンは言わなかったわ。とても感謝しているのよ」


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