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16話 異変

 階下に降りると女性の声が1つ増えていた。

 そういえば、荷物を取りに戻って以来、ずっとシャオムの姿が見当たらない。


「あの子に必要なのは、まず食事だと思うけどねぇ!」

「それには私も同意するが、まずは我々の健康診断が最優先事項ぞ。うつけからの許諾もちゃんと貰っておるわ」

「あの青瓢箪に子育ての何がわかるってんだい、だいたい新年早々仕事人間なのもいい加減におしっ!」


 すっかり元気を取り戻した小母さんと対峙しているのは、昨夜簡単に紹介され挨拶を交わしたはずのミュリオルだった。背の高い彼女は、今にも頭部が天井に届きそうで、やや窮屈そうに木製のドアを開け放ったままフェルデールを待っていた。


「来たな、童。街の案内やら手続きやらが山積みだそうだが、最初は我々学術ギルドが受け持つぞ。何、取って食いやしないさ」


 さぁ行くぞと連れ出そうとするミュリオルを遮って、小母さんがキッチンから小袋を持ってやって来る。


「ほれ、こいつを持っていきな。どうせ学術ギルドに美味いもんなんてありゃしないんだ。とっとと戻って少し太りな。それから服も新調したほうがいいねぇ」


 お、胡桃か? と乗り出してきたミュリオルの手をパシリと叩き落とし、小母さんは2人を見送った。


 研究施設へと向かうべく水路沿いに南へと足を向けた2人だったが、道すがらミュリオルは頭を悩ませていた。

 

 (どうも妙ちきりんな胸騒ぎがしおる。不快感、ではないな。あやつの気配がするわけでもないし、我々の魔法体系とも噛み合わぬな……この気配はなんじゃ?)


 うんうん唸るミュリオルの背中で左右に揺れるシアンブルーを目標に、必死で後を追うフェルデールは彼女から放たれるプレッシャーに少々威圧されていた。


 これは、魔女というより戦士に近いのでは? というのが正直な感想である。筋肉質どころか、いっそスレンダーでさえあるのだが、彼女の中に内包されている圧倒的な魔力量がそう思わせてしまうのかもしれない。隊商の護衛任務に就いていた傭兵たちでさえ、一捻りにされる可能性があった。


「そなた、年はいくつじゃ」


 唐突に立ち止まったミュリオルは、振り向きざまに質問を投げかけてくる。もしここにシャオムが居合わせたなら、脈絡と配慮と情緒に関して物申していたかもしれない。


「たぶん、16だと思います。教団では年明けと同時に全員が一斉に歳を取るので」

「煮え切らぬ答えよの、致し方あるまいか」


 と、冷たく一瞥したためでもある。

 ただ、フェルデールもフェルデールで、この程度の対応ならば慣れっこであった。侮蔑的な態度を取る者はどこの世界にも必ずいたし、彼が出会う大人にまともな者など、これまでいなかったからだ。


「胡桃、お好きなんですか?」

「む? ああ、さっきのか。最も好きなのは肉じゃがな。胡桃なしでは身体が持たぬ」

「新年祭のお肉も美味しかったですよ」

「昨夜は、あの馬鹿の爆弾投下でそれどころではなかったわ! なぜ私まで質問攻めにされるのか……まったく人間ときたら」

「あの、これ、食べられますか? 胡桃のクッキーみたいですよ」

「ほぅ……そなた話がわかるな」


 フェルデールが差し出した紙袋を遠慮なく受け取ったミュリオルは、歩きながら次々に小さな菓子を法張っていく。

 この程度でプレッシャーが収まるのなら安いものだと考えているところがフェルデールなりの処世術であり、シャオムがかつて鑑定眼で見抜いていた側面でもあった。

 媚びを売るにも匙加減の見極めこそが肝心――かつて、うんざりするほどこういった工程をこなしてきたフェルデールは、黙って彼女の後を付いていった。


 菓子に気を取られ歩みが遅まったミュリオルは、ふと重大な伝達事項第一位を思い出した。再び振り返り、見下ろす形で口を開く。さすがに今度はきちんと目を合わせ、童を説き伏せるべく話し掛ける。


「大事なことを忘れていたわ。まだ多くは語れぬが、これより先、否、今後ずっとそうなるかもしれんが、神官であることは一切公言するでない。そして、そなたが扱う光魔法も極力控えよ。おそらくいずれ枯渇するであろうぞ」

 

 ミュリオルがフェルデールに伝えられる内容には、実際問題かなりの制限が掛けられていた。全てを伝えるには時期尚早だとシャオムが説得したためである。そのため真っ先に口を衝いて出てきた注意事項は、やや強引なものになってしまった。

 

 ミュリオルとしては、この後自身の研究施設で、光魔法が与える心身への影響や、恩寵の変化、使用感の聞き取りや周囲への余波等、調べ尽くしたい項目が山ほどあった。なんなら、腕環を用いた2種の恩寵実験にも手を出してみたかったのだが、当然のように持ち逃げされたままだった。


 方やフェルデールの方はというと、まさか自身が使ってきた光魔法そのものに問題があるとは夢にも思っていなかったため、複雑な表情を見せる。といっても、数々の逆境を振り返ると組織としておかしいことは最早明白であったため、却って腑に落ちる部分も大きかった。


「さっき、小母さんにもこっそり使ってしまったんですが、大丈夫でしょうか? 健康被害に繋がりますか?」

「ふむ。微弱とはいえ、その痕跡すら見当たらなかったな……怪我か?」

「いえ、お疲れのようだったので体力の回復だけ」

「よし、使うなと言っておいてなんだが、私が知っている光魔法とどう違うのか比較せねばならん。はよう研究施設へ行くぞ!」


 と、その時である。

 すぐ目の前にある南側の城壁から、轟音が鳴り響いた。続いて、砂嵐にも似た粉塵が局所的に巻き上がる。


「アースクローラーか!」


 ミュリオルは即座に風を操り、宙に浮かぶ。

 そして、まだ驚いているフェルデールに向かって「公園でぶっ倒れてる連中を叩き起こせ!」と叫び、渦中の只中へと飛び去っていった。


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