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幕間「身を滅ぼす原因はいつでも――好奇心と女なのです」

 雌雄共鳴体リバーシブルシンパシー


 学術名『生理活性物質体内生成分泌症候群』。


 P.E.S.S(Physiologically active substance Endogenous Secretion Syndrome)


 世界でも臨床データがほぼ存在しない奇病。


 または特異体質。


 最も古くは紀元前、アラビアの哲学者に最もよく似た体質が見られて以降、


 度々著名な政治家、思想家、起業家、活動家、革命家、知識人、


 ――などの記録にその特徴的な記述を見ることが出来る。


 ユニセックスであり、ニュートラル。


 

 症状。


 報酬系神経――いわゆるドーパミン神経系のレセプターが常に活性状態となり、


 第三者からの生理活性物質受容時に、反射的に同一の生理活性物質を周囲に放射拡散。


 第三者及び自らに生理状態を強制的に誤認識させる。


 男性には男性的特徴を。


 女性には女性的特徴を。

 

 本症状の大きな特徴として、誤認の範囲に己自身も含まれてしまう。



 人間のアイディンティティとして最も根源的な性別が存在しない状態が続くうち、


 発症者の多くは「仮の性別」を自称するようになる。


 すなわち自分は男である、女であるという自己申告を他者に公言し、


 第三者にそう認識されることによって、自身もまた男らしく振る舞ったり、女らしく振る舞ったりするようになる。


 だがそれは危険な行為である。


 なぜなら症状は第二次性徴が終わるまでに殆どの場合が改善してしまうからだ。


 これにより心の性別と、解剖学的な性別との間に差異があった場合、


 心に重篤な病を抱えることになる。


 ここ、東洋の一地方都市において、雌雄共鳴体を是とし、乗り越えることで繁栄を得てきた一族が存在する。


 『FUJIMIYA』


 一地方都市の名士にして街の実質的な支配者。


 その総資産は国家予算にも匹敵し、一説には街を二分する支配者『OHTORI』も、元は『FIJIMIYA』から派生した組織だとか。


 日本の大名華族にありがちな、排他的で封建的な気風がなく、積極的に白に交わり朱に染める一族である。


 ここ数十年で未曾有の一大プロジェクト発起し、資金調達のために世界規模で事業を起こしている。



 『FUJIMIYA』は当主による完全なワンマンチームである。


 『HIROE』――現『FUJIMIYA』当主にして元『P.E.S.S』。


 心の性別と解剖学的性別に矛盾が生じたまま第二次性徴を終え、一時は精神的不安定な状態にあった。


 『TOMOE』――『HIROE』の妻にして夫。解剖学的には女性であるが、本人の気質も手伝い男として振る舞う。


 『KYO』――『HIROE』専属の家令にして性別は不明。


 元『P.E.S.S』であった『HIROE』を中心として結束を固めたこの三人を突き崩すことはほぼ不可能に近い。


 そこで狙い目なのが『HIROE』『TOMOE』夫妻の一子、『YUH』である。


 現在『YUH』は15歳の誕生日を一週間後に控え、非常に不安定な状態にある。


 この『YUH』を心配し、『HIROE』と『KYO』は一度。『TOMOE』ですら計画を投げ出し日本に現れている。


 現在市内でメイドと暮らしている『YUH』の元に三人は必ず現れるはずである。



 *


「報告書の方、拝読させていただきました」


 市内某所の喫茶店。


 バロック調の内装に合った静かで荘厳なBGMが流れる。


 店内に人気はなく、奥まった席は密談を交わすにはうってつけだった。


「さすがは元NSCと言ったところでしょうか」


 ソーサーから注がれた紅茶が湯気と共に香気を立てる。少女はそれを対岸の男へそっと勧めた。


「はは、私は違いますよお嬢さん。第一次政権の発足時に民間識者の立場からアドバイスをしただけです。今は大学で教鞭を取るしがない歴史家ですよ」


「それでも、未だ情報収集能力は衰えず。先生にお願い正解でした」


 少女が微笑む。その笑みは咲き誇る白き花弁に似ていると男は思った。


「特に雌雄共鳴体リバーシブルシンパシーのルーツの項は大変興味深く読ませてもらいました。これは報告書とというより考察や論文に近いですわね」


「いやあ、私もすっかり興味を惹かれてしまいましてね。富士宮に行き着いたときは年甲斐もなく興奮してしまいましたよ」


 少女に持ち上げられ気分がよくなったのか、男は饒舌になっていく。情報を扱う人間にしては口が軽すぎるとも言えた。


「この街の藩主だった富士宮冬吉郎の治世は有名ですからね。もし彼が雌雄共鳴体リバーシブルシンパシーだったとしたら、武家社会という男の世界にあって、女性的な視点も持っていたことになります。それは柔よく剛を制すといいますか、当時としても画期的なことだったでしょうね」


「確かに。今は雇用機会の均等や待遇改善が進んだとはいえ、今現在も男の論理が世を動かしているのは事実です。武家社会で女性的な視点や振る舞いはかえって腰抜けなどの誹りを受けそうなものですが?」


「それは臨機応変といいますか、相当弁達者だったようですね。彼はもともと二十石あまりの下士の家に生まれ、幼少の頃は寺に通い剣術修行をする傍ら説法を習っていたそうです。あまりに利発だったため、当時上士の嫡子しか入ることが許されなかった藩校に推薦されるほどだったとか」


「まあ。まさかその後は影に日向に友に支えられながら異例の大出生をして干拓事業に生涯を窶すのではありませんわよね?」


「はは、確かに干拓はしませんでしたがこの豊葦原を一大都市にしましたよ。大河川を引き、港を整備し、街道を作り、宿場町を起こした。普通これらの事業は一代にひとつ成せばよいほうですが、まるで現在の事業計画のようにすべてを同時に行っている。人と金を動かす才能があったのでしょうね」


 性急に弁を振い喉が渇いたのだろう。口をつけた紅茶はだいぶ冷めていた。


「――と、雌雄共鳴体リバーシブルシンパシーのことでしたね。世界中から事例を探してくることは難しかったですが、富士宮家のを足跡たどるのは容易でした。なにせ有名人ですからね。特に現当主の富士宮ヒロエさんからそのお父上の代までは豊葦原中学に卒業記録が残っていましたよ」


「と言いますと、富士宮成華ふじみやなすかのことですね」


「悪童、と言われていたようですね。スクールウォーズより遥か以前の話ですが――って今の若い方にはわからないですよね?」


 大体の想像はつきます、と少女は微笑んだ。


「戦後の混乱は富士宮の栄華にも一時の影を落としますが、それでも絶大な権力を持っていることには変わりなかった。成華は金の力とその圧倒的なカリスマ性でまるでギャングかマフィアのような徒党を築き上げたそうです」


「まあ怖い」


「そうですね。当時は『成華組』と呼ばれ恐れられていたようですが、同時に尊敬もされいました。戦後の混乱期に街に入ってきたならず者たちから街の人達を守ってもいたようですから」


 進駐してきた連合国軍により日本軍の武装解除が進むと、多くの軍人たちが職にあぶれた。


 今日食べるものにも困り果て、とても正道では生きていくことはできなかった。


 そんな中、陸路と海路を持つ豊葦原は人と物資の交流から、比較的早くに経済回復をする。


 人が集まれば金も集まる。仕事も増える。そしてとても人に言えないような荒事をこなす者達もどんどん増えていった。


 中には廃棄された日本軍の軍服や銃器で武装し、市民を襲い、金品や食料を強奪する者まで現れはじめた。


 昭和27年にGHQの占領政策は終わり、警察にも本格的に武装が認められ治安は回復するかにみられたが、空白期間に警察組織に成り代わって街を取り仕切るようになったならず者たちに実権を握られ、警察との対立や一部の癒着により、豊葦原は暗黒の時代に突入したという。


「成華は地元を愛していたのでしょうね。富士宮の邸宅に引きこもるよりも、気の合う友人たちと四六時中街にとどまり、そしてそこで多くの争いや理不尽な差別が横行する様を見て憤りを感じていたのでしょう」


 そうして目には目を、歯には歯を。理不尽には断固たる鉄槌を。


 街の由緒正しき名士たる富士宮成華は瞬く間に民衆の支持を得て、ならず者たちを一掃したという。


「富士宮の嫡子には男とも女とも取れる名前が付けられる傾向があります。事実、成華も普段は女のように美しく妖しい雰囲気を纏い、こと荒事になれば烈火の如く雄々しく戦い、その激しい落差が仲間たちにはこの上なく魅力的だったとか――」


 カップの中身が空になっていた。随分と長い時間しゃべっていたようだった。


「あ、いや、お恥ずかしい。年甲斐もなく興奮してしまいました」


「いいえ、水を向けましたのはこちらですので」


 忸怩たる男の様子に、少女はさして気にした風もなく頷いた。


「と、とにかく、富士宮家の嫡子が雌雄共鳴体リバーシブルシンパシーという特異体質の一族であることは間違いありません。さらに成華の息子・・とされているヒロエさんにも面白いエピソードが多々あってですね、とてもこの場を借りては語り尽くせないほどの武勇伝が――」


「熱心ですのね。まるで子どものようにはしゃいでらして。おまとめになって出版したらいかがですか?」


「もちろん! こんなにユニークな経歴を持った一族が脈々と世代を重ねているなんて、血統主義たる日本が生み出した宝ですよ。実はもう原稿が推敲段階まで進んでいてですね――」


「こちらのUSBメモリですね」


「え」


 白くたおやかな少女の指の間に挟まれたUSBメモリ。それは確かに男のものだった。


「え、あれ、確かにそれは私のもの――ですね。おっかしいな、家に置いてたはずなんだけど、カバンに入れてたのを落としたのかな……?」


「いいえ、確かにあなたのご自宅の書斎の作業机の上に無造作に放られていたものに間違いありません」


 笑みを崩さずさも当然のように告げる少女に、男の興奮は急速に冷めていった。


「ノートパソコンのストレージや共有サーバにアップされていたもの、さらに校正のために紙媒体に出力されていたものまでこちらで回収させてもらいました」


 男はゆっくりとのけぞり、柔らかな背もたれに身体を沈めた。


 先ほどまで男の話に熱心に耳を傾けてくれていた美しい少女。


 自分の講義など右から左な大学の教え子などとは月とすっぽんであると、そう思っていた。

 

 だが今目の前にいる少女は何だ――


 ただの子どもではない。そんなこと一目見た時から気づいていたはずなのに。


 事態が飲み込めず呆然とする自分をクスクスとあざ笑うこの少女は一体……?


「いけませんわ先生。私の依頼をそっちのけで富士宮のことをお調べになるなんて。私はあくまで雌雄共鳴体リバーシブルシンパシーの臨床例や罹患者が記録に残っていないか調べて欲しかっただけですのに」


 白い指先に弄ばれるスティック型のメモリ。アレは今現在の自分自身なのだと男は理解した。


「それにね先生、少女嗜好はいけません。特に先生のように確固たる社会的地位のある学者さんが年端もいかない少女を愛好するなど、世間一般は決して許してくれませんわよ?」


「な――なにを言ってるのかな君は……? 私は未だかつて自分の生徒にだってそんな不埒な感情を持ったことは一度も。ましてや――」


「ウ・ソ――ばっかり。全部知ってるんですよ」


 少女は顎をつん、と上向け真っ白い喉を反らせる。そのまま艶かしく両手を伸ばすと、うーんと伸びをしながら、その美しく細いカラダを誇示した。


「ほら、イヤらしい目つきになってますよセンセ?」


「は――こ、これは違うっ!」


 いつの間にか魅入っていた。魅入らされていた。


 自分の娘とそう歳の変わらない少女に懸想をしていた。


 許されることではない。こんな感情抱くことすら世間では忌避される。あってはならないことなのだ。


「どんなに否定をされても私にはすべてお見通し。すごかったですわ先生の視線。待ち合わせ場所でご挨拶をしていた時、私のどこを見つめてらしたのかしら。首筋? 肩口? 背中や腰の方かしら?」


「や、やめたまえ、冗談でもそんな風に大人をからかうもんじゃない。確かに君は人より可愛らしい容姿をしてはいるが、それは幼子を見守る父親のような慈しむ感情であってだね――」


「もう、強情ですね。いい加減お認めになったらいかがですか。先生の頭の中では私、一体何回犯されたのかしら。普段研究ばかりされてる方って性欲が強そうですし、一回や二回では満足されませんよね。ああっ、きっと嫌がる私を無理やり押し倒して、前戯もおざなりに、剛直した先生ご自身を無理やりねじ込んで――」


「い、いい加減にしないか!」


 激昂した男が席を立つ。顔は羞恥の赤を通り越して黒ずんですらいた。


「ふ、不愉快だ、私は帰らせてもらうぞっ」


 データのことなど知ったことか。男は吐き捨てると店を出るために踵を返す。


「――っ!?」


 そこで初めて、最初から逃げ場などなかったことを思い知った。


「な、なんだ君たちは――!」


 先ほどまでは無人だった店内の座席すべてに客が座っていた。


 いや、客と言っていいのかすらわからない。


 総じて全員が葬儀の参列者のような黒衣。加えて白貌の半首はっぷりを被り、口元を三日月のように歪めていた。


 普段は決して表舞台には出ない存在。だが有事の際には可及的速やかに対象を駆除する抹殺部隊。


 富士宮と同じくらいそのルーツを調べた大鳥の中にその存在があった。彼女たちこそ――


「じ、十二東峰牌上位陣衆――!?」


「ご明察の通りです、先生」


 その声はすぐ耳の後ろから聞こえた。甘やかな薫香が鼻孔をくすぐる。半身に押し付けられる脳髄が蕩けそうなほど柔らかな感触。まるで赤ん坊のように高すぎる体温が、少女の興奮の度合いを現していた。


「何なんだ君は――君は一体何者なんだ……お、大鳥なのか、大鳥の人間なのか!? 私をどうするつもりなんだ!?」


「何者かと問われれば、今はまだ何者でもとしか返せません。大鳥の人間かと問われれば確かにかつては末席に居たとしか。そして先生をどうするかは――おわかりでしょう?」


「ひ、あ――!」


 少女の指が男の手を絡めとる。ひんやりと冷たく、まるで無機物のような体温だった。


「先生がおっしゃるような形で富士宮のことを世間に公表されては困るんです。街の名士として市民に愛され続ける顔役――だなんて、そんなの許せません。奴らにはせいぜい奇異と侮蔑と嘲笑の的として、この世界から居場所をなくしてもらうつもりなんですから」


 もにゅっと、手に平に伝わる感触に、男は顎が外れるほどの驚愕を持って少女を振り返った。


 あいも変わらず白い花弁の――白百合のような美しい微笑み。羞恥と興奮に上気した頬と潤んだ瞳が男の醜態を写していた。


「ほら、私のここ《・・》こんなに熱くなってるでしょう。全部先生のせいなんですよ?」


「き、ききき君は男の子、だったのか!? 私はて、ててててっきり女の子だとばかり――」


「さあ、それが私にもよくわからないんです。先生とお会いするまでは確かに座っておしっこをしなければならないカラダだったのに、今はちょっと趣が違いますでしょう?」


「ま、まさか――雌雄共鳴体リバーシブルシンパシー!」


「だから言ったでしょう。私には全部お見通しだって。このカラダが何よりの証拠。先生が私に向ける好意のせいでこんなになってしまいました――」


「あ、あああああああ………………!!」


「だから先生、ちゃんと最期・・まで責任取ってくださいね?」


 ガダンッ、と乱暴に席を立つ黒衣の集団。邪悪な笑み――邪笑を貼り付けジリジリと男に迫り来る。


 少女の手の冷たさと灼熱の自身の手の平が、男の思考の一切を焼きつくす。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああっ………………」




 バロック調の店内に静かなBGMが流れる。静謐で陰惨な狂気の宴を悦ぶように。謳うように。


 少女がぺっ、とツバを吐き捨てた。かつて人の形をしていた魂の抜け殻を蔑むように。憐れむように。


「機は熟しました。さあ、クソッタレな富士宮と豊葦原の歴史に終止符を打ちましょう。待っていてください、愛しいお兄様――」


 少女は大輪の花が綻ぶような極上の笑みを浮かべた。


 それは多分に毒の花だった。



おまたせしました。小規模ではありますが更新いたします。不定期ではありますが、これからも投稿を続けていきます。よろしくお願いします。

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