76.会談
「これが、私が実際に経験した事だ。君の問に多少なりとも答えになっていればいいが‥‥‥」
そう言ってこちらを見つめる唯に、俺は何も答えられなかった。
(は?なんだそれ‥‥‥それじゃあ、彼女は何も悪くないじゃないか!彼女は騙されただけだ。そんな彼女の未来を、俺は潰したのか!?)
自然と俺の手はガタガタと震え始める。そして俺の脳内に、あの時の彼女の表情が鮮明に浮かび上がる。
(自分は悪くないと言い切ることも出来たはずだ。なのに彼女は四年間も自責の念に囚われてきたのか‥‥‥‥クソッ‥‥!知らなかったとはいえなんて心無いことを言ったんだ俺は‥‥‥!!)
すると突然、俺の右手が唯の両手で包まれる。そして優しい声が聞こえてくる。
「もし、君が逆に自責の念を感じているのならやめてくれ。計画犯に騙されたからと言って、実際に手を下した実行犯が悪くないと言う事はない。間違いなく私の罪なんだ」
唯の言葉に、俺は心を落ち着かせてようやく口を開く。
「それで‥‥‥その親友と先輩は、どうなったの?」
「全員帰ってこなかった。公的には行方不明となっているがね‥‥それが何を意味するかなど考えるまでも無い」
あの戦いで、戦闘に参加した魔法少女の3分の2が戦死したと聞いた。やはり、その中に彼女の知り合いも含まれていたか。
「やっぱり、あなたを殺さなくて正解だったわ‥‥ところで、貴方はなぜ監視をつけられていないの?そんな重大な事実を知っている以上、隔離されるかよくて監視がつくはずだけれど‥‥」
俺がそう尋ねると、唯はクスクスと笑いながら答えた。
「あぁ‥‥その事かい?実はその頃演劇部に入りたくて演技の練習をしていてね」
「‥‥まさか記憶喪失の演技でもしたわけ?」
「そのまさかさ。いやぁ良く騙せたものだよ。いろいろな機械にも繋がれて調べられたが、我ながら名演技だったかな?」
政府の人間を演技で騙したってのか‥‥12歳の少女がやる事ではない‥‥
「もし記憶があるとバレれば、精神系の魔法で記憶を消されるか隔離されただろう。だが、この事実は無かった事にしてはいけないんだ。絶対に‥‥!」
唯はそこまで言うと、車椅子の肘掛けを握る手に力が入っているようでガタガタと震えているのが見えた。
「あなたは‥‥‥」
俺がそこまで言いかけると、遠くから永瀬の声が聞こえてきた。
「おまたせ〜!近くに自販機なくて探し回ったよ〜!」
「おや?たしか近くにあった気がしたんだが、私の記憶違いだったかな?春海ちゃんはどうだい?」
「私もそんな気がしてたけど‥‥」
飲み物を抱えてかけてくる永瀬に、俺達は会話をやめて何も無かったように振る舞う。
「ふぅ‥‥はい!二人とも!」
永瀬は俺達の前にやって来て一息つくと、俺達に飲み物を手渡した。
「ありがとう!なんか‥‥ごめんね?」
「気にしないで!こっちが無理言って付き合わせてるんだし!」
「めぐもこう言ってるし、気にしなくていいよ」
「唯姉はもう少し遠慮したほうがいいと思うよ‥‥」
「ふふふ‥‥善処するよ」
「まったくもう‥‥」
そう言って呆れたように言う永瀬と誤魔化すように笑う唯を見て、俺も自然と頬が緩んでくる。
「さて‥‥もう日が落ちてきてるし、そろそろ帰ろうか」
「うん、もうかなりの時間だもんね」
「え、ホントだ‥‥」
二人の言葉に何となく時計を見た俺は、予想以上に時間が経っていることに驚いて思わず声が出た。
「あ、そうだ春海ちゃん。よければ私とRainを交換しないかい?個人的にまたお話したいしね」
「はい、もちろん!」
こうして春海のスマホにまた新たな連絡先が追加され、俺達は駅へと向かった。
「今回の同盟、誠にありがとうございます」
外務大臣の松谷がそう挨拶すると、広大な会議室にいたEUに加盟する各国の首相や大統領達の視線が集まった。そしてその中の一人が口を開く。
「ようこそおいでくださいました。今回の話し合いでは、私が欧州連合を代表してお話させて頂きます」
そう言った人物の前に置かれた名札には、欧州理事会議長と書かれていた。恐らく、事前にEU側で話し合って意見をまとめているのだろう。
「それでは早速ですが、事前に確認して頂いた今回の同盟の内容について改めて確認いたしましょう」
「さて、とりあえずは問題なさそうですな」
その言葉に松谷を始めとする、日本側の人々は心の中で安堵する。だがその後に議長が口にした「しかし」という言葉で打ち消される。
「もう一つ確認しておかなければならない事があります‥‥」
「確認‥‥‥ですか?」
「ええ、我々を始め世界中の国々が気になっている事です」
議長がそこまで言うと、各国の首相や大統領達の表情が一気に険しくなる。その異様な雰囲気に松谷は冷や汗をかくような感覚に陥る。
「日本は『極上の薔薇』をお持ちと聞きますが‥‥‥それは本当ですかな?」
あえて名前は出さないものの、この世界において『極上の薔薇』が何を指すのか分からない者などいないだろう。
「何を指しているのか分かりかねますな。薔薇ならばどの国にもあるでしょう。極上の薔薇などと言われましても‥‥」
「ならば、単刀直入にお尋ねします。貴国は『薔薇の死神』を手中に収めたのですか?」
会議室の張り詰めた空気に、松谷は息をのむ。当然聞かれると思ってはいたが、いざ聞かれると何と答えたものかと悩んでしまう。
「ご存知の通り、現在この世界にはどの国や組織にも所属しない魔法少女は3名います。『絶対不可侵の聖女』『禁忌の鎖』『薔薇の死神』の3名です。その中でも『聖女』は行方不明『禁忌の鎖』は国連が管理する牢獄に封印を施され、幽閉されている。唯一残っているのが『薔薇の死神』のみ。しかもその実力は魔法少女の中でも最強とまで言われている。ここ数年前、彼女はあらゆる国で目撃されていました。しかし、近年はほぼ日本での活動しか確認できていない」
「残念ながら、我々日本政府も彼女と接触できていません‥‥」
「それでは、彼女はまだ誰のものでも無いという事ですな?」
「おそらくは‥‥」
「それはそれは‥‥心中お察し致します。なんせ、いつ爆発するか分からない核爆弾を懐に抱えているわけですからなぁ‥‥なんなら我々が爆弾処理を請け負っても良いのですよ?」
「そ、それには及びません!我々にはカルド・タイタンがおりますので対処は可能です!」
「噂では負けたと聞きましたが?」
分かってはいたことではあるものの、本当に噂がここまで広がっている事に思わず舌打ちをしそうになる。だが、ここで欧州連合に対処されれば『死神』を渡す事になる。それだけはさせるわけにはいかない。
「欧州での疲労があったために惜しくも引き分けた形にはなりましたが、万全の状態であれば『死神』など敵ではありません」
「引き分けですか‥‥まあ、いいでしょう。ただ、『死神』の力は世界が狙っている事はお忘れなきよう」
「肝に銘じましょう」
こうして欧州連合と日本による会談は終わりを迎えた。一抹の不安を残して‥‥




