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第六話「十志郎様が搭乗した専用機には――Hなコンテンツが満載でした」

 悠たちのペントハウスは普通の一戸建て住宅が余裕で四棟は入るほどの大きさがある。当然風呂も大きく、脱衣所だけでもかなりの広さがあった。

 湯殿へと続く扉の前で十志郎は、精神統一――というか深呼吸をしていた。

 曇りガラス一枚隔てた向こうには、すでに悠がいるはずである。

「落ち着け。悠は男だ。そう認めよう――可愛いと思ったことはある、抱き締めたいと思ったこともある。だがそれは歳の離れた弟みたいな存在だからだ!」

 さっきから延々この調子で、一歩を踏み出すどころか服を脱ぐことすらできていないのだった。

「情けない。そんなクソの紙切れのような理論武装をしなければ同性と混浴もできないとは」

「うおわ、入ってくるなよ!」

 ふかふかのバスタオルを抱えた莉於が音もなく立っていた。先ほどまでの制服姿とは違い、いまはメイド服姿だった。十志郎はぽかんと口を開けた。

「それ、おまえの仕事着か」

「いかにも。性欲を持てあましますか?」

「あますか! ――いや、でも何か感動した。本当にメイドなんだなおまえ」

 小さくない感動を味わう十志郎を黙殺して莉於はガラス扉の向こうへと声をかけた。

「悠様、よろしいでしょうか?」

「え、莉於? 十志郎はどうしたの?」

「悠様との混浴を前にして精神の統一を図られておいでです。本人はすでに真っ裸で待機しておられます」

「上着すら脱いでねえよ!」

「ではとっとと脱いでくださいまし。何なら莉於が脱がせてあげましょうか?」

「こんなシチュエーションじゃなきゃ小躍りするような台詞だなおい」

 十志郎がシャツのボタンをはずし始めると、莉於はすすすっと脱衣所から出て行く。

 一見覚悟を決めた風を装うってはいるが、十志郎の心の中は嵐が逆巻く夜の海だった。つまり――

(悠は男悠は男悠は男悠は男悠は男悠は男悠は男悠は男悠は男悠は男悠は男悠は男――!!)

――という有様だった。

 どうしたことだろう。悠と風呂に入ると決めただけで、ふわふわとしたような――真咲と一緒に居るときのような気持ちになってしまうのは――

 そりゃ悠は見た目はナヨナヨしてるし、たまにとろんとした眼で自分を見つめてくるけど、根は素直でいいやつだし、家柄を鼻にもかけねえ純朴な奴だし――素直と純朴って同じニュアンスかこの場合? いや、とにかく、俺は悠に友情以上の気持ちを抱いたことは一度もないのだから一緒にお風呂に入ったところで問題はないはずだ。よし、いくぜ――

「何をだらだらしてやがりますか」

「うおお、入ってくるなよ!」

 慌ててタオルで前を隠す。譲れない一線だった。

「ふん、引き締まったいい尻です。泥酔させた状態で上野駅界隈のサウナルームに放置したいですね」

「あ? なんだそりゃ?」

「およそこの世で考えられる限り、最低最悪の復讐方法です」

「そんな恨まれるようなことしたか俺!?」

「十志郎、まだー?」

「お、おう、わかってる。お邪魔するぜ!」

 覚悟を決めた十志郎はやや前屈みになりながら股間をタオルで隠し、引き戸を開けた。

 ぶわっとものすごい湯気が視界を覆う。間接照明に照らされた薄闇の空間。総大理石張りの風呂場は、山吹色の光を優しく受け止め空間全体に拡散させている。

 一種幻想的なその世界で――大きな湯船の縁に腰掛ける白い背中が見えた。

 ゆっくり、生唾を飲み込みながら十志郎はその背に近づいた。

「そ、そういやよ、お前とこうして風呂に入るのなんざ初めてだよなあ」

「う、うん、修学旅行のときも臨海学校のときも、僕だけ別枠でお風呂に入れって莉於に言われてたから……」

 それが許されるのがやはり『富士宮』だなあと十志郎は思った。

「だから、男のヒトとお風呂に入るのは、十志郎が初めてだよ?」

「そう、か」

 こいつは何でそんな女の子に言われて嬉しい台詞をはにかみながら照れたように言ってくるのだ。

 この場合はにかみと照れは同じニュアンスか? ――いやもうどうでもいい。

 十志郎は改めて悠の身体を見つめる。

 ああ、思った通り、筋肉とは無縁のなまっちょろい体つきだ。

 細い腕に華奢な肩、痩せちゃいるが痩せすぎだな。くびれなんかありやがる。でもその割に尻はでかいな。いや、なんか男の尻にしては妙にまん丸くて胸だって――

「どうしたの十志郎、早く入ってあったまりなよ」

「お、おい、悠、おまえそれ、それそれそれれれれれ――」

「どうしたの十志郎、一緒にお風呂に入るくらいで動揺しすぎだよ」

「おま、おま、お、お、おおおおおぱ」

「おぱ?」

「おっぱい」

「え――」

 悠の胸元――小ぶりながらも形のいい、普段は男女の性別に関係なくコルセットできつく縛り付けられているにもかかわらず型くずれとは無縁の――つんと上向いた小生意気な『ぽっち』がふたつ自己主張していた。

「きゃああああああああああ!」

「きゃあっておまえ!」

「何事ですか悠様!」

「うおおお、どっから出てくんだよ!」

 三度、莉於が湯船の中からこんにちはだった。

「こんなこともあろうかと湯船の中で待機していて正解でした。――ちょっとのぼせ気味ですが」

 シュノーケルとゴーグルを放り投げながら悠をその背に庇う莉於。

 メイド服はずぶ濡れでピッタリとカラダに張り付き、莉於の引き締まったプロポーションを強調している。

 スカートの裾を絞ると、ガーターのついた脚がチラ見して、十志郎はゴクリとつばを飲み込んだ。

「ついに――ついに本性を表しましたねこのケダモノめ!」

「ちょ、ええええええ!?」

 まるで変質者でも見るような蔑んだ視線に、十志郎は泣きながら弁解する。

「違う、誤解だ! 誤解っていうか、俺は何もしてねえし! てか悠と風呂に入れって言ったのはそもそもおまえだろ!」

「ではなぜ悠様が布を引き裂くようなあられもない悲鳴を上げたのですか!」

「いや、だっておっぱ――む、む、胸、胸が! 悠が! おっぱいが!」

 身振り手振りで乳房を形作る十志郎に莉於は深いため息を吐いた。

「おっぱいおっぱいですか。やれやれ、これだから思春期真っ直中、盛りの付いたオスは扱いに困ります。大方昨日見たエッチな和製グラビアが目に焼き付いて、ありもしない架空の乳房を幻視したのでしょう」

「バカ言え、俺は昨夜から今朝までずっと空の上だったわ! そうじゃない、本当に悠に胸が――小さくて小振りだが本当に胸があって――って、小さいと小振りは同じニュアンスかこの場合?」

「ならばこそ、目ん玉かっぽじってもう一度悠様をよく見やがりやがれです!」

 さッ、と悠の前から莉於が退く。十志郎は慌てて目を覆った。

「馬鹿やめろ! お、おおお、俺にそんな趣味は趣味は――!?」

「え、あ、あれ?」

 疑問の声を上げたのは悠だった。

 十志郎が恐る恐る目を開けると、そこにある悠の体は、確かに平坦な男のものだった。

「へ――嘘、だろ?」

「これでわかりましたか。あなたのさもしいリビドーが、あらぬ幻覚を悠様に重ね合わせていたのです。本来ならあなたのような危険人物を主の近くに置いておくのは不本意なのですが、追い出すのも可哀想なので同居だけは認めます。せめて秩序と理性ある行動を心がけてください。とりあえずそこでIDの数だけ腹筋でもしていたらどうですか?」

「ぐ、ううう」

 納得などできないが、実際悠の体は正真正銘男のものなのだから反論などできるはずもない。

「ささ、悠様。こんなケダモノと同じお湯に浸かっていては受胎告知されてしまいます。軽くお体を流したらもうお上がりくださいませ」

「いや、でも莉於、確かに僕、さっきまで女――」

「お上がりください。――そのポークビッツを切り落としますよ?」

「湯上がりにはちんかちんかのマウンテンデューが飲みたいな僕!」

「はいはい、マウンテンでもモカでもキリマンジャロでもお好きなようにお飲みください」

 半ば引きずられるように脱衣所へと向かう悠。莉於は気化した湯気が結晶になって降り注ぎそうな目つきで振り返った。

「それでは十志郎様、せめてそのシャウエッセンだけは鎮めてから上がってきてください――失礼します」

「うおおおおおおッ!」

 盛大な飛沫を上げて湯船に飛び込む。十志郎はぶくぶくとそのまま沈んでいった。

(真咲に見られた……っていうか俺、本当に悠をそんな風に見てたってのか?)

 幻だろうとリビドーだろうと、見たものは見たのだ。

 目を閉じればすぐにあの小生意気なおっぱいが思い出されてしまい、どーにも体の一部がガチガチになってしまうのだった。

「どーすんだよこれ……とりあえず」

 嘘だ! と叫びながら十志郎は一晩中腹筋をして愚息を鎮めるのだった。

 富士宮悠の性別が決定するまで残り六日と三時間――


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