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EP.1 相殺

 3人がインスタント・ダンジョンから脱出した後、バリュノアは局所的に沸き上がった。

 

 彼らを最初に保護した城塞兵には、ドンラン家から特別褒賞として最新の武器防具が支給され、学術ギルドからロバを飛ばしてきた薬師には馬が与えられ、吉報をもたらした人間の手の中には、たとえただの通りすがりであったとしても、漏れなく帝国金貨が握らされるという大盛況ぶりを見せた。


 こうして無事に家へと帰れるかと思った3人だったが、ララフォードを除く2人は直ちにアカデミー内の療養所へと収容された。

 これはドンラン家の我儘ではなく、致命的なダメージを受けてしまった人間に対する至極真っ当な措置である。


 治療の合間には綿密な聴き取り調査が行われ、バリュノア評議会は連日の臨時招集の中、様々な協議を繰り広げていた。

 しかし、当の3人には一切の情報が遮断されたまま、時間だけが無為に過ぎていった。


 フェルデールは診療所の個室でひとり、自分がこの国に持ち込んでしまった災厄について思い悩んでいた。自責の念から来る強迫観念は、悪い方向にしか作用しないものである。

 彼が手に取る羽ペンは、今まさに別れの言葉をしたためんとしていた。


「お兄さま!」


 一体どこのどいつだ、その言葉をルーシーに教えた奴は? そう思いながらフェルデールが振り返ると、両手いっぱいにお菓子のバスケットを抱えた病衣姿の元気な少女がいた。


「ルーシー、それじゃ前が見えないだろ」


 フェルデールはベッドから立ち上がると荷物を受け取り、サイドテーブルへと運ぶ。


「これ全部、胡桃のお菓子なんだそうです! 絶対に役に立つからって、貰っちゃいました!」

「誰に?」

「アールハート商会の小母さんです」


 やりましたねー! と、無邪気に喜んでいるが、あの大家さんは絶対に無駄なことはしない。一体どういうことだろう? と首を捻るフェルデール。


「あ、それで、お手紙も預かったんですよー」


 と、ポケットを漁っている。

 どうぞと手渡された手紙には、たった一文と差出人とが記されていた。

 

 《人は誰もが王たり得る、故にこの門を潜る者、その一切を拒まじ》――シャオム・アールハート


 フェルデールは無言でそれを見つめている。

 バリュノアの城門に掲げられているこの格言は、500年もの時を経て尚、アールハート家が身を粉にして支え続ける、決して違えることのない“約束”である。


 一方ルーシーは、たったこれだけの交流を心の底から喜んでいた。アカデミー時代は怖くて話すことすら叶わなかった薬師たちに「お兄さんが出来たのね!」と褒められると、なんだかワクワクした。きっと明日も楽しいだろう。その次も、その次の次の日も、きっと。

 因みに“さま”付けなのは、あのララフォードの真似っこである。

 そして、ふと、欲張った言葉が溢れてしまう。


「お兄さまと一緒なら、アカデミーにも通えるかも……」


 ん? とフェルデールが反応するまでもなく耳聡いシアンブルーが風と共に襲来した。


「ほぅ……聞こえたぞルシュメイア」

「おおおおおああああ義母さん!?」


 実にひと月ぶりの再会である。

 あの大司教にさえ怯えなかったルーシーは今、フェルデールの背中に張り付いて震えている。


「だが、今日の要件は残念ながら童ぞ」

「はいっ! お、大人しく。します」


 突然バトンを渡されたフェルデールは背を正す。ルーシーを巻き込んでしまった責任が胃を重くした。

 詫びの言葉を口にしようとしている青年を正面から見下しているミュリオルは、その一切を歯牙にもかけない。唯我独尊。突き進む以外の選択肢を彼女は持たないのだ。


「さて、私はまだるっこしいのが嫌いでな。ついでに、お涙頂戴も好かぬ。誰よりも長く、そう、建国以前からここに住まう者として、このミュリオル・キュレーブルが国を代表し、そなたに沙汰を言い渡すぞ」


 フェルデールは固唾を呑んで待ち構えている。


「バリュノア評議会の決定に基づき、この『罰金通知書』を持って万事解決と相なったわ。ほれ、受け取れ」


 ミュリオルから1枚の紙を受け取ると、そこにはこうあった。


『請求書』

 1.城塞兵臨時給与16万MB

 2.傭兵雇用費用30万MB

 3.果樹園修復費用4万MB

 4.治療費及び給与補償22万MB

 5.城塞修復費用……ありったけの胡桃


『賞与、及び褒賞』

 1を、敵対国家情報に対する賞与(出:国庫)を以て相殺

 2を、ララフォード・ドンラン救出に対する褒賞(出:アイザック・ドンラン)を以て相殺

 3を、アースクローラー被害による偶発的肥沃化を以て相殺

 4を、ルシュメイア・キュレーブル救出に対する褒賞(出:ミュリオル・キュレーブル)を以て相殺


「ふふん、これは覆らぬぞ? 果樹園は移動させるものもあるが、新たな農地として開墾可能だそうだ! よかったな!」

 

 唖然としているフェルデールは、なぜか一番気になってしまった質問を投げかける。

 

「……なぜ、胡桃が壁を?」

「なんじゃ? まだ気付いておらぬのか?」


 ほれ、見よ。

 ミュリオルは自身の腕を瞬時に硬質化させ、青い鱗を曝け出す。


「愚弟ミュレイスが世話になったな。我もまた、同胞よ。いい加減、内緒にするのも飽いたわ。そうそう、この城塞にはまだまだ秘密のカラクリがあってな? この鱗の手入れに胡桃が欠かせぬのよ!」


 フェルデールは未だ事態を咀嚼しきれていない。

 ルーシーは無言でバスケットを持ってくる。


「お。早いな。受領書は……おお、なんぞ中に入っておるではないか。まぁ、用意周到な商人よ……では、これにて童は無罪放免じゃな!」


 カッカッと笑うミュリオルに、フェルデールはおそるおそる尋ねる。


「じゃあルーシーは?」

「うん? ルシュメイアはルシュメイアじゃ。まぁ確かにこれも特殊だが、ドラゴンではないな。そうそう同胞に増えられても困るぞ」


 胸を撫で下ろすフェルデール。

 ルーシーは、瞬きをしている。


「よし、わだかまりも消えたことだし、ここからが本題よ。愚弟ミュレイスの情報と、新属性“闇”に関する人体実験の同意書さえ書けば、なんと! 我が全額出してやらんこともないぞ? どうじゃ? アイザックに頭を下げるのはイヤじゃろう?」


 伝承の中のドラゴンと言えば財宝の守り手として名高い。おそらく、この申し出は本気のものだろう。たじろぐフェルデールに迫る竜爪。息を呑むルシュメイア。この暴挙を止められるとしたら――


「あのねぇ! ちょっとは人間の速度を考えて下さいませんか! 飛ぶのはズルいんですってば!」


 こちらもひと月ぶりのシャオムである。

 やっほー? と気の抜けた登場だが、ミュリオルに立ちはだかる最後の希望に見えた。


「その同意書の下りは消せって言いましたよね? 口頭でもダメなものはダメです」

「イヤじゃ」

「その分はうちで持つって言ったでしょうが!」

「ダメじゃ」

「魔女様? 胡桃、取り上げますよ? これはうちの商会の専売なんですからね?」

「ぬ! それはまかりならぬ!」

「だったら……」

「絶対イヤじゃ! この世にふたつとない新属性を弄れないなど死んだも同前じゃ! わしが童ごと買取りたいのを珍しく我慢しておるのだぞ! 主のお気に入りじゃろうと遠慮までしておる! だのに、この優しさを理解せぬとは不届者め」


 ルーシーはフェルデールに「ね? 怖いでしょ?」と耳打ちしている。確かに、ドラゴン相手に萎縮するなというのは無理がある。通りでプレッシャーが半端ないわけだ。


 フェルデールは手元の紙と言い争っている大人2人を交互に見比べた後、意を決して話しかけた。


「あの、色々とご配慮頂きありがとうございました」


 深々と頭を下げる。

 シャオムは気の抜けたような、安心したような、なんとも言えない顔をしている。


「ただ、こんな金額を相殺して貰うのは心苦しいです。なので……」

「よし、我に身売りを……」


 と、畳みかけようとするミュリオルに立ちはだかって黙らせるシャオム。珍しく怒っているのは、ワードチョイスのせいだろう。デリカシーをドラゴンに強いるのは土台無理がある気もするが。


「弟さんのことと、光国のことでわかることなら全て協力します。新しい属性についても、僕自身わからないことも多いので、ミュリオルさんが助けて下さるなら嬉しいです」


「そうであろ!」


 ほらほらー! とシャオムを流し見るドラゴンは実に大人気ない。最高齢の自覚など飾りである。


「ただ、まだまだ未熟で、お世話になりっぱなしで、迷惑かけてばかりだけど……僕は師匠の元で生活したいです」


 ドラゴンは轟沈した。

 もはやドラゴンという名のマッドマジカリストに過ぎない可能性さえある。

 余談だが、昔から“こう”であったがため、実弟ミュレイスは光神に懐かざるを得なかったとかなんとか……。


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