EP.2 家路
ここにいるのは危険だからと、早々に診療所から連れ出されたフェルデールは、シャオムと共に家路へとついた。
茜色は穏やかに一日の終わりを告げ、水路のせせらぎは沈黙の隙間を優しく満たす。
アパルトメントまでの道のりを2人のんびり歩いて帰る。
「激動のひと月、否、僕らにとってはふた月だったね!」
と声をかけられるも、なんだか少し気恥ずかしい。フェルデールは上手くシャオムの顔を見ることが出来ずにいた。
無罪放免と言われたとはいえ、申し訳なさが抜け切れないというのもある。皆の心遣いがわかるだけに情けないのかもしれなかった。
その手に携えられた荷物の中には、彼にとって宝物となった“手紙と書類”が入っている。これは青年がバリュノアに受け入れられた証でもあった。
だから厄介者だと思い込むのは、むしろこの国に対し失礼である。かといって、すぐに切り替えられるほど器用でもない。
そもそも家族愛を知らぬ子だ。
戸惑うことも大きな一歩だろうと見守るシャオムは、等身大のひとりの人間として彼を見ていた。
さて、シャオムもシャオムで大家の小母さんに、
「いくらなんでも放り出し過ぎじゃないのかい? 子育て云々言う気はないけどね? 商売の基本もコミュニケーションじゃなかったかしらねぇ?」
と諭されたばかりである。
怒鳴られないところが逆に怖い。
「ごめんよ、フェルデール。忙しくて全部、小母さんに丸投げになっちゃった挙句、こんなことになるなんて……いやぁ、常々忙しさを言い訳にする家庭人を見てきたけど、まさか僕が使う日が来るとは……嫁もいないのに」
嘘でしょ、という絶望顔は決して演技ではない。
「あの騒動そのものが光国の攻撃だったので、全部僕のせいですし、仕方ないです」
と項垂れたままのフェルデールが心配だ。
「まるっと全部大丈夫! って説明だけで請け合って、結局放置してたのは僕なんだから、責めるんなら自分じゃなくて、こっちでいいんだよ? それが大人ってやつだし?」
「助けて貰っただけでも十分なのに、それ以上を望むなんて僕には出来ません。今でも感謝してます。あの大司教と話した後だと、余計に……」
あんな酷い国だったなんてと更に暗くなる。
おおよその事情は評議会で既に共有済みではあるが、直接聞くのは初めてだ。被害者であるにも関わらず、自責の念が強すぎるのも彼の国の弊害だよなぁ、と商人なりに分析をする。
シャオムはフェルデールに歩調を合わせ、己の真意を伝えようと試みた。
「気休めに聞こえるだろうけど、悪事ってやつは、それを成した奴が悪いんだ。僕たちがどんなに先んじて予防したり、対策を練ったところで敵の手を読むには限界がある。だって相手は、先制の権利を持ってるんだよ? これって相当有利なことだからね?」
フェルデールは師匠を見つめている。
ひたむきな瞳は、まだまだ子供の証拠だ。
「それにね、二手三手読めたところで勝てるものと言ったら、せいぜい賭け事くらいなもんでさ? 政治や商売に於いて役に立てようと思ったら、それこそ十手先は読めなくちゃ意味がないんだよね。で、それを出来る人間なんて実際問題ほとんどいないんだよ」
シャオムさんでも? と縋るような目で問いかけられる。
「僕でも絶対無理だね! だから、君が後悔していることは、それをやれていれば違ったかもしれないって話なんだ。もしもを追求したところで、次には繋がらないよ? 同じ頭を使うなら、チャンスを広げられるようなこと。例えば、どんな時でも臨機応変に対応出来るよう知識や技術、体力を磨くほうがずっといいと思うなぁ……うん。上手いことまとまった!」
今のまともな親みたいじゃなかった?
と、はしゃぐシャオムに遂にフェルデールは笑ってしまう。
「あとまぁ、今後ミュリオルとも会議する予定だけど、光国の仕組みを知ったからには、今後戦うことも想定しておかなくちゃいけない。魔物の量産とかたまったもんじゃないからね。相手さんも、帝国より近場のここを見逃してくれるとは到底思えないし……。だからさ、情報としては最高に有益だったんだよ? 君が経験した試練は確実にバリュノアの力になる」
いつかこの子も戦います! とか言い出すんだろうか。そう思うと、なんだかシャオムの心が騒ついた。どうやら自分にとってあまり望ましい話じゃないようだ。
「ねぇ、フェルデール。せっかく僕という保護者モドキが付いたんだ。ミュリオルだって、きっといい教師になるし、商会の従業員たちも君のことを褒めてたし、友達も出来たんだろ? だったらしばらくは、子供らしく色んなことに挑戦して、僕らにめいいっぱい迷惑をかけてご覧よ」
「え?」
「さすがに赤ちゃんから育て直すのは無理だけど、取り返せるものは今からでも取り返しちゃおう。それが、僕が果たせる君への責任だと思うからね」
「そんなこと、僕が望んでもいいんでしょうか?」
「貪欲こそ力なり! って、商人なら言うところだなぁ、ここは。ほら、ちょっと言ってみて」
「ま、まだ商人になるとは決めてないので……」
「おや? そんな弱腰だと押し売りされちゃうぞ? あ。押し売りと言えば言い忘れてた。さっきの書類で見たと思うけど、ドンラン家への挨拶だけは済ませないとだった。近日中に行ってもらってもいい? 君だけ来いってご指名なんだよね」
あ、初対面だっけ?
怖いんだよねぇ、あの人さー?
という和やかな師弟の語らいは、夕食を囲んだ後も一向に終わる気配を見せず、結局深夜まで続いたのだった。




