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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第三十一章
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幕間 ターシャ・アリゼラッテの考え

 シャルロ領にあるシャルロッテ家の執務室。

 初代領主の肖像画が掲げられているその部屋に少し調子外れな鼻歌が響く。

 鼻歌の主はこの部屋の仮の主であるターシャ・アリゼラッテ領主代理代理だ。


 彼女は肖像画の前に置いてある椅子に腰かけて、天井をあおぎながら鼻歌を歌い続ける。


 彼女が今考えていることは、ヤマムラマコトのことだ。ツリームでの一連の流れはターシャにとってある意味で成功であり、ある意味で失敗である。


 そもそも、マーガレットがノノンを通じて渡そうとした薬を飲まないのは計算済みであるし、それを飲んだところでターシャの計画に変更は生じない。強いて言うならば、日程の変更が多少発生するぐらいだ。


 ターシャは誠斗が薬を飲まないという選択をしたという事実を受け止め、スケジュールを確認し、次の計画を実行に移そうと画策する。


 その間も彼女は終始鼻歌を歌っていた。


「ターシャ様。失礼いたします」


 そこに銀髪が目を引くメイドがやってくる。

 そうなってから、ようやくターシャは鼻歌をやめた。


「何ですか? 今、とってもいいところなのですが」

「……それは失礼しました。しかし、お耳に入れておいた方が良さそうな話でしたので……」

「……まぁ話だけ聞きましょうか」


 わざわざお耳に入れておきたいというほどだ。それなりの情報だろうと期待して、ターシャはメイドの言葉に耳を傾ける。


「……ターシャ様が追跡するにと命じられているカレン・シャララッテについてですが、どうやら無事にルチル王国に向かったようです」

「ふーん。予定よりちょっと遅いじゃないですか。何かトラブルでも?」

「そこまでは何とも……目立ったトラブルはなかったのですが、どうやらミル・マーガレットに解放された後、どういうわけか船に乗れなかったようでして……」

「……そう。それで?」


 銀髪のメイドから報告を聞いたターシャは至極つまらなそうな表情を浮かべる。


「それでと言われましても……」


 それに対して、銀髪のメイドは困ったような表情を浮かべる。

 彼女としては、必要だと思った報告をしたまでの話であり、ターシャを不機嫌にさせるようなことを言ったつもりはないからだ。


「それで? って聞いているのですが?」


 サフラン(いつもの主)とは違い、冷酷な声で続きを求めるターシャを前にして、銀髪のメイドは唸り声をあげる。


「えぇっと……その……」


 しかし、それ以上の情報は持っていないため、その先の言葉が出ることはない。

 その様子を見て、ターシャは深くため息をついた。


「はぁ使えませんね。どいつもこいつも……いいですか? 私はあれの動向が知りたいわけではありません。私が知りたいのは、あれの様子だとか、考えていることだとかそういうことが知りたいのです。それで? そのあたりの情報は入っているのですか?」

「いえ……ルチル王国行の船に乗り込んだという話だけですが……」

「そう。まぁいいわ、次からはもっと情報を持ってきてくださいね」

「はっはぁ……」


 これ以上の情報をといわれた銀髪のメイドは困惑の色を浮かべるだけだ。

 そのことに対して、ターシャはさらに不機嫌になる。


「やるの。それとも、洗脳しないとやれないの?」

「いっいえ……失礼いたします」


 そこまで言われて、ようやく銀髪のメイドは引き下がり、退室する。

 その背中を見送ったターシャは深くため息をつく。


「……全く。使えないメイドというのは困ったものですね」


 そうつぶやいた後にターシャは改めて思考をヤマムラマコトのことへと移す。


「それにしても、あの男を少々下に見すぎていましたかね。優柔不断で度胸がない割にはそれなりに信念はある……いや、考えすぎでしょうか?」


 鼻歌の代わりにぶつぶつと今の状況についてつぶやくターシャであるが、その言葉を聞き届ける者は誰もいない。

 なぜなら、この部屋の周囲も含めて用があるとき以外は絶対に近づくなと使用人たちにはきつく言っているからだ。もっとも、そうでなかったとしても洗脳の魔法を使うアリゼラッテ家の人間は嫌われる傾向があるため、用もないのにふらふらと近づいてくるなどということはないだろうが……


 そんな状況はともかくとして、よほどのことがない限り人が来ないという安心感からか、はたまた、ある理由から浮かび上がってくる高揚感からか、ターシャは再び鼻歌を歌い始める。


「さてと、それでは本格的に始めますかね」


 これまでの一連の出来事は彼女にとっては序章にすぎない。


 ターシャ・アリゼラッテが何をたくらんでいるのか、彼女がこれから何をしようとしているのか。それは、ターシャ・アリゼラッテという個人の胸中にしかなく、彼女の様子や行動から推し量ることはできない。


 ターシャのほかには誰もいない執務室。その空間にひたすら、調子外れな鼻歌が響く。それは誰にも聞かれることはなく、ただただ執務室の中に響き渡っていた。




 *




 執務室を出た銀髪のメイドは自室を目指して廊下を歩いていた。


「本当に困ったお方ですね」


 何を思ったのか、サフラン・シャルロッテ領主代理がターシャ・アリゼラッテに領主代理代理を任せると言って姿を消してから屋敷の中は大混乱である。

 そもそも、その発表自体があまりにも唐突でその目的も不在にする期間も明かされていないため、どの程度の時期までサフランがいない前提でもろもろの計画を立てていいのかわからないし、領主代理代理が姿を現したのはサフランが姿を消した当日だ。


 そのため、銀髪のメイドをはじめとした使用人たちやシャルロ議会の議員たちは彼女をそうやすやすと全権委任者には認められないと反発、一部の勢力が反対運動を展開したが、どういうわけか関係者のほぼ全員の名前を知っていた彼女は自らの洗脳の魔法を盾にして、強引にその反対運動を沈めてしまった。


 そこからはまさに地獄の始まりである。


 鉄道計画の凍結をはじめ、彼女は次々に新しい制度を作り、議会が言いなりになっていることをいいことに次々と議案を通している。

 本来の主であるサフラン・シャルロッテもまた、考えの読みにくい人物であったが、ターシャ・アリゼラッテに至っては読めないを通り越して意味不明である。


 一体全体、彼女は何を思ってこのシャルロ領を支配しているのだろうか? もう少し言えば、なぜサフラン・シャルロッテはこのような人物に代理代理を託したのだろうか? 全く持って意味が分からない。

 これまで議会の事情などで屋敷を長期間開ける際には基本的にその代理は銀髪のメイドの役目であった。一介のメイドが領主の代理などおかしな話であることは間違いないのだが、そうしなければならないほどにサフランの周りには頼れる人がいなかったのだろう。


 その後、どのような経緯を経て、サフランがあのターシャ・アリゼラッテを信頼し、自らの代理を任せるまでに至ったかは不明であるが、このことに関して言えば、彼女はとんでもない人選ミスをしてしまったといっても過言ではない。


「はぁ……早く戻ってきませんかね。サフラン様は……」


 サフランの行先すら知らない銀髪のメイドは深くため息をつく。


「まぁ今は何とか頑張りますか」


 誰もいない執務室近くの廊下でつぶやいた彼女の言葉は誰にも聞かれることはなく、消えていった。

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