再び一度目の人生へ(9)
「是非お願いします!」
ベニートは深々と頭を下げる。
「では決まりだな。私はこういうものだ」
男は胸元から名刺を取り出し、ベニートに差し出す。その様子を見守りながら、私はほっとする。
あの貧しい村に何も恩返しができないことを心苦しく思っていたのだけれど、少しは役に立てただろう。ベニートとはまだ短い付き合いだけれど、彼は稼いだ金貨を自分の懐に入れて独占するような人ではないはずだ。
「お嬢さんも、よろしく」
男は私にも名刺を差し出す。
──ボスト商会会長 ルーカス・ボスト
店の名を見てハッとする。ボスト商会はサンルータ国だけでなく、ニーグレン国やナジール国にも多数の商品を卸している大手商会だ。きっと、先ほどの少女が持っていた小物入れもボスト商会が売っていたものだろう。
この人を頼りにすればナジール国まで戻ることができるかもしれない。
「ボスト商会の方でいらしたのですね。今もニーグレン国やナジール国を行き来しているのですか?」
「ああ、よく知っているね。今は国境に軍の検問が設けられているから、手続きに手間がかかって大変だよ」
その男──ルーカスは困ったように笑う。
やっぱり、思った通りだ。ボスト商会の力を借りれば、ナジール国に帰ることも可能なはず。
「特に、魔法石の入手が難しくなっていて困っている。良質な魔法石はほとんどがナジール国産だから。それに最近、王室が魔法石を買い占めてしまっているせいでますます流通量が減っている」
「王室が魔法石を? どうしてかしら?」
少なくとも、私が牢に入れられる前にそういう動きはなかった。だから、ここ最近の出来事のはずだ。
(ナジール国から輸入できなくなったから、備蓄のために集めている?)
それにしても、国内流通が滞るほどの魔法石を集めておくというのは違和感がある。さすがにやりすぎだ。
考え込んでいると、再びルーカスがため息交じりに口を開いた。
「先日、冒険者ギルドを通して大量に入手できたからしばらくは大丈夫だが、これからどうなることか」
「冒険者ギルドを通して大量に?」
「ああ。これもそのときに買い取ったものだ」
ルーカスが思い出したようにポケットから取り出した魔法石を受け取った瞬間、鳥肌が立った。
(エド……)
間違えるはずがない。エドの魔力だ。
魔法使いは空になった魔法石に、自身の魔力を込めることができる。これはまさに、空になった魔法石にエドの魔力が込められているように見えた。
「その人達はどんな見た目でしたか⁉」
「見た目? 二人組で、どちらも長身でがっしりしていたな。一人は三十代半ばで、もう一人は二十歳前後に見えた」
「二人組?」
もしエドだとしたら、だれかと一緒にいるということだろうか。
「ああ。そのうちのひとりが魔法使いで、空になった魔法石に魔力を詰めてくれた」
「……っ! その人、どこにいますか⁉」
思わず、ルーカスに詰め寄る。二十代の魔法使いで、その人が魔力を詰めた魔法石からエドの魔力を感じた。確証なんてないけれど、きっとエドに違いないと確信めいたものを感じた。
「わからない。彼には定期的に魔法石を作ってほしいと頼んだんだが、行かなければならない場所があると言って断られてしまったんだ。一週間くらい前のことだ」
「そんな……」
せっかく見つけたエドの手がかりなのに、それでは見つけようがない。
(でも……生きている。エドが、生きている)
感極まって泣きそうになる自分を必死に叱咤する。
今すぐにあなたに会いたい。会って、私が経験した不思議なことを全て話し、あなたが誰よりも大切で愛していると伝えたい。
「どこに向かったか、ヒントでも知りませんか?」
諦めきれずにルーカスに尋ねる。
「わからない。でも、彼と一緒にいた男に聞けばわかるかもしれない」
その男になんとしても会わなければならないと思った。けれど、忙しいルーカスに頼んでも、断られるかもしれないと思った。
私はぎゅっと拳を握る。
ルーカスは商売人だ。何か交渉材料があれば必ず食いつくはず。
リマの毛皮は既に金貨五枚で交渉材料に使ってしまったので、それ以外のものが必要だ。
(何かないかしら)
そのとき、手のひらに載せたままの魔法石を見てハッとした。
(そうよ! 魔法石!)
魔力を持たない人達にとって空の魔法石はただの石と同じだけれど、私は空の魔法石に魔力を込めることも加護を付与することもできる。つまり、エドと同じように魔法石を作ればいいのだ。
「ルーカスさん、空の魔法石を入手することはできますか?」
「空の魔法石? それならそこら中にあるから簡単に集められる」
期待通りの応えに、私は口の端を上げる。
「では、私が魔法石を作りましょう。その代わり、私をそのギルドに連れて行ってください」
私は自分の胸に手を当てると、ルーカスを見上げた。




