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30話 光より生まれしもの

 青年は大司教の方へと向かっていた。

 地面を踏み締める度に、腕が落ち、眼球が落ち、命が溢れ落ちていった。

 後悔はなかった。痛みもなかった。口角はずっと上がり続けたままだった。


 大司教の腕の中で、かつて青年だったものを覆い尽くした黒いモヤは、彼の生涯を長きに渡り支配してきた光魔法の根源を担っていたものだった。


 幾度となく光神の恩寵を摂取させられ、慣らされてきた身体は、人体の構造に“エネルギー炉”の役割を持たせる準備が整っている。

 人が本来持ち得ぬ魔力は、この見えない揺籠に格納されるのだ。時にそれは聖胚へと進化して恩寵を産み、時にそれは魔核を宿せし魔物へと人体を変容させる。

 

 大司教によって送り込まれた新たな恩寵をトリガーに、更なる深化を図ろうとモヤが青年を侵食していく。

 虫や植物の魔物へと変貌させられてしまったかつての孤児院の仲間たちは、この段階で意識を手放し、人の形を保っていられなかった。

 しかし、光の力を贄として捧げたフェルデールは、既にその構造を根幹から作り替えられた後だった。


「っこぉんのっ人でなし! あんたなんかが親なわけない! いいはずがない! 子供を道具扱いしないで!」


 風を切る音と共に大司教の頬へピリリとした痛みが走る。

 ララはまだ逃げていなかったのだ。体力の回復を待ち、無謀にも機会を伺っていた。微弱な風では植物を切ることさえままならないというのに。

 

「あらあらあらあら、子ウサギちゃんたら、まだ逃げていなかったの? お馬鹿さんね。もう武器も防具もないじゃないの」


 大司教から冷気のような圧が漂う。

 顔への攻撃はやはり不満なようだ。


「愛しい子、さぁ、はじめてのお食事よ? そこにいる愚かな女を嬲り殺しなさい」


 青年が目を開けると、美しい銀髪女の左頬に真っ赤な滴が伝うのが見えた。

 彼はニヤリと笑うと、右手で彼女の傷付いた頬を撫で、顎を経て、首筋を甘く騒めかせる。


「まぁ!」


 と、恥じらう女が悦んでいられるのも一瞬のことだった。

 最初に触れられた頬から順に、肉が爛れ、爛れたかと思えば蕩け、蕩けたかと思えば、あれよあれよと崩れ落ちていく。

 ご自慢の美貌は最早見る影もない。

 細胞の奥底から蝕むようなその攻撃に、大司教は慌てふためいている。


「どうして、こんな……また失敗だというの? それとも暴走……?」


 素早く飛び退った大司教は安全圏へ逃れようと距離を取る。下僕の植物たちがザワザワと集まり脇を固める。


 青年は己の手をじっと見つめた後、ゆっくりとした動作で立ち上がる。

 ララは唖然としたまま動けない。


「お前たち、あの男を捕えなさい。どの道持ち帰らねばなりません。ミュレイスに関わると本当にろくなことにならないわね……」


 動揺を抑えきれないらしい大司教は、下僕に盾を命じ、自分自身を回復しようと己の顔へと手を触れるが――


「いやぁぁっ!? どうして? なぜ回復しないの!?」


 頬も顎も首筋も、ますます肉が崩れ落ちていくだけだった。わなわなと震える大司教は混乱の中、こちらをじっと見つめている男と目が合った。

 なんと両の目が揃っているではないか。


「そんな、いつの間に? もしや最初からそれを狙って……? 回復出来ないのは、お前の力だとでもいうの?」


 大司教は気付いていなかったが、彼女への攻撃が広がると同時に、男は腕以外のすべての損傷を回復し終えていた。

 彼は口から真っ黒になってしまったアロエを吐き出し、片腕で口を拭っている。


「きめーんだよ、クソババア」

「ばっ、ば、ばばあ……?」

「千年生きててババアじゃなかったら、一体なんなんだ。バケモノか?」

「あなたまさかミュレイスなの? 嘘でしょう?」


 薄ら微笑む男は答えない。

 男が一歩詰めれば、大司教は一歩退いている。

 押されている。

 このわたくしが?


「ねぇ、聞いて頂戴。ミュレイス。お前たち魔物は皆、人を憎んでいたはずですよ? あなた方から魔力を奪い取り、使い捨てる人類こそが敵であると!」

「いや? 俺が憎いのはあんただけだけど?」

 

 ミュレイスの(グレード)は確かに高い。

 しかし、あれだけの恩寵を摂取しておきながら、彼女の洗脳から逃れられる可能性は万に一つもないはずだった。何せ、あのドラゴンの魔核だけは念入りに打ち砕き、被験体の許容量に合わせた欠片しか与えていない。このような力、持ち得るはずがないのだ。

 では、一体なんだというの?


 大司教は部が悪いと判断を下した。引き際だ。

 逃走の時間稼ぎを狙い下僕たちを一斉に差し向ける。

 

 大挙して押し寄せてくる植物たちを見た男は、ほろ苦い表情を浮かべた。

 そして、長年慣れ親しんできた光源魔法をその手に喚び出すと、彼らの足元へと放り投げてやる。地面に着弾した黒い球体は、あらゆる物体の影と合流し、瞬く間に伝播していく。全身へ纏わり付くように広がりきった影は、すべての身動きを封じてしまった。


「あり得ないわ……あの魔核にそんな力、あるはずがないもの。ミュレイスにさえ、そんな魔法は……」


 足止めに成功した男は、今度は彼らに魔力を送り込む。ルーシーの魔力を魔核で増幅し、影伝いにさよならを告げるのだ。

 かつて人間だった者たちは次々とへたりこみ、ただの無害な草木へと還っていく。元の姿こそ取り返してやることは叶わないが、せめて静かに眠ることは出来るだろう。


「ああ、やめて頂戴。わたくしの制御から外れるだなんて、絶対に許せないわ。全部わたくしの子なのに……きちんと管理してあげていたのに!」


 下僕たちが無用の長物と化した大司教に盾はない。男は真っ直ぐにこちらへと向かっている。逃げなくては。このダンジョンを解放さえすれば大司教は光国へと転送される。ただの1秒たりとも猶予はない。


「あら? お帰りですかしら? ドンラン家のおもてなしくらい受け取ってお行きなさいな!」


 なんと背後からララの風が迫っていた。

 大司教は四方を囲まれている。


「フェルデール、ほら、これもなんとかなさい!」


 ララは床に落ちていた左腕を、青年の元へと風で送り届ける。といっても未だ宙に浮かせたままであるが。


「ありがとう、ララ」


 フェルデールはこの隙に、一足飛びで大司教の腕を掴んでいた。すると、今度は女の左腕がボトリと落ちた。大司教の防御魔法は見事に貫通されている。

 その上、青年の腕が完全に回復していくではないか。


「なんなのです! その力は!」

「ああ、これ? さっき生まれたんだ。ヴェルティルオスは、もう与えたくないんだってさ。代わりに、今まで分け与えてきた分、奪い取りたいみたいだね。ライフスティールって言うらしいんだけど。知らない?」


 光は潰え、彼の神の呪詛は新たなる力をこの世に誕生させた。

 与える力は、奪う力へと変化したのだ。

 フェルデールはもう二度と誰かを回復出来ない代わりに、相手の力を吸収するスキル《ライフスティール》を身に付けたのだった。


「ふふふふふ、なるほどね? でも、欠点もあるようじゃない? 相手に触れないと発動しないだなんて児戯もいいところだわ!」


 たとえ半身の肉がこそげ落ち、腕を失くしたところで大司教の恩寵が尽きたわけではない。無事に帰りさえすれば、いくらでも回復出来る。

 それに、あのミュレイスでないなら怖くはない。子供2人に引けを取るなど、あってはならない。


 2対1でも、その力差は歴然である。

 大司教は2人目掛けて、否、部屋中を焼き尽くしかねない勢いで《アーケイン・フレア》を解き放つ。


 閃光に包まれたララは、その場に身をすくめ防御態勢を取っている。だのに不思議と熱くはない。むしろ、何か、守られてさえいる?


「これは防御魔法?」

「ううん、違うよ。そっちは取り上げられちゃった」


 背後から現れたフェルデールが指し示す先には、己の焔に全身を焼かれ床をのたうち回っている大司教の姿があった。

 なぜか光の力は、彼女の周囲ただ一点に収束している。


「どうやら呪われたのが相当堪えたらしくてさ」

「どなたがですの?」

「あらゆる魔法効果を《反射》出来るんだって。《吸収》とはまた別に貰ったんだ」

「だから、どなたの話です?」

「まだ僕も手探りで、よくわかんないんだけど、さっき仕掛けたときに張っといたんだよね」

「貴方、わたくしに喧嘩を売っているでしょう?」

「んー、喧嘩は売ってないけど、勝手に死のうとしたのは怒ってる」


 あ。これガチのやつですわね……。

 と察したララは冷や汗をかく。今見てはダメ。絶対に睨んでる。

 

「た、確かにちょっと、かっこつけ過ぎましたかしら?」


 ああ、わたくしの扇が恋しい。

 と顔を背けていたら、視界の端に落としたはずの愛扇が見えた。


「でも、ありがとう。ララがいなかったら挫けてた」


 わかればよろしいんですのよ!

 ララは扇を受け取るとご機嫌を取り戻した。

 話を戻せと促すと、フェルデールは手のひらの上にポンっと真っ黒な暗黒を召喚する。


「簡潔に言うと、光が去ったせいで力が全部《反転》しちゃったみたいなんだ。で、闇属性に置き換わって、僕は光魔法が使えなくなった代わりに……」


 フェルデールは万感の想いをその手に乗せる。

 一体何人分の仇なのかさえ知れないのが口惜しい。オーバーキルは百も承知で《カース・フレア》を大司教だった何かに向けて静かに放つ。


 自らの攻撃を浴びた段階で、既にその原型を留めきれていなかった遺骸が闇の焔に沈む。後に残されたのは一握の塵だけだった。

 これで皆の無念は晴らせたろうか。


「ちょっと不気味な神官になっちゃったね」


 言葉とは裏腹に、その顔は実に晴れやかだ。

 遠くからルーシーの声が聞こえてくる。


「まぁ、よろしいんじゃありませんこと?」

「怖くない?」

「はっきり申し上げて、その魔法よりも怖いものなどこの世に五万とありますわ! だいたい力なんて、ただの道具に過ぎませんのよ? それを扱う人間の資質こそが肝要……って、ちょっと! 聞きなさいよ!」


 ララが真面目に高説を垂れているというのに、見れば駆け付けてきたルーシーをフェルデールが抱え上げ、勝利を喜び合っているではないか。


「仲間外れは許しませんことよ!」


 3人が互いの無事を確認し終わる頃には、ダンジョンマスターの力が失われ、元居た場所へと無事に転送されたのであった。

次話から1章のエピローグになります。2章は帝国との話になる予定です。感想や応援を頂けましたら大変励みになりますので、よろしくお願いします。

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