26話 ルーシーのおともだち
ララが守る扉の向こう側では、ルーシーを床に寝かせたフェルデールが、もう一度扉を開こうとしていた。
恩寵が尽きた腹は焼けるように熱く、意識を保っているのがやっとのようで、足元も覚束ない様子である。
すぐ側で寝かされていたルーシーが目を開けると、呼吸を荒げ苦悶の表情を浮かべたまま、無策で突っ込もうとしている青年の姿が映った。
「待って……」
か細い声を上げ、ルーシーはフェルデールの元へと這うようにして進む。身体はもう痛くはないが、ふらついて歩けないのだ。
その声に振り向いた青年の深緑は、まだ人の情を宿している。
「ルーシーは逃げるんだ……僕は、戻ってあのバカを連れて来ないと……」
「あのね。伝えなくちゃいけないことがあるの」
小さな女の子が懸命に伸ばしている手を見捨てられない青年は、後ろ髪を引かれながらも、その手を取る。
「みんなね、ありがとうって言ってた。怖がらせてごめん。痛くしてごめん。って。誰かに操られるのも。誰かを襲うのも。もう嫌だって。フェルデールに伝えてって言われたの。あの時、お前の言う通り、銀髪なんか追いかけなきゃよかったって」
支離滅裂なルーシーの言葉を一言一句取りこぼさぬよう耳を傾けていたフェルデールは「ああ、やっぱり……」と微な言葉を発した。ありし日の情景が彼を苛む。
「どうしようもなかった。倒すしかなかったんだ。皆を食べようとしてたから……でも、僕には……僕には手加減してた。わかってた。だって、鈍かったんだ。僕が強いわけないのに、勘違いして、いい気になって……」
今度は少女が青年の手を包み込む番だ。
「帰ったらちゃんと弔おうね。私、手伝うから。約束、ね?」
コクコクと頷くが声にならない。
嗚咽だけが漏れ出でる。
痛みに身を任せ、投げ出してしまえたならどんなに楽だろう。もっと早くに逃げ出すべきだったのか。何も知らぬフリをして、ただ怯えていればよかったのか。そして、あの女の手のひらで踊ってやれば満足したのだろうか。
否、どちらにせよ事実は変わらない。僕は間に合わない。誰の命にも届かない。
何より今だ。今立ち上がらないとララフォードは死ぬ。そんなの絶対許せない。これ以上、僕の問題に誰かを巻き込むわけにはいかない。
それに、ただでさえ恵まれた生まれのあいつにこんなところで負けるなんて、悔しいなんてもんじゃない。散々惚気といて何が片思いだ。それは命があるうちにケリつけとくもんだろうが。いい加減にしろ。
洗脳? それはもっとあり得ない。
あの女、虫唾が走る。
「ルーシー、何か手はないかな?」
葦ならば葦らしく踠くまでだ。
亡き友の声に手掛かりはないだろうか。
ルーシーはにっこり笑うと、彼女のとっておきをフェルデールに託した。
「コレを使って。私の魔力だよ。実はお姉ちゃんのスカートにも入れてあるの。えへへ……少しなら、守れるはず!」
「魔力のある植物……お茶……スミレ……!」
「えっとね? 声がね、聞こえたのは、たぶん私の魔力を食べちゃったからだと思うんだよね。その前は聞こえなかったから。だから、ええと、おばさんの力と私の魔力が……」
「なるほど。それだけわかれば充分だ」
ありがとうと言い残し、フェルデールは扉に手を掛ける。
私待ってるから! というルーシーに見送られ、再び道が開かれた。
ドクリと脈打つ腹の魔核が胎動をはじめたのを感じた。




