79.逃げ場無き地下道
「あぁ……美味かった……」
「うん……まさか、近くにこんなお店があるとは……また来る」
食事を終えて店を出た俺達は、先程食べた天丼に思いを馳せる。それほどまでにこの店の天ぷらは美味かった。
「ところで、鋼沢さんはこの後どうするんだ?」
「ん〜……荷物もあるから帰る予定」
「そっか……なら、この地下街の入り口まで一緒に……」
俺がそう言いかけた時、突然大きな揺れが襲った。
「おお!?一体なんだ!?」
「おお……すごい揺れ……」
揺れと同時に周囲からは人々の悲鳴が響いてくる。
「魔物だァァァァァ!!!」
「近くのシェルターに急げぇぇぇぇ!!!」
「おいおいまじかよ!?行こう鋼沢さん!!」
「う、うん」
周囲からの叫び声を聞いた俺は、慌てて響の手を掴んで走った。そしてそんな俺達の後ろから、先程の天ぷら屋にいた人々も付いて来ている。
「あの!一番近くのシェルターはこの通路の先でしたよね?」
「ええ!他にも行く道はありますが、この通路を真っ直ぐ行くのが一番近道です!」
俺がそう聞くと、後ろから付いてきていた天ぷら屋の店主が大きく頷いた。すると突然後ろから「キャッ!!」という女性の短い悲鳴が聞こえ、俺たちは慌てて足を止めて振り向いた。すると天ぷら屋の店員の女性がコケてしまったようで、足を擦っているのが見えた。
「大丈夫か!?」
慌てて店主が駆け寄り、女性に肩を貸して立たせる。それを見て他の人達も駆け寄ってもう片方を支えて体勢を安定させた。そして先頭を走っていた事で少し離れていた俺や響も女性の元へ戻ろうとした直後、また大きな揺れが起きた。
「また揺れ!?このままでは、この地下道も崩れてくるかもしれない!急ぎましょう!」
店主がそう言って女性を支えながら歩き始めた時、俺や響と店主達の間にあった防火シャッターが突如作動してしまった。
「なっ!?なんでシャッターが!?しかも横の緊急用の扉も開かない!?」
俺は慌ててシャッターの横にある緊急脱出用の扉を開けようとするが、度重なる揺れで歪んでしまったのかびくともしなかった。
「恐らく、先程の揺れで誤作動したのかもしれません!お二人はこのままこの道を進んでシェルターへ向かってください!我々は他のルートを通って向かいます!」
シャッターの向こうから店主の声が聞こえる。どうやらシャッターに巻き込まれたりせずに無事のようだ。
「分かりました!皆さんもお気をつけて!鋼沢さん!行こう!」
「うん!」
店主達が無事に避難できることを祈りながら、俺達は先を急ぐことにした。
「あそこだ!」
俺は道の先にある突き当りの曲がり角を見て叫んだ。そこには『出口』と『緊急避難用シェルター』という二つの看板がある。
「もう少しで辿りつ………」
俺はそこまで言いかけて立ち止まる。それは俺だけではない。隣を走っていた響も同時に立ち止まった。そして俺達は揃って突き当りの曲がり角を睨む。
「ご丁寧に階段から来やがって………」
「どうする?このままだと魔物と鉢合わせになる」
俺達が立ち止まった理由は、曲がり角の奥から魔物の気配を感じたからだ。シェルターの入り口は上り階段の奥にあるため、どうやっても魔物をかわす事はできないだろう。となればどこかに身を潜めて、魔物が通り過ぎるのを待つしかない。
「どこかに隠れてやり過ごそう。良い場所は……ん?あれは……」
俺は隠れられそうな場所を探して辺りを見回すと、一軒の鮮魚店が目に入る。
「あそこなら、魚の臭いで俺達の臭いをごまかせるかもしれないな」
魔物の中には嗅覚が発達しているものもいる。そんな魔物は的確に人間の隠れ場所を探しだして喰らい遊び蹂躙するのだ。
「鋼沢さん。とりあえずここに隠れて様子を見よう」
「賛成。どうせ逃げ道も無い」
俺は響と共に鮮魚店の中に入り奥へと進む。すると俺は店の奥である物を見つけた。
「マグロ包丁……いざと言う時は使わせてもらおう」
店の奥にあったのは、刃渡り1m程もある長い包丁だった。これは鮮魚店や寿司屋などでマグロを解体するのに使われるものだ。短い包丁よりは遥かに信用出来るだろう。
(響がいる以上、変身はできないしな……まあ、それは響も同じだろうが……)
俺が春海ではなく秋司である以上、今の俺達はお互いに変身できない状態にある。
「それなに?刀?」
「いや、これはマグロを解体するのに使う包丁だよ。ほら、マグロの解体ショーとかで使ってるのテレビとかで見たことないか?」
「ああ……確かに見たことあるかも」
俺と響がそんな会話をしていると、店の外から重い足音のような音が徐々に近づいて来るのに気づく。
「チッ……やっぱ素直に地上に戻ってはくれないか……」
俺はスマホのカメラを自撮りモードにして、外のほうが見えるように動かす。こうすれば隠れていながら外の様子が分かる。よくスパイなんかが鏡でやることの応用だ。
「どう?見える?」
「ああ、体長2m程度の二足歩行の魔物だな。豚の頭……オークか?」
まるで異世界に出てくるオークのような見た目の魔物は、その大きな鼻をヒクつかせながら辺りを見回している。
「このまま通り過ぎてくれればいいんだが……」
なんとも不思議なもので、人が望んでいる事とは真逆の事が起きるのが世の中である。
『フガッ!フガッ!?フガガ?ガァァァ!!!』
豚の魔物は店先にある魚を見て食える物と判断したようで、口からヨダレを垂らしながら貪り始めた。
(このまま魚を食い尽くされれば、結局は見つかって終わりだな……だからと言ってここから見つからずに逃げれる自信もない。なら、アイツが気を取られているうちに不意打ちで倒しちまうか?ん?響がすごい思い詰めたような表情をしてるな……コイツ、まさか変身するか葛藤してやがるな)
「なあ、鋼沢さんが何を考えてるかは分からないけどさ。もし、思いつめるほどの事を悩んでるなら一旦忘れろ。鋼沢さんは俺が絶対に守るから心配するな」
「え……う、うん……分かった」
(正直、こっちの身体で響の正体を知ったりなんかしたら普段の学校生活でかなりやりにくくなるからな……それに、変身しないと何も出来ないってのも癪だ)
響が不思議そうな表情を浮かべているのを尻目に、俺はマグロ包丁を手にゆっくりと魔物に近くに移動する。
(奴は魚を食うのに夢中でこっちに気づいてない。狙うのは首だ!真横から思いっきりぶっ刺してやる!)
俺が包丁を構えて横へと移動しようとした時、突如頭にゼルの声が響いてきた。
『何をしているんだ!?何か嫌な予感がして視界をジャックしてみれば、魔物相手に軍人でもない一般人が生身で挑もうだなんて自殺でもする気か!?』
『奇襲を仕掛ければいけるはずだ。それに響の前で変身するわけにもいかないだろ』
『だからといって死んだら意味がないだろう!!バレたとしても、私達がなんとかするから諦めて変身するんだ!』
『うるせぇ!!別に俺は玉取らねぇと戦えないわけじゃねぇ!!俺は男じゃぁぁぁ!!!』
『こら!!秋………』
俺は念話を強制的に切って、魔物の喉元に向かって包丁を思いっきり突き刺した。




